第27話 出会いは、紫表紙の本とともに
湖のそばの
ドンキー・タンディリーが横たわっている岸辺もあまり遠くありません。よく見ると湖面から突き出た木の枝ごしに、ドンの黄色っぽい
朝の活動のはじまりです。
きれいな水をくんで
十一歳のトキトと、九歳のアスミチの二人の男子が見回りをしました。
獣人の姿も
朝の食事の
ウインは今日はファイアースターターを使うことなく、野営地に持ち込んだ火の残り、
この日は食料も追加して見つけることができました。
食べられる木の実と木の根も、畑以外の森から収穫できたのです。ハートタマに教わると森の利用価値がぐんと上がるのでした。
木の実は、お好み焼きかパンのような、粉を
木の根も、見た目はタンポポの根またはゴボウに見えて、思ったとおりの歯ごたえの食べ物でした。生でかじると、中からほんのりと甘い汁が出て、塩気のあるほかの料理に交じると、舌がよろこんで
畑からの収穫もあります。センパイが育てていたジャガイモ、リンゴを思わせるすっぱい果実です。
味や食感が増えると、楽しいものです。
初日の貝のスープとノビルだけだった食事に比べて、なんと文明らしい食卓でしょう。
トキトがうまいうまいと食事をほおばりながら、
「肉もそのうちほしいよな」
と素直すぎる
アスミチがうなずき、
「動物性タンパク質がないとぼくら子どもは成長できないし、肉が必要だよね」
サバイバル生活が始まったばかりですが、人間の
「だよなー」
トキトとアスミチがうなずきあっているところへ、パルミがすかさず言葉をはさみます。
「それくらいにしといてよ、男子ぃー。食べたくなっちゃうじゃん」
トキトの声が
「ま、肉はともかくさ。センパイの畑には助かるよな。野菜と果物があるのは心強いぜ」
パルミが「だから肉って言うなって」と小さく言いましたが、トキトは気にならないようでした。
ダッハ荒野オアシスの、三日目が始まりました。
旅人が、すぐそばまで来ています。
雨の中、子どもたちが見ていたヒカリムシを、オアシスの外から眺めていた人物です。
子どもたちにとって、ほかの人間をなによりも恐れなければならないことでした。
旅人との出会いは、緊張に満ちたものになるのでした。
予定のとおりに動きます。
午前中は燃料のための
昨夜の雨で湿っていますが、野営地に保存しておけば
トキトは
手ごろな立ち枯れの木や、小さな枝に、金属棒をを軽く振り下ろしながら軽口を叩きます。
「桃太郎みたいだな、柴刈りに、水辺で
カヒは少し声をひそめて、自分の希望を話します。
「まだ、お洗濯する時間がないけどね。いつかは……お洗濯もしたいな」
パルミは笑いながら、同意の意を示します。
「あたしら、着たきり
アスミチがパルミとカヒに向かって言います。
「お風呂はかなり難しいんじゃない? 見つけたきれいな
パルミはクスッと笑って返します。
「わかってるって。お風呂っていうのは、サバイバル生活じゃ無理だよね。ま、湧き水はきれいだし? ドンの体で隠れたあたりでなら、ちょうどいいかもねー」
カヒが両手を合わせて笑顔になります。
「ドンキー・タンディリーのあたりなら水浴び場にできそう、たしかに!」
そんな会話をしながら、柴刈りをし、枯れ葉を拾い集めました。半分は自分たちのかまどの燃料にする。もう半分はドンキー・タンディリーの食べ物にするという取り決めになっています。
ドンキー・タンディリーのそばではウインが待っています。集めてきた木の枝などと、水辺からかき集めた石を、ドンの胸の開口部に入れてやるのが、ウインの仕事です。
午前は、そのように
ついに
その大きな出来事は、作業を一段落していたときに、起こりました。
お茶になる葉っぱで午前のティータイムを過ごしていたときのことでした。
なごやかに疲れを
まるでメッセージが着信した
「ヒトの気配だ。……子どもが一人だ」
それを聞いたカヒが、
「人に見つかりたくないよね、ハートタマ。
そう言ったので、トキトがハートタマを体で隠して押しこむように茂みに移動させました。
ハートタマはトキトの背中から、すばやく茂みにもぐります。その位置から、声ではなく、得意の
「隠れろって言われて隠れちまったが……フレンズ、お前さんたちはもしかして五人じゃなくて六人いたのかい?」
その言葉に、五人はおどろきを禁じえませんでした。
ウインがハートタマの疑問にひとまず答えます。
「いえ、私たちは五人だけ……」
続いてカヒが、あたりを見回しながら言います。
「地球からゲートをくぐったのも、ダッハ荒野に落ちてきたのも、五人だけだよ、ハートタマ。子どもって……こんなところに子ども、いるの?」
自分たち以外にも子どもが、しかも一人でいるなんてにわかには信じられないことでした。
トキトがハートタマに質問を重ねます。
「しかも一人だけって……ハートタマ、その子どもは、お前みたいにピンチに
茂みの中からハートタマが答えます。
「いや、助けを呼んでいるって感じじゃねえ……うおっ、近いぜ」
ハートタマはそう言うとさらに茂みの奥に身を隠しました。
新たな人物が現れたのは、そのタイミングでした。
かまどを設置してある岩場に、一つの人影が姿を見せました。
朝日の逆光を浴びて、影となった姿はあまりはっきりとは見えません。
しかしトキトやウインと高さが同じかちょっと低いくらいの背丈です。ハートタマの言うように、子どもの大きさでした。
かろうじてわかるのは、ぼさ髪に、
五人の子どもたちは知りませんでしたが、この人影は、昨夜をオアシス近くの岩場で過ごした旅人です。
ハヤガケドリを解放して、この荒野のオアシスに到着したところでした。
旅人は親しげに五人に話しかけてきました。
「こんにちは、子どもたち。楽しく遊んでいるところだったかい? もしかして、戦争ごっことか?」
獣人でもなく、おそらくウインたちが逃げてきたベルサームの人間でもないのでしょう。
声の
やはりハートタマが感知したとおり、子どもの年齢のようです。
朝日でまぶしい中に浮かび上がるシルエットに対して、返答をしました。
まずウインが人影に向き合い、言いました。
「こんにちは、見知らぬ人。見ての通り
ウインが応じるのが早いのは、五人の中では本好きで言葉が達者だということもあります。
でも、それだけではないようでした。
ウインの顔はちょっとほほえんでいます。ほかの子どもたちが気づかないメッセージを彼女だけが理解して受け取ったみたいな、いたずらっぽい笑顔です。
ウインのとなりでトキトが一歩前に出て、右手を腰の前にかざしています。
アスミチには、
――あれは金属棒をつかむ構えだ。トキト、昨日の獣人との
と思えました。
旅人は続けます。
「二日間? 戦争ごっこを?」
少しとまどっているようにも、おもしろがっているようにも聞こえました。その両方だったのかもしれません。
「ええと、私は東のほうからやってきた旅人なんだ。君たちも旅人だろう? 大人はいるのかい?」
あえて戦争ごっこという気になる言葉にふれることなく、旅人は話を先に進めることにしたようでした。
もちろんウインは冗談で言ったのではなく、ベルサームで戦いに巻き込まれたのを「戦争ごっこ」になぞらえて言ったのです。
トキトが無表情のままウインの前に出ました。
「旅人さん、そっちはどうなんだ? 仲間はいるのか?」
トキトの
「警戒させてしまって申し訳ない。私も一人でここまで来たのだ」
しゃべり方がなんだか子どもらしくない感じの旅人でした。
――見た目は子ども、言葉は大人だ。
ウインはそんなことを思いました。
旅人は子どもたちの警戒心を解こうとするのか、こんなふうに事情を説明しました。
「
旅人は岩から飛び降り、とん、と砂地に立ちました。
太陽の光のシルエットだったのが、ようやくはっきりと姿が見えるようになりました。
服装からすると、旅人は男子、少年のようでした。
彼は、
――この異世界にも、地球のと似た服があるんだ。
ウインはそんなことを思います。
もし地球でこんな服装で野外にいても不思議に思われないかもしれません。そう感じる
彼の装備品で、非常に目立つ特徴がひとつありました。五人の子どもたちの目も、引きつけられます。
それは大きな本です。腰に革のベルトで固くゆわいつけてあります。
ただし、紫表紙の本の厚みは、図鑑ほどあります。
旅をするのに腰に大判の本を装備しているというのは奇妙で、五人が興味を引かれるのも自然なことでした。
「わたし、この人は怖くないよ」
とカヒがトキトの後ろから声をかけました。警戒心をむき出しにしておかしな方向に話が向かうのを恐れたのでしょう。
たしかに、さきほどの獣人との接触はあきらかに敵対関係になってしまいました。これ以上はトラブルを避けたいものです。
「ありがとう、白い髪のレディ。私は、わけあって旅をしているんだ。このあたりは
ウインがトキトの肩を後ろからぽん、と軽く叩きました。
「私も、この子は嘘を言っていないと思うよ。私たちも、少し警戒を解くべきだよ、ね、いいでしょ?」
その言葉がとどいたせいか、トキトは少し力を抜いたようでした。
「ああ、でも気をつけながらだぜ、ウイン。こいつ自身も言っているように、なにかと物騒だからな、こっちの世界は」
アスミチは、後ろで聞いていてトキトの
――正体がよくわかっていない相手に「こっちの世界」なんて言っていいんだろうか。いちばん恐れている、自分たちを追っているベルサームに見つかるきっかけになったら――
と、急に不安になるアスミチでした。
旅人は気づかないようで、
「とりあえず、かまどの火に当たってもいいかい? オアシスの手前まで来て、昨夜は雨に降られちゃってさ」
と親しげな笑顔を見せました。
たしかに昨夜の雨で
ウインがかまどのそばの大きな倒木の砂を払います。
倒木は子どもたちが食事を食べるベンチにしていたところでした。
腰をおろすのにお手ごろの倒木を手のひらで示して、言いました。
「どうぞ、ええっと、あなた、金髪だけれど、日本人ですよね。さっきからずっと、日本語を話しているもの」
旅人はウインの質問に答えて、
「そう、私もこの近世界に来た地球人、日本人なんだ。君たちも、服装や言葉から、日本人だよな」
とあっさりと認めました。
ウインがユーモラスな笑みを浮かべていた理由の一つがこれであったことは間違いありません。
日本語で話しかけられたので、警戒心が薄れたのでしょう。
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