第28話 人間 きばのこ・はのこ

 ウインには旅人に親しみを覚える理由がほかにもあったのですが、そのささいな話より、出会いの話をしておきましょう。

 二人の会話に、仲間たちからおどろきの声が上がります。

「日本語で会話してたのか、俺たち!」

「うそぴょん! 金髪きんぱつ美形びけいの男子とか、異世界で出会うのってあり?」

「ぼくも、うっかり聞きのがしてた……神様の自動じどう翻訳ほんやくじゃなくて、日本語の会話だったよ、今の。言われてみたらさ」

「ええっと、ええっと、わたしたち、五人で異世界に来たよね? なんでもう一人いるの?」

 大混乱です。

 気づいているのが自分だけだったのは、ウインには少し意外でした。でも相手の言葉が自動的にわかる世界では、こういうことになっても無理はないだろうな、ともウインは思うのでした。

 場のさわぎが収まるのを少しだけ待ちました。

 それから、ウインが旅人に質問します。

「ええと、あなたの、お名前……?」

 にっこりとウインにほほえんで、旅人は名乗りました。

「私の名前はきばのこ・はのこ。二年前にたった一人で地球からやってきた。地球に帰る方法を探しがてら、ここに立ち寄った」

 子どもたちの反応は二つに分かれました。トキトが緊張が一気に解けて、ぎゃははと笑いながら、

「きばのこ・はのこ! お菓子の名前じゃーん!」

 カヒも加わって、

「わたしもきばのこ・はのこ大好きなんだ。あなたもなんでしょ? ほんとの名前は違うんでしょ?」

 最年長のトキトと、最年少のカヒが同じ反応を示すグループです。

 わりと珍しいことでした。

 ほかの仲間たちの反応はそれぞれでした。ウインが、

「やっぱり地球から来たんだね! 地球に帰る方法! 私たちも、それ探してる!」

 きばのこ・はのこの両手をがっしりとつかみます。

 アスミチがあごに手をやってつぶやくように、

「帰る方法はゲートを開くこと。きばのこ・はのこは手がかりを持っている……んだよね。二年前にこっちに来た……やっぱり帰るのは難しいことなのか、二年あっても帰れていないのだから」

 と情報をまとめようとします。

 誰かに聞かせるためというよりは、聞いた内容を整理して自分の記憶に収納するためだったのでしょう。アスミチは新情報を記憶するのが自分の役割だと、自負じふしているのです。

 最後にパルミが、仲間の顔を何度も首を返して見比べました。それから、ぜんぜん違うことを言いました。

「ねえ、きばのこ・はのこ。あたしが地球から持ってきたきばのこ・はのこを食べる? きばのこ・はのこカーニバル♪」

 きばのこ・はのこのうたのメロディーに乗せて最後の七五音を言いました。

(※きばのこ・はのこの歌を口ずさむときには「ぼっちゃんいっしょに……」とどんぐりっぽく言ったり、「今日はたのしい……」と女の子の節句、「おもしろそうに……」と男の子節句のときの歌のような節で言うのも、いいこととされています)

 旅人きばのこ・はのこの反応は劇的げきてきでした。

 ぱっと花が開くような笑顔を見せました。

「まさか! あるのかい、きばのこ・はのこっ」

 ウインに両手を握られたまま、移動します。

 ダンスの相手のようにウインを引っ張りながら、コンパスを開いて閉じてするような足取りで、パルミのもとに寄っていくのでした。

 続いてブラックユーモアを口ずさみます。

共食ともぐい、するする、君たちはいいやつなんだなあ。よかったなあ」

 笑顔で物騒ぶっそうなことを言いました。トキトがまじめに言うふりをして、

「人間きばのこ・はのこが、お菓子きばのこ・はのこを食べる。だから共食いだ」

 などとうなずきます。パルミがみんなに向かって

「いいよね、ウインちゃん、トキトっち、アスっち、カヒっち。分けてあげても」

 と確認すると、どの顔も笑ってうなずきました。

 あまったお菓子を持っているカヒが、手渡します。

 お菓子の方のきばのこ・はのこを、両手でうやうやしい仕草で受け取る人間のきばのこ・はのこ。言い方がまぎらわしいですね。もうじき人間のほうは違う呼ばれ方をするようになるので、そこまで我慢です。

 子どもたちも、同じ名前がちょっと面倒くさいと思わないではありませんでした。でも、そんなところも今は楽しんでいて、この出会いを貴重なものと考えています。

「君の名前は……そうか加藤カヒとおっしゃるのか。わたくしめに菓子を下賜かしくださったカヒ姫にまこと感謝にたえません」

「きばのこ・はのこ、王子様みたい」

 カヒの感想は、人間きばのこ・はのこがどことなく知的で上品だったから……というよりは、くせっ毛とはいえきれいな金髪をしていたからかもしれません。

「王子? うん、王子してたよ。ラダパスホルンっていう国で二年間」

 またもびっくり発言が飛び出しました。

 もぐもぐと大切に味わっているきばのこ・はのこ王子をよそに、またしても五人は二手に分かれて反応が爆発ばくはつします。カヒは素直におどろき、

「えー、きばのこ・はのこ、ほんとうに王子様だったの」

 アスミチは当面あまり関係ないことが気になるようです。

「王子って王の子のはず……地球からやってきて王の子のはずかない……なにか名誉職めいよしょくみたいな、そういう制度があるんだろうか」

 あわてるウインが、

「おっ、王子、王子の手を私、気軽に握っちゃったよ。うわ、ごめんなさい。じゃなくて、ご無礼つかまつりそうろう……?」

 と言うと、

「ぶはーっ、ウイン、お前、言葉つかいがおかしいって! お前がそんなになるの珍しいなっ」

 トキトも大盛り上がり。

 人間きばのこ・はのこは、目を閉じてほっぺたに手をあてて味わっています。地球の味がなつかしいのに違いありません。

「はあーっ。あたしたちも、まだまだ子どもだよね。さっきまでのド緊張の雰囲気、ハヒフヘホーっと吹っ飛んじゃったにゃ」

 パルミがわりと冷静におふざけ混じりに反応し、

「ねえ、ウインちゃん、トキトっち、野営地にもどってお話タイムにしたほうがよくなくない? よくなくなくない? だってセンパイ以上の生きた情報っしょ。情報大事ってあたしらよっくわかってるじゃん」

 パルミに続いてアスミチからも、

「そうだね。座って落ち着いて話すほうがいい気がする」

 言われて、ウインもトキトもはっとなりました。

 六人で野営地に引っこんで情報交換の時間となりました。

 野営地にもどる道すがら、自分たちが子ども五人だけで足かけ三日も野営していること、ゲートからここに出現したこと、今はいないセンパイの野営地や貝塚から情報を得たこと、そのおかげで食べ物を見つけたり、ねぐらを確保できていることなどを簡単に伝えました。

 人間きばのこ・はのこが「敬語なんて使わなくていいよ」と言ってくれたので、平静になったウインがふだん使いの言葉で話します。

 読書好きで作文も得意なウインは、こういう説明のときには適役てきやくです。

 ハートタマは、念のため姿を隠したまま、

「オイラのことはしばらく言わないでおいたほうがいいんじゃないか、フレンズ。念のため見張っておくぜ」

 と、五人の心にだけ届く声で言ったので、心の中で「そうしてもらおう」とトキトやウインが言い、当面のあいだは隠れていることになりました。

「地球で大好きだったお菓子の味、感激だよ。とってもいいものを食べさせてもらった。はあー、このオアシスに立ち寄ってよかったあ」

 と、きばのこ・はのこは歩きながら、感慨かんがい深げな感想を言いました。

 野営地に到着し、屋外のものより小さいかまどの火を前にして六人で半円のように座ります。

 パルミの言ったとおり、生きている人間、しかも地球からこの近世界に渡ってきた人間が持っている情報は、たいへん重要なものです。

 ウインが、「いったい何から聞くのがいんだろう」と考えます。

 ――地球に帰る方法に心当たりがあるの? って聞くのは絶対に必要なことだよね。

 ――でも、帰る方法を探してって言ってたから、あとでもいいのか。じゃあ、ここがベルサームから遠いかどうか、これも重要。

 ――いやいや、そんなことよりいっそ安全な国とかに連れて行ってもらったほうがいいのかも。

 ――二年間、王子をやってたっていうのも、絶対に聞きたいことだよね。

 と、考えがまとまりません。ウインは知っていることを説明するのは得意なのですが、交渉こうしょうとか質問とかはそこまで得意ではないのでした。

 この場合も、考えすぎてうまくいかないというウインらしい混乱が脳内のないでくり広げられていました。

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