第29話 きばのこ・はのこは仲間になりたそうにこっちを見ている

 ウインが頭の中でぐるぐる考えあぐねていると、トキトがなんでもないように口火を切りました。べつにウインが困っていると思ったわけではなく、彼ので、いっそ失礼とも取れる言葉です。

「にしてもさ、きばのこ・はのこって、すげえ名前だな。なんでお菓子の名前なんだ?」

 ウインはちょっと衝撃しょうげきを受けました。

 ――そこからか!

 あまりなやまないトキトの質問は、ウインにも悪くないように思えました。

 ――でもその切り口はいいかも。雑談からかるーく入って打ち解ける。王道だよね、ナイスだよトキト!

 ウインは心の中でトキトにサムズアップ、親指を立ててウインクを飛ばしました。

 きばのこ・はのこが答えます。

同郷人どうきょうじんには、いろいろと情報が伝わる、いい偽名ぎめいだと思ってね」

 パルミ、アスミチ、カヒが口をはさんできます。

「やっぱ偽名じゃん」

「それは、そうでしょ」

「きばのこが苗字みょうじで、はのこが名前なのかな」

「カヒっち、偽名にそういう区切りはないんじゃね?」

 ウインも雑談に加わることにします。冗談をまじえて、

「きばのこ・はのこさん、まさか私たちが同じ名前のお菓子を持ってたから、それが何か引き寄せたみたいなごえんになったのかな?」

 それに人間きばのこ・はのこが同じ軽いジョークで答えます。

うわさをすれば影って言うもんね。誰かが大好きなお菓子きばのこ・はのこを食べている! 人間きばのこ・はのこはそれを察知さっちしてかけつけた!」

「ゲームだったら仲間を呼ぶモンスターだな、きばのこ・はのこ」

 トキトも乗ってきました。

「しまった、呼んだ仲間のほうを食べてしまったぞ! うわーどうしよー」

 ぼう読みですが、人間きばのこ・はのこもノリがよくなってきました。

「じゃあ、もうこっちの五人の仲間になるしかないじゃんね?」

 パルミの言葉に、みんなあごを上下させてうなずきました。

 きばのこ・はのこが答えます。

「そうだね。食べてしまったからには、たしかに仲間に入れてもらうしかなさそうだ。あらためてお願いするけど、ここにとどまって、君たちの仲間に入れてもらっていいかな? 地球には帰りたいが、旅のあてもない身なんだ」

 ウインは年下のパルミに背中を押してもらったような気がしました。

「もちろんだよ。きばのこ・はのこさんを仲間に入れていいよね、みんな?」

 パルミはもちろん賛成で、

「いいっしょ、みんな? 情報を教えてもらいたいし」

 アスミチも彼らしく、

「こっちからは寝床と食べ物を提供して、かわりに情報をもらえたらうれしいね」

 カヒは地球へ帰りたいという気持ちを前に出して言います。

「きばのこ・はのこも、いっしょにがんばっていこうよ。地球に帰るために」

 トキトがただ一人、警戒を完全にはゆるめずに、けれども笑顔で言いました。

「地球へ帰るまでの仲間だな。俺も、オッケーだ」

 ハートタマの声が頭の中にとどきます。

「なあなあ、オイラ、そろそろ出ていっていいかい?」

 トキトが周りの仲間を見回しながら、

「仲間になると決まったから、俺たちも残った仲間を紹介するほうがいいな」

 ウインが答えて、

「あ、ああ、そうだよね。きばのこ・はのこさん、私たちの仲間をもう一人紹介するね」

 そのタイミングで、ハートタマが入り口からふわふわと空中を浮遊ふゆうしながら現れました。

 きばのこ・はのこの反応は劇的げきてきでした。

「ピッチュ、ピッチュと仲間になったのか君たちは! うわ、いいな、いいなあ! うらやましいなあ」

 アスミチやカヒよりも年下の子どもになったようにハートタマのまわりを飛び回って喜ぶきばのこ・はのこ。

「バノっちもあたしらの仲間なんだから、ハートタマとももう仲間じゃん」

 と言うパルミに、人間きばのこ・はのこが聞き返します。

「バノっち? って私のことか?」

 アスミチがすぐに推理して

「ああ、きばのこ・はのこだと長いから二番目と三番目をとってバノ?」

 と言うと、パルミが肯定こうていしました。

「そそ、バノちゃん、バノっち、かわいいっしょ?」

 このときから新しい仲間きばのこ・はのこは「バノ」と呼ばれることになりました。

 パルミはちょっとあわてたように言います。

「あぢゃぢゃ? なんか変だった? もしかして本名で呼んだほうがよかったりした?」

 そんなパルミに対してバノ本人が同意を示しました。

「いや、バノでいいよ。呼びやすいしね。もとより、本名を君たちに名乗るのが筋だとわかっているのだが……のちのちすべて話すつもりだが」

 とバノは前置きして、

「私は地球にいたころの記憶がだいぶ失われている。自分の名前も、家族の名前も、覚えていないんだ」

 おどろくべき事実を明かしました。

 バノは手のひらを向けて、カヒを示します。

「君の髪が白く変わってきているのと同じ、異世界渡りの影響だ……と思う」

「わたしの髪も……?」

「カヒ、だね。君の頭髪は先端が黒いのにそれ以外は真っ白だ。きっと異世界渡りのために変化したのだと思う」

「たしかに、私たちのあいだでも、そんな話が昨日も出たよね」

 とウインが記憶を探ります。

「それなら、ウインのあしももしかしたら、同じじゃないの?」

 とカヒも気づきます。

「あ、そうなのかな。異世界渡りの影響って脚にも出たりするの?」

 記憶や髪に影響が出るのなら、脚に悪影響があっても不思議はありません。

 バノが答えて、

「ありうる。私の知っている人物に、声がだんだん出にくくなっていったというケースがある」

 その答えは予想通りでした。

 それより、もう一つの点に気になることがありました。

「ほげ? バノっち、あたしらのほかにも地球人を知ってるわけ?」

 とパルミがおどろきます。ほかの子どもたちもおどろきは同じでした。

「ああ。まれではあるが、地球から渡ってきた人はいなくもない。私の知るその人は、この世界で結婚していて、地球に帰る意志はないのだが」

「それじゃあここに連れてきていないわけだよな」

 とトキト。

「ちなみに、どんな人なの?」

 とアスミチが興味を示しました。

「アスミチ、君は知的好奇心が旺盛おうせいなのだな。非常にいいことだと思うよ」

 と前置きしてから、バノは、

「私よりさらに何年も前に渡ってきた女性だ。もちろん大人の人で、歌が上手だった」

「上手だった、んだね……」

 アスミチはバノの言葉の意味に気付いたようでした。

「そうなんだ。徐々じょじょに声が失われたと聞く。ただし、地球から流れ着いた物品ぶっぴんに触れたりすると、一時的に回復したらしい。異世界渡りの影響というのは、地球を離れることでなにか心理的な作用で起こるのかもしれない」

「ねえ、それなら、バノさんと知り合った時も、声が出るようになったりしたんじゃない?」

 ウインの質問はもっともなものでした。

「ああ、その通りだよ、ウイン。だからしばらくは、親しくさせてもらった。私も、地球人の知り合いはその人だけしかいなかったし、お互いに助けられた面はあったな」

 アスミチがおずおずと聞きます。

「ねえ、念のため……だけど、そのあと声は?」

「私ともだんだん、会話がむずかしくなった。だが、魔法装置などを使えば、擬似的ぎじてきに声を出すことはできるんだ。日常では不便なことは少なかった」

「魔法、すごいんだね」

 とカヒ。明るい声になっていました。

「ねえ、カヒの髪の毛も……」

 とアスミチが言うと

「わたしのほうはいいよ。白いのもお気に入りなの。それよりウインの脚だよ……」

 カヒがウインのほうを向くと、残りのみんなも、バノもウインを見ました。

「私の……脚も、ちょっと具合が悪くて……今の話だと、だんだん悪化するかも、だよね?」

 バノが、見せてくれと言ってウインのひざのそばにしゃがみこみます。

「少しだが、私は魔法を使える。もしも異世界渡りの影響なら、症状を緩和かんわできるかもしれない」

「えひゃ、それすげーじゃん。見てやってよ、バノっち」

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