第23話 私たちは「それ」と遭遇してしまった
ドンキー・タンディリーの記憶はとぎれとぎれになってしまっているようです。失った記憶が元にもどれば、きっといろいろなことがわかるでしょう。生きていく上での助けになるにちがいありません。
生きる。そのためだけにも、力を合わせる必要があるのです。自然の中ではなにもかも自分たちでやらなければなりません。
その日の午後、仲間たちは遠くまで足をのばすことを考えました。これは幸運な収穫につながります。リンゴに似た果物が見つかったのです。その場所にはリンゴだけでなく、
アスミチは目を輝かせます。
「ねえ、みんな。食用のものがたまたま生えていたなんて考えにくいよね。これ、センパイが作っておいた畑じゃないかな?」
トキトが目を細めて眺めながら言います。
「アスミチ、それだ! センパイの畑だ」
ウインもまったく同じ考えです。
「ゴミ捨て場になっていた貝塚にも、同じ種がたくさんあったから、食べていたことも間違いないね」
「やったじゃん、それじゃん、畑じゃーん。大地のめぐみー」
と早くも大喜びのパルミに、カヒ、ハートタマも加わります。
「貝塚にあった種と同じなら食べられるね。やったね、お料理したいな!」
「よかったじゃねえか、フレンズ」
ハートタマはその場で食べられる野菜を「これとこれも食えるぜ」と教えてくれました。
ひとしきり全員で喜びをわかちあったあと、ウインがつぶやきを追加します。
「センパイ、食料まで残してくださって、ありがとう」
それが皮切りになりました。子どもたちは感謝の言葉をここでもおしみませんでした。ありがとうがこだまするようでした。
食べ物をあらたに手に入れて、湖にもどります。
空のすきとおった色は、湖の水面も青くいろどっています。風のない時間帯に鏡のようになった水面に太陽がダイヤモンドの輝きをはなっています。まぶしく網膜につきささる光が世界を影に変えたり、緑色の残像を五人の視界に残したりするのです。
まだ動けないドンキー・タンディリーが、水の中に半身を漬けたまま横たわっています。
トキトが軽口をたたきました。
「いい釣り場になりそうだ」
カヒはそっとドンキー・タンディリーの金属の表面をなでました。つめたくもなく、かといって太陽に照らされて熱せられることもなく、安心する手触りでした。
「車のボンネットは、すぐに熱くなるけど、ドンキー・タンディリーはそうじゃないんだね。すごいね」
地球の文明とは違うテクノロジーによって、ドンキー・タンディリーの体は造られているのでしょう。
カヒの心に弱々しいドンキー・タンディリーの声が届きました。カヒは仲間に伝えます。
「ドンの声、聞こえてくるよ」
そばにいたトキトが「まだ腹いっぱいになってないのかもな」と言うのに、カヒはうなずき返します。
「まだまだ食べたい気持ち……金属がいちばん足りてない……体を修復できる金属が食べたいな……って言ってるよ」
トキトには、このタイミングで思い出したことがありました。
「そうだ! 俺、甲冑ゴーレムのスクラップをひろってたんだった。少ないけど、食べるかどうか、ドンに聞いてみよう」
ドンキー・タンディリーの声に元気がこもったようで、
「いいの? それ、食べちゃっていいの? お兄ちゃん、お姉ちゃんたち、困らない……?」
手のひらから聞こえてきたその声をカヒがトキトに伝えます。
「もともと素材にするために集めてきただけだ。ドンの食事にしちゃったほうがいい使い道だと思うぜ」
トキトは、ただ一つ、ドンに許してほしいことがありました。
「でも、わがままを言っていいか?」
と言ってから、問いかけました。
「あのさ、昨日、お前から落ちた金属の棒。俺は
ドンは仲間の声を聞くことには不自由しないようです。答えはカヒが聞き取ります。
「うん、いいよ。
カヒにその言葉を伝えられたトキトはおおいに喜び、持っていた金属のすべてをドンにさし出しました。
ドンはごちそうを前にしてはしゃいだ口調で、
「これ、いい! すごく助かるよ! トキトお兄ちゃん、この金属で、自己修復、進みそうだよ」
と言いました。子どもたちとハートタマには、ドンが笑顔を見せたように思われたのでした。金属の頭部が動いたわけでもないのに、うれしいというドンの気持ちが伝わってきたのです。
今日の
ひとつめはもちろん、新しくハートタマとドンキー・タンディリーが仲間になったことです。心強い味方が増えました。
ふたつめに、センパイの畑が見つかったこと。これで二日目はずいぶん食卓がにぎやかになり、リンゴの甘みも味わうことができました。といっても、畑のリンゴは地球で食べていたよりも固くて小さいものでした。味も、甘さより酸っぱい感じが強く思われたのですが。
カヒが、リンゴの酸っぱさにきゅーっとまぶたを強く閉じてから、
「野生の味、って感じがするね! 元気が出るね!」
と笑顔を見せました。ほかのみんなも、味ではいつものリンゴのほうがおいしいに違いなかったのに、今はとてもおいしい味に思えたのでした。ハートタマも刻んだリンゴの身を少し食べました。「小さじ一杯くらいだね」とカヒがその少食っぷりにおどろいていますが、それで足りるのだそうです。
さらに三つめに、食事時にちょっとした気づきがありました。
視力のいいトキトが、湖のむこう岸におかしな地形を見つけたのです。
白骨のように白く枯れた木が立ち並んでいるのです。
「木が生えて育ったあと、枯れて白くなったんだよな、あれ。最初から生えない場所じゃなくて」
と首をひねるトキト。たしかに、育った木が枯れたというのは気になります。なにがあったというのでしょう。ウインは、
「木の墓地みたいで、不気味な感じだよね……。枯れた原因はなんだろう」
そう言って目をアスミチに向けました。小学四年生ながらアスミチは植物のこともみんなよりくわしいのです。
「んー……火山ガスとか、水不足とか、そういうので木が
アスミチもこれといった正解は見つけられないようです。
パルミもわからないようで、
「山火事……のわきゃないよねー。火事だったら黒焦げになるもん」
頭の後ろで手を組んで「なんだろねー」とつけたしました。
カヒが不安そうにウインに尋ねます。
「でも、ガスって火山だけじゃなくて沼とかからも出ること、あるでしょ。危険かもしれないよね?」
もっともなことでした。
「有毒ガス、ありそうだね」
と、ウインはカヒの手を両手で
「カヒの言う通りかも。木が枯れるっていうことは危険があるかもね。近づかないほうがいいよね、ね、トキト」
トキトを振り向くと、
「お、そうだな。こっち岸だけ
全員がうなずきました。
ハートタマが、うんうんうなりながら最後に言いました。
「オイラ、なんだか心当たりがある気がするんだが……すまねえ、なぜかわからねえが、思い出したくないっていう気持ちが強い。それ以上に、あの白く枯れた場所は怖いぜ……近寄ったらヤバいっていうことだけ、オイラの忘れている記憶が
と、表情に苦しげな様子をにじませて言うのでした。
探索の成果の四つめは、「見つからなかったこと」です。
「もうこのへんから立ち去ったのかもしれねーな」
ぶつぶつと言うハートタマの言葉は、「いてほしくない」という
ともあれ、畑の発見により、すぐに食べ物に困ることはないという事実が大きな
じつは、このとき子どもたちは危険に隣り合わせだったのです。
立ち枯れた木々は、巨大な生き物が活動した
ヘクトアダー。
そう呼ばれる大きなヘビのモンスターが地面に振りまいた毒だったのです。
ヘクトアダーは地球には存在しないおおうわばみで、ドラゴンに近い生き物、
ヘクトアダーは自分の餌場となる環境をあちこちに作り出す習性があります。
このオアシスに
ヘクトアダーとの
オアシスの二日目は、ドンキー・タンディリーに食べさせる作業と、畑での収穫にめいっぱいの時間を使いました。
夜にならないうちに畑で収穫をもう一度しておこうということになりました。全員で果物と野菜をバッグに入れて大満足です。
みんなで野営地に帰ろうという時でした。
聞き覚えのない低い声がしました。
「ここにも危険はなし」
聞き取れたのは、そんな言葉です。大人の男の声に思えます。
近くの茂みの見えない位置を、誰かが遠ざかっていく音が聞こえました。
「人だ!」
トキトがうしろにいる四人を手で制して、身を縮めてやり過ごします。
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