第24話 獣人対トキト


 声のぬしが遠ざかってから、ひそやかにパルミが言います。

「助けてもらえるかもしれないじゃん、ウインちゃん、追いかけてみる?」

「待って。まずトキトに話そう」

 トキトの反応は、思ったよりも強いものでした。声をしぼっていますが、非難ひなんの気持ちがこめられていました。

「ばか! 俺たちはベルサームから逃げてきたんだぞ。見つかったらどうなるかわからないんだって話しただろ」

 楽天家だと思っていたトキトが声に怒気どきをふくませるは意外でした。

「そっか。そうだよね。人がいるって思ったらうれしくなって……忘れてた」

 とウインは肩を落とし、パルミは不満そうにつぶやきます。

「ばかはねーだろ、これだから男子は……」

 場がちょっと険悪けんあくになりかけています。パルミも、気をつけて行動することは大切だとわかっているので、それ以上は言いませんでした。

 アスミチがトキトに向き合います。いつになくまっすぐ真剣な目をしています。

「トキト、助けになる人の可能性もあるよね? そしたらいろんな苦労や不安が終わるよ。たしかめよう」

 大人の声の正体をたしかめなければなりません。

 トキトとアスミチ、ハートタマが、声の消えた方へ探索たんさくすることになりました。相手に先に発見されないよう、音を立てないように、そうっとです。ハートタマを加えたのは、思念を伝えることができるからです。

 その「ヒト」にまもなく、出会うこととなりました。その姿には三人とも、思わず息を飲みました。相手のほうもトキトたちに気づき、そして驚愕きょうがくしていました。

 頭はオオカミ、体は分厚ぶあつい衣服をまとった半獣はんじゅうの姿。獣人が、その「ヒト」だったのです。予測していたとはいえ、いきなり目の前で見るとおどろくことをけられませんでした。

 少しひらけた草地に、ほとんど同時にトキトたちと獣人がでくわしたのです。顔を見合わせる一瞬いっしゅんがありました。

 獣人は手にナイフのような刃物を手にしています。獣人がおそってきます。陸上競技の高跳たかとびの選手がバーを越えるときのような、身をひねっての回転でトキトに突進してきました。

 トキトが金属棒きんぞくぼうで身を守ります。

 いやな音がギイン、ガリガリとひびき、そのときようやくアスミチとハートタマは反応することができました。

 身のこなしが人間のそれではなく、素早さと力とが想像を超えるものでした。トキトが反応できたことが奇跡きせきのようです。

 獣人はすぐに攻撃をりに切りかえます。トキトの金属棒に片足を蹴り当てて、トキトをふっとばしました。子どもたちの中では体格がいいトキトですが、大人と比べればまだ小さいのです。トキトはあっけなく飛ばされて背中を木に打ちつけられました。獣人は蹴りの反動で、自分の体を後ろにねました。

 トキトは言葉を発する間もありませんでした。しかし、しっかり目で確認していました。獣人はくついていませんでした。裸足はだしです。理由もわかります。オオカミの足だったのです。

 獣人のほうもおどろいているようです。

 獣人はトキトたちを子どもだとは認識できていなかったようです。おそらく、反射的に攻撃したもののようでした。

「子ども? こんなところに?」

 とつぶやき、もといた茂みまで身をひるがえし、ダッシュして消え去ってしまいました。

 トキトたちが探索たんさくのために林に入ってまだ数分とっていません。

 ハートタマが「獣人がいた。もう逃げた」と伝え、ウインとパルミとカヒにの三人もかけつけました。トキトを見ると、金属棒を手にしてまだ警戒しています。どうやら蹴りでとばされたもののダメージはないようです。

 ウインはトキトが落ち着くまで待ちました。

「そういえばおじいちゃんにナントカ流とかいう剣道を習っていたんだったっけ」

 トキトは軽く金属棒を振って、「うん」と言ってから、

「素早かったな、あいつ。でも次に戦ったら俺が勝つ」

 と、ほかの仲間たちをあきれさせるようなことを言うのでした。

 パルミはすぐにトキトの考えを打ち消します。あまりに無謀むぼうだと思ったからです。

根拠こんきょないじゃん! あと、戦わないで! どっちかっつーと助けてもらいたい!」

 そのあと、ハートタマがふわふわと空に浮いて、あたりを探知してくれましたが、やはり獣人は見当たりません。

 湖の水場にもどることになりました。

「またしても、遠くに行っちまったみてーだぜ。何度もやってきてはちょっと何かあると逃げていく。なんなんだ、あいつ。あ、それとやっぱりオオカミの獣人だよな、な、オイラの言った通りだったろ」

 アスミチがようやく口をはさむタイミングが来て、

「うん。図鑑とかで見たオオカミとよく似ていた。手と上半身はヒトだったけど、下半身はオオカミに変化していたね」

「しゃべった言葉からは、ヒトをおそって食べる、とかいう危険はなさそうだったんだよね?」

 とウインがトキトにたしかめると、

「そうだな。こんなところになんで子どもが、っていうようなことを言って、あわてて逃げたって感じだった。食うための狩りじゃあ、なかったな」

「じゃあ、なおさら次に戦ったら、じゃないじゃん。次には仲直りしなくちゃじゃん、トキトっち」

 パルミに抗議こうぎされて、

「考えてみれば、それもそうだな。ヒトを食べたりしないなら、助けになってくれる可能性もあるのか……まあ、戦いになっちまったけど」

 トキトは考えを改めたようで、アスミチが追加でフォローします。

「パルミは見てないからわからないと思うけど、さっきのは、向こうが飛び出してきてナイフで切りかかってきたのを、トキトが金属棒で防御しただけなんだよ。戦ったっていうほどのことじゃなくて、不運な事故っていう感じでさ」

 カヒがひかえめに意見を言います。

「前にハートタマが見たのが三日前で、たぶん昨日まで獣人の人はここにいなくて、で、今日またやってきたっていうことだよね。近くに住んでいる人なのかな。往復に一日くらいかかるとこに」

 ハートタマが答えます。

「一日の距離には、ヒトの住んでいる場所はなかったと思うぜ。たとえすばやい獣人の足でもな。たぶんあいつは旅の獣人で、なにか目的っちゅーか、用事がこの場所にあって、調べていたんじゃねーかな」

 ウインがハートタマに質問します。

「旅人がこのオアシスに立ち寄ることって多いの? もしそうなら待っていれば信頼できる大人が来るかもしれない……」

 ハートタマは頭をるような動作をします。

「いや、ウインの期待するほど旅人は来ないぜ……んむー、うまく思い出せないんだが、ヒトはここが危険だと知っていて寄りつかない……だった気がする」

 アスミチが

「この場所は安全じゃないのか……センパイが暮らしていた跡が残っていたから、なんとなくここでぼくたちも暮らしていけるような気がしていたけど」

 と言うと、トキトも、

「ヒトが寄りつかないような危険があるんだな。ハートタマが思い出してくれると助かるんだけどなー」

 とハートタマに視線を向けました。

「いやもう、なんか恐ろしい、怖いっていう感情ばっかり押し寄せてきてなー。落ち着いて、今夜じゅうに思い出せるように、オイラもがんばってみる」

 カヒがハートタマを腕に包んで、

「お願いね、ハートタマ」

 と言いながらビーズクッションのような肌をなでました。

 トキトはあいかわらず違うことを考えていたようです。

「ま、ベルサームから俺たちを追いかけてきたという可能性は、なさそうだったよな」

 言われてみれば、考えておくべきことでした。彼らを探しにきたのなら、おどろいたりしないし、逃げもしないでしょう。

 とつぜん、ウインが頭を両手でおさえました。がくっと姿勢を低くします。

「うっ……トキト、来そう……こんな異世界でも……けられないか……」

 トキトより早くパルミがかけつけます。しゃみこんだウインの横に心配そうにのぞきこんで、言いました。

「ウインちゃん、トキトっちよりもあたしのほうがいいかもよ。具合悪い? センパイの家にもどって休む?」

 アスミチとカヒは、なにが急に起こったんだろうという顔をしています。

 トキトが、思い当たることがあるようで、

「ウイン、あれかー、いつものやつか」

 かまどにかけてあった土器から白湯さゆをステンレス水筒にくみ取ってウインに渡します。

「ありがと、パルミ。トキト、助かる」

 ウインは服のポケットから錠剤じょうざいを二つ取り出すと、トキトのくれた水で飲みました。

「ウイン……もしかして、病気なの?」

 おずおずと聞くカヒに、ウインは、

「あ、違うの、病気じゃなくて体質っていうのかな。いつも薬を持ち歩いているからね、ひどくなりそうなときにはぐいっと飲むから平気だよ」

 それでも心配そうにパルミが小声でウインに話しかけます。

「ねえウインちゃん、男子のいるところだから、センパイの家に行こう? あたし、つきあうから。肩もせるよ」

 パルミがひそやかに言うので、ウインもようやく勘違いをさせていることに気づきます。

「ごめん、パルミ! よけいな心配させちゃった。これ、頭痛ずつうなの。年に数回、ひどいの来るんだよね。気圧きあつによって起こるタイプなんだ、私って」

 パルミがあっけに取られたような顔になって

「へ? にゃ、にゃんだー、にゃははは頭痛かあ。女子は頭痛持ち多いもんねー」

 と顔を真っにしてれ笑いをしました。「あ、そっか」

 とカヒがようやく気づいて、トキトとアスミチに聞こえない声でパルミに言いました。

「わたし、思いつきもしなかった。パルミ、ありがと。そうだよね、そういう心配も必要になるんだね」

 パルミはれ笑いを引っこめて、

「だしょ? 女子の問題はデリケードだから、もしカヒっちもそれになったら、あたしやウインちゃんに言うんだよ?」

 とやはりひそひそと言うのでした。トキトとアスミチにはとちゅうから会話が聞こえませんでした。

 トキトが手をひたいにかざして空を見ています。

「ウインが頭痛っつーことは、かなり大きいのが来るってことか?」

 夕方が近づいて、湖の上のひらけた空にねずみ色が増えてきています。

 アスミチはさきほどの女子の会話について、一人なにもわからないような様子でしたが、まだ小学三年生の男子ですから、仕方がなかったかもしれません。

「なにが来るって? 気圧がわかるの? 」

 トキトがウインに代わって説明します。

「気圧が下がって雨が降る。ウインはそういうのわかるらしいぜ。頭痛になる」

 そこで視線をパルミに向けて、

「心配しなくていいよ、パルミ。薬で、ものの数分で治るんだ」

 トキトもパルミの勘違いに気づいていない様子ですが、それを説明するつもりもなく、パルミは

「そうなんだね。頭痛で雨が予知できるなんて、さすが、ウインちゃん」

 と、よくわからない「さすが」を言っておくのでした。

「いやあ、頭痛持ちを卒業できるなら、雨なんか予知できないほうがいいけどね」

 とウインは苦笑にがわらいするのみでした。

 空から落ちてきたばかりの昨日も、夕方には雲が出ていました。そのときは雨にはなりませんでしたが、今日は、間違いなく雨になるでしょう。


 ウインの予知どおり、見る間に空は色を変えます。

 重たそうな雲がまるでれた布団ふとんのようです。どんどん陣地じんちを広げます。泥が流れるみたいに、ぐるぐるとかたまりのような雲が流れてきて、あたりはあ日没前だというのに暗くなりました。

 やがて、肌を打つ雨が空から落ちてきはじめました。

 異世界でのはじめての雨です。

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