第13話 異世界の月・「ウサギが見えるよ」

 ノビルという野草について、アスミチがフォローの提案をしました。

「ノビルを、ねんのためいてみる?」

 加熱は、食材を安全に食べるための基本の調理法です。ウインもおおいに賛成です。

「そうだね。焼いて火を通したほうが安全だね」

「たぶん焼きネギみたいになるぜ」

 トキトは自信ありげな声で言うのでした。

 パルミが焼き鳥なんかを想像したのでしょう、よだれをたらしそうな顔で、

「それ、タレがほしくなるやつじゃん」

 と言ったので、ほかの子どもたちも、急にお腹が空いてきました。

 アスミチはまたしても理屈っぽく、

「タレ? タレにできそうな味噌みそ醤油しょうゆ砂糖さとう……なんかはセンパイでも作ってない気がする」

 と指摘しましたが、パルミが笑いながら答えました。

「わかってるってー、言っただけじゃん」

 そんなこんなで、貝のスープができました。

 あまりおいしいとは言えないスープだったのですが、塩が生臭なまぐささをかなりおさえていました。

 スープにノビルの葉を少しだけ散らすと、見た目もだいぶ料理っぽく見えます。

醤油しょうゆはムリだけど、生姜しょうがとか胡椒こしょうがあればもっとおいしくなったかもね」

 とカヒが感想をもらします。九歳ですが、生姜や胡椒がくさみをおさえることを知っていました。

 また、カヒは刻んだタニシには怖さを覚えないようでした。スープに姿を変えたのもかなり気分的によかったようです。

「塩があるだけでも上等だったんじゃね? カヒっち、塩を見つけるなんて、いい仕事したじゃん」

 と、パルミもおそるおそるスープを口にします。考えてみればアサリやシジミの味噌汁みそしるだったらパルミも何度もいただいたことがありました。それらと同じようなものです。自分が口にしているものの元の姿さえ忘れることができれば。

「あうあう……あ、これならいける。あたしも飲めるよスープ」

 カヒがほほえみかけます。

「よかったね、パルミ。わたしじゃなくて、センパイがこつこつ塩を作っていてくれたおかげだよ」

「それもそうだねー。センパイと、それでもカヒっちにも、感謝するわー」

 パルミがぺこっと頭を下げたので、あとの三人もカヒに向かって、そしてこの場にいない見たこともないセンパイに向かって頭を下げました。

 カヒも、頭を下げるのでした。センパイに対して感謝の気持ちです。

 ――異世界で自分でも役に立つことができたのもセンパイがいてくれたおかげです。

 お腹がくちくなり、体も温まったころ、

「うまかったな。地球の食べ物のほうが断然だんぜん、味は上なんだけど、今はこれがうまい」

 とトキトが食事の感想を言います。

 ちなみにクリは虫が食っているものも多数あり、取ってきた半分も食べられませんでした。でも焼くとほんのり甘みがありました。

「いつのまにかすっごくお腹がすいてたんだね。だからおいしく感じたんだよ、トキト」

 ウインの言葉にパルミとアスミチの軽口のやりとりが始まります。

「すきっぱらにメシ、っていうことわざあるっしょ、それドンピシャじゃね?」

「泣きっつらはち、の親戚しんせきのことわざ? 初耳だけど」

 とくに意味はない軽口です。 でも食後のひとときにいろどりをそえるでした。

「アスっち、するどい。パルミ作のことわざだよーん」

本殿ほんでんパルミ先生の新作、これまでありがとうございました。先生の次回の作品にご期待ください!」

「それ連載が打ち切りになったときのアオリ文句みたいじゃーん!」

 ますます日常が帰ってきたようで、みんながいつもの顔にもどってゆくのを、お互いに感じられました。


 空にあかね色のまくが下りはじめています。

 荒野のオアシスに夜がやってくるのです。野生動物の危険などを考えると、もっとも警戒けいかいしなければいけない時間帯が夜です。しかし五人には、センパイが長く過ごした野営地があります。

 五人の子どもたちが波乱はらんに満ちた一日をなんとか無事に乗り切りました。

 おだやかな風が日のかげりとともに、向きを変え、マングローブの葉の隙間すきまを通り抜けていました。夜には、風は陸地から水の上へと吹くのです。

 水辺には、体高が二十メートルに近い巨大なロボットが、今もなお沈黙ちんもくを守ったまま倒れています。

 巨大ロボットにはここまでに何度か呼びかけましたが、しゃべらないし、動かないままでした。むね外装がいそうばんが開いているのもそのままです。

 彼らは荒野のオアシスで生き残るという目的を果たしつつあります。

 ベルサームを脱出し、空から無事にこのオアシスに着水し、巨大ロボットのドンキー・タンディリーに危ないところで助けられ、姿も知らぬセンパイから受け継いだ野営地や岸辺のかまどを使い、サバイバル生活をスタートしました。あまりにも多くのことを経験した一日でした。

 次の日にも、今日におとらないほど多くのことが起こるのですが、彼らはそれを知りません。

 五人は食事のあとかたづけをして、寝床のある岩山へ移動します。洞窟どうくつと呼べるほどもない岩山の小さなくぼみにある野営地です。見知らぬ大人であるセンパイが作ってくれた安全な家です。岩の隙間すきまを利用した小型のかまどでだんを取っています。

 小さなかまどの炎は空気をゆらして野営地をらしました。五人の影が壁におどるるように動きます。

 五人の子どもたちが、腰を下ろしていました。

「俺たちのいた故郷こきょうの町もない、家族もいない。もうひとつの地球」

 トキトが何回か思ったその考えを反芻はんすうしてつぶやきました。

 とびらとなっている木の枝の隙間すきまから、空が見えています。

 あんじょう、だいぶ雲が増えてきています。

 雲は、さっきまではうっすらと全天をおおうようだったのが、今は様子を変えています。黒くて太いすじになって、海の中にうねるごわごわの海藻かいそうみたいにたなびいています。

 雲のベールを通して、月らしき光も見つかります。

 東の空がぼんやりと赤みがかった色になっていました。月がのぼったあたりの雲は、風の流れによってとどまることなく模様を変えています。

 月は異世界にもあるのでした。今のところ、ひとつだけ見えています。大きさも、雲にかくれてよく見えないものの、地球で見た月と似ているように思われます。

 ただ、月の模様なんかは、よくわかりません。

 地球から見るのと変わらない月なのでしょうか。

 それとも、地球とはまったく違う、異世界の月の顔をしているのでしょうか。

「太陽の反対側に見えるから、満月のはずだよね」

 とアスミチがつぶやきました。

「そうなのか」

 とトキトは初めて聞いたらしく、感心しています。ウインが説明を追加しました。こんなふうでした。

「月は光るお面をつけているみたいに、いつも半分だけ黄色く明るい。これは太陽の光で照らされているから。そのお面は光が来る方向、つまり太陽のほうをいつも向いている」

 ウインは自分の顔を両手ではさみます。そしてかまどの火のほうに向けてみました。トキトの目にもよくわかります。ウインの顔が照らされて、そしてポニーテールに結ばれた後ろ髪のほうが暗いのでした。

「だから、満月に見えるとしたら、太陽と同じほうから見たときだよ。トキト、かまどのほうに移動してみてよ」

 トキトだけでなく、四人全員がかまどのそばに移動しました。月を見るために扉のそばにいるウインの顔が、ほぼ正面から見えます。

「にへ。ウインちゃんの美少女のお顔、よく見えるよん。でもポニーテールは暗がりになっちゃってるにゃあ」

 とパルミ。

「ま、そうだよな。こっちから光があたってるんだもんな」

 とトキト。

「いえーい、わかってくれた? 私が月だとするとさ、みんなはかまどの方から私を見たから、満月みたいに顔が明るく見えた。東に月があるなら……」

 アスミチが西を指で示して

「太陽があっち。ぼくたちも西に沈む太陽と同じ方向から月を見る……」

 ほかの四人はアスミチの指の方向をいっせいに目で追います。親鳥にエサをもらうヒナ鳥みたいな動きです。

 アスミチが東に指をくるっと向けると、全員の顔が月のある方角にそろいました。

「ほら、太陽と同じ方向から月を見ることになるでしょ」

 と、首をほかの子と同調させて動かしながらウインが言いました。

「だから、今は雲にかくれているけど、あの月は満月のはずなんだね」

 カヒが言い、扉にまた近づきました。みんなそれにつられて、また扉や木の枝の壁の隙間にはりつくように外を見ます。

 カヒがにっこりとウインに話しかけました。

「ウインは、いつも説明が上手だね。学校の先生みたい」

「えへへー、ありがと、カヒ。親戚しんせきのお姉ちゃんが学校の先生やってるんだ。月の見え方はその人から教えてもらったの」

 ウインは地球でがんばっているはずの親戚の顔を思い浮かべて答えました。

 そのとき、ふっと雲が途切れました。

 見えてきたのは、黒い空間。白い星の散らばり。

 そして、やや赤みをびて見える天の円盤。

 夜空に浮かぶ月のすべてが五人の前に姿を現しました。輪郭りんかくまでくっきりと見えています。

 ウインは自分がつぶやく声を聞きました。

「月だ――」

 自分の声だと思ったのはたしかですが、トキトの声だったのかもしれません。パルミの声、アスミチの声、カヒの声、そのどれかだったのかもしれません。

 誰の声でもありえたのでした。

 なぜなら。

 月の形も、その表面に浮かぶ神秘しんぴ的なあわい白と黒の模様もようも、よく見知ったものだったからです。

 よく知る月そのものが、この世界に浮かんでいました。

 ――そんなこと、あるんだろうか。

 

 カヒの不思議そうにあげた疑問の声が、むしろ非現実的に思えました。

「ウサギが……見えるよ」

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