第12話 タニシがこわい パルミとカヒ

 まだ天気は崩れていません。けれど雲の量が増えたように思われます。

 太陽が西に傾き、空がオレンジ色のカンバスに薄墨を引いたような複雑な色彩になってきていました。

 集めてあったものを野営地に運びます。

 かまどにくべるための燃料だけはトキトがすでに運んでくれてありました。

 けれどもそれ以外にもいろいろと重いものがあります。

 採取さいしゅした貝の入ったうつわ

 そしてできるだけ多くの水。

 水は、できるだけきれいなのをくみます。地下からき出した場所がすでに見つけてありました。

「そっか。水が利用しやすいから、センパイはここに大型のかまどを設置したんだね」

 とアスミチが解説を加えました。

 ドンキー・タンディリーの声はやはり聞こえません。胸の外装がいそうばんが開いた姿のままでした。閉めてやりたいとも思うのですが、動きそうもありません。

 カヒとウインは後ろ髪を引かれる思いで、野営地に足を向けることになりました。

 いよいよ空は墨の色に染まりつつあります。赤い色が、黒い雲の隙間を突き抜けて、なんともきれいな景色です。

 けれど、今の子どもたちには不吉な色に見えてしまうのでした。

 いよいよ始めての夜の到来を告げる、嬉しくない色なのでした。

 オアシスの鳥たちの鳴き声が止み、虫の声やカエルのような鳴き声が遠くから聞こえるだけになってきました。

 それでも、野営地での作業は進んでいきました。

 夜に備えて、火起こし、かまどでの煮物料理をするときが来たのです。

「料理って、サバイバルって感じ、するよねー」

 パルミは気分がいいようで、ファイアースターターを使うウインに話しかけます。

 着火は二段階です。黒い棒を、小さな金属の板で力をこめてこすると、削られた金属の粉がとびちりました。ごはんにかける鮭フレークやおかかふりかけみたいです。黒い粉が枯れ草にふりかかります。

 次に、打ちならすようにすばやくこすります。ガチガチという音とともに火花が生まれます。ウイン以外の四人が思ったより派手に散る火花に、少しおどろきを覚えました。火花は散らしてあった粉に着火して、さらに乾いた枯れ草に火がうつってゆきます。炎のゆらめきが生まれました。

「マグネシウムの火花なんだって」

 とウインが周りに集まって興味深そうにしていた仲間たちに説明します。

「あとで俺やほかの子にも使わせてくれるか、ウイン」

 とトキトに聞かれたので「うん、もちろん」と答えるウインでした。 

 枯れ草から小枝、大枝へと火を育てて、いよいよかまどで料理です。

 センパイが食べていたと思われるカラス貝に似た大きな二枚貝、そしてタニシに似た巻き貝が、彼らの夕食のメインディッシュになる予定です。

 取ってからそれほど時間が経っていませんが、壺の中の貝は、多少の砂を吐いてくれているように見えます。

 かまどのそばに、底のとがった形の土器が見つかりました。煤≪すす≫で黒くなっています。おそらく煮炊き用にすると思われました。

「おしりがとんがってて、地面におけないじゃん?」

 とパルミがもっともな疑問を言いました。

「よくわかんねーけど、かまどにはすっぽりハマるサイズだぜ。地面に置くときは……穴を空けて、そこにはめるか?」

「じゃ、ぼくが掘るよ」

 トキトの言葉を受けて、アスミチが地面に穴を掘る仕事を引き受けました。

 使う道具はさっきトキトがナイフにしようと持ち帰った金属片です。スコップのように使えそうな形でした。ずしっと重みがあるので、楽に掘れる気がしました。

「ウインちゃん、カヒっち、皿だのスプーンだの集めておいたほうがよくね?」

 とパルミが自分で仕事を見つけて女子を誘います。

「うん」

 とウインはパルミのほうに歩き出そうとして、脚が引きつったようになりました。

 ウインは転びこそしなかったのですが、大きく体のバランスをくずしてしまいます。

「あっ」

 と言ってよろめくウインを、トキトがひじのあたりをつかんで支えてくれました。

「おい、大丈夫か? 怪我けがでもしたのか、ウイン」

 とトキトがウインの顔をのぞきこみます。

 ウインは怪我じゃないよ、と首をふりましたが、やはり脚に力が入らないままです。トキトに支えてもらってしゃがみます。

 パルミがけよってきて、

「平気だった? やっぱウインちゃん、足がつらいの? 疲れすぎとか?」

 と心配そうな表情を見せました。

「座ったまま、しばらく休むといいかも、ウインちゃん」

 ウインは力なくほほえみました。

「あー、いや、怪我じゃないし、疲れかな、ちょっとね、こっちに来てから脚に力が入りにくくて」

 カヒもけよってきて、

「ほんとに大丈夫? 痛いの? ウイン」

 と両手でウインの腕に触れました。

「痛みはないから、平気だよ、カヒ。さっき長く歩いたから、やっぱり疲れたのかも。ごめん、パルミの言う通り少し休むよ」

 食器類は、トキトとパルミの二人で集めました。かまどの周辺にはセンパイが残した土器がいくつかありました。それに加えて貝塚にあった魚の骨をはしに使い、かわらけも皿にして使えば、なんとか食卓っぽい形が整った気がしました。


 翌日に明らかになることですが、ウインの脚の不調は疲れのためではありませんでした。

 「異世界渡り」のあとによく見られる、身体能力の低下がいち早く現れたのです。ただし、悪いことばかりではありません。たとえば、アスミチが変だと言ったように、異世界の人間に近くなり、体が頑丈がんじょうに、体力もふえるという効果も、あるのです。

 ウインだけでなく、ほかの子どもたちにも、時間とともに異世界渡りの影響が現れてくることになります。

 ですが、今の五人は「異世界渡り」のことも、悪影響のことも、ほとんどなにも知りません。


 火がついたかまどに湯をわかすための土器をすえます。

 んできた水をそこに入れました。

 カヒが地球から盛ってきたお菓子を取り出そうとしました。が、お菓子はたいせつに取っておこうという意見でまとまっていたので、今は食べないでおくことになりました。

 地球にいた頃と比べると湯がわくまで時間もかかります。

 お湯がわいたら、食材を料理にと変えてゆきます。

 貝のゆでじるを塩で味付けしたスープが夕食のメインとなる予定です。

 また、貝塚に皮が多く残っていたクリによく似た木の実も拾うことができました。スープのあとでかまどで焼くことになります。

 かまどで湯をわかし、スープを作ります。

 包丁ほうちょうのかわりになったのは、センパイの野営地にあった石のナイフです。甲冑かっちゅうゴーレムの金属片きんぞくへんの薄っぺらいやつも、切るのに使えました。

 湖でとれた貝は、五人の子どもたちの耳くらいの大きさがありました。て調理する前に、下ごしらえをしておくことにします。

内臓ないぞうはちょっとこわい気がするんだ」

 というトキトの考えにウインも賛成でした。貝の内臓に入っているどろをを食べて病気になったらたいへんだと思ったのです。

「そうだね。なるべく安全に、念を入れて食べよう」

 トキトは「貝はくにゅくにゅしてるぜ」と言いながら貝の身を切り分け、黒っぽい内臓を捨てました。

 しかし、まだサバイバルの覚悟ができていない子どもも、五人の中にはいるのでした。

 食欲と、未体験のものへの恐怖が、パルミとカヒの心の中では、せめぎ合っているようでした。

 拾っておいたタニシと思われる貝が、二人には抵抗がある様子です。

 サザエなどのよく知られた食材でも、見た目に抵抗がある人もいます。タニシの身は、できそこないのソーセージがにゅるりとうずをまいたような姿をしています。不気味に見えてもおかしくないものでした。

 タニシの身を目の前にして、パルミの声はぶるぶるとふるえていました。

「タニシを食べるのは……ちょ、ちょっと勇気がいるかも」

 となりにすわっているカヒも同じ気持ちのようで、

「わたしも、ちょっと怖い」

 とパルミと手をとりあっています。料理好きなカヒといえど、タニシを食材にした経験はないようです。

 ウインは、こんなアイディアを考えついて伝えました。

「きっとさ、調理の工夫で、見た目を変えればいけるよ! きざむとか、いろいろね」

 ウインの強引とも取れるその言葉に、パルミは泣いていいのか笑っていいのかわからないといった感じで答えます。

「ウインちゃん、タニシ料理から逃さないつもりなの~。びええ」

 カヒもなかばあきらめたようにつけ加えます。

「食べなくていいよ、なんて言ってくれないんだね。がんばるしか、ない……」

 そこに助け船を出す者がいました。

「センパイの貝塚のそばに生えてたノビルみたいな植物は食えるとおもうぜ」

 そう言ったのはトキトでした。

「ノビルって、なに?」

 というパルミの疑問には、カヒが答えます。

「エシャロットに似た野草だよ。貝塚を崩して中身をたしかめたとき、土に混じってノビルも出てきてた。センパイが食べたあと芽を出したのかも」

 明るい声でパルミが声を上げます。

「センパイが食べてたの? それなら食べられる!」

 貝を食べなくてもエシャロットを食べればお腹が空かないし栄養だって取れるかもしれません。

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