第11話 ドンの外装、スクラップヤードの危険

 まず食料探し。

 そのあとたきぎあつめ。

 できれば、暗くなる前に、甲冑かっちゅうゴーレムの落下地点まで足をのばす。

 けれども、天気が悪化しそうなら、早めに切り上げて野営地に戻る。

 スケジュールが決まりました。

 数え上げてみると、時間は思ったより不足気味かもしれませんでした。

「今は時間がいちばんしいよね。食べ物もまず貝だけにしぼってみない?」

 ウインが提案します。

「そうだな。それでも、ぎりぎり日没に間に合うかどうか、ってとこだよな」

 この会話に、アスミチが補足ほそうを加えます。

「ここの太陽が地球と同じくらいの速さで動いていれば、それくらいだよね」

 すぐにパルミが答えました。

「あたしの観察が正しければ、地球とだいたいおんなじ。やっぱりあと三時間くらいで日が暮れるっしょ」

 やらなければいけないことは山ほどあります。それなのに、時間は水に砂糖さとうをとかすように消えていきます。トキトが時間の短縮たんしゅくあんを出してきました。

「さっきも言ったけど、天気の心配もあるぜ。だから。手分けしたほうがいい。俺が一人だけ、たきぎ運びに回るつもりなんだけど」

 手分けして、食料と薪の搬入はんにゅうを並んでおこなうことになりました。

 トキトは運ぶ道具に、ほかの子のカバンもりました。

 かわいたれ草や枯れ枝を集めてカバンにめます。力があって積載せきさい能力が高いトキトでした。ウインと体格はほとんど変わらないのに、らくらくと、両肩りょうかたにカバンをまとめてひっかけて歩きます。まったく重そうではありません。

 ウインが

「うわ、たよりになる。アスミチとカヒを肩に乗っけても、そのまま走ることだってできそうだなあ」

 とトキトの背中を見ながら言いました。その声がとどいたようです。

「おう、俺は走れる。もちっと重いウインとパルミを乗せても、オッケーだ」

 トキトは返事をしてきました。けれども、ちょっとデリカシーに欠ける発言だったかもしれません。

 聞いていたパルミが

「重いとか言うな。これだから男子は!」

 とぶつくさ言いました。ウインも口には出しませんでしたが、同じ気持ちと言ってよかったでしょう。でもトキトが労働を引き受けてくれたことはありがたいことだと理解していました。

 残った四人は貝拾いを始めます。

「ねえ、せっかくだからドンキー・タンディリーのそばで採集しない?」

 カヒが希望を言うと、

「それいいかも。また声が聞こえたり、もしかしたら動いたりしてくれるかもしれないよね」

 とウインも同意しました。

 四人は水辺に乗り上げて倒れている巨大ロボットのドンキー・タンディリーのそばに移動します。そこで貝を見つけることになりました。

 カヒが「ドンがまた話をしてくれるかもしれないから」と強くウインをさそい、貝拾いをしながら、話しかけることにします。

 うながされて、ウインが言いました。

「ドンキー・タンディリー、お話、して?」

 それに合わせてカヒも呼びかけます。

「ドンキー・タンディリー、わたしたち、お友だちになろう」

 しばらく待ちましたが、やはり反応はありませんでした。

 貝拾いはとどこおりなく進みました。人がいないオアシスには貝もいっぱいいたのです。

 水辺には、センパイが作ったと思われる炊事場すいじばがありました。石を積み上げたかまどと、ベンチのように使える倒木とうぼくが置かれていたのです。

 きっと水辺のほうが便利なので、晴れた日にはこちらを使ったのでしょう。

 たきぎ運びを担当したトキトが戻りました。

 カヒやウインが何度もドンキー・タンディリーに話しかけるのを見て、彼も試してみたくなったようです。

 もとはドンキー・タンディリーの部品だった金属棒を使って軽くコンコン叩いて、

「ノック、ノック、ポンコツロボットくん、返事できるかい?」

 と、ちょっと失礼な言い方で反応をみます。

 挑発ちょうはつしても、無音です。

 やはり反応がない……と思ったとたん、大きな音がバゴン、と聞こえます。

 トキトの頭の真上で、ドンキー・タンディリーの胸にあたる外装がいそうの板が、少し開いたようです。

 「あっぶねー。勢いよく開いてたら俺の頭にクリティカルヒットだったかも」

 と、トキトは反射はんしゃ的にすばやく飛びのいたあとで言いました。

 まさかロボットが悪口に怒ったとも思えませんが、ちょっとでも動きがあったのは驚きと喜びでした。

 板が一枚開いたことがドンキー・タンディリーのなんらかの返事だったのでしょうか。板はゆっくりとかたむいて、人が入れるくらいの隙間すきまが空きました。

 トキトが「よいしょ」とよじのぼって隙間に頭をつっこんでいます。

「中の方は黒い板とか部品が見えただけだぜ」

 ということのようでした。外装の板からぴょこんと飛び出してきました。

「たしかに、ポンコツかも……この板がこわれて外れたみたいだね」

 アスミチが手で外装板をなぞります。金属の板はまっすぐではなく、なにか大きな力を加えたあとのように、ゆがみやでこぼこを生じているのでした。

 カヒがつぶやきます。

「まだ起きられないのかな、ドンキー・タンディリー」

 それ以上は反応もないままでした。なにも起こりそうにありません。

 五人は拾った貝を、野営地に運びます。

 水辺にある炊事場すいじばもこれから使えそうです。明日の朝や昼間にはそこで煮炊にたきができるかもしれません。

 かまども、草やつるがはびこり、緑色におおわれていたのですが、トキトが金属棒で植物を払いまいた。どうやらなんとか使えるくらいに、野外のかまどはきれいになりました。ドンキー・タンディリーから手に入れた金属棒が、トキトにとってお気に入りアイテムとなったようです。

 かまどのそばには、骨を削って作ったナイフ、釣り針のようなものも見つかりました。

 トキトは骨ナイフを手にとり、手首をぶんぶん振って使用感を確かめながら言いました。

「使い込まれてる。持ち手には布かなにかを巻き付ければこのまま使えそうだ。さっそく、食べ物の調理に使えるな」

 パルミはくるくると大きな瞳を動かして、うれしそうに言います。

「貝と魚を採って、ナイフで調理? それってキャンプみたいじゃん。いいじゃん」

 彼らのもといた懐かしい地球は遠く、今は帰る手段を五人は持っていません。

 けれど、いつか必ず子どもたちが自分の家に帰る日が来るのです。これはそのときまでの物語なのです。最初の一日は、このようにして順調に進みました。

 まだあの恐ろしい怪物との逃亡劇とうぼうげきと戦いが起こることを、誰も知りません。

 トキトは、センパイについて考えます。

「センパイも、たぶん自然の中でいろんな体験をして、冒険をして、ここでの生活を続けていたんだと思う。俺たちはセンパイから情報をもらって、楽させてもらおうぜ」

「そうだね!」

ウインはトキトの言葉に心から賛同さんどうしました。

パルミは意見を追加して、笑顔で言います。

「センパイもさ、きっとそのほうがうれしいっしょ。だってあたしなら、後輩こうはいが感謝してくれたほうがうれしいもん」

 彼女の黒髪がひたいの前で揺れました。

 ――素直なパルミは、やっぱり美人でかわいいなあ。

 ウインはそんなふうに思いました。パルミの顔は、もともと整ったものでした。でもウインには、今のパルミのほうが、地球で見たのより輝いて見える気がするのです。多少、男子にきびしくあたりすぎるところが玉にキズではあるのですが。

 アスミチは三人の考えにうなずいて見せつつ、少し違うことを考えていました。

「センパイはもうここにはいないんだよね。感謝を伝えたくても、もういない」

 さびしげな声でした。

 カヒの視線は遠くに向けられています。センパイがそちらにいるとでもいうようです。

「センパイ、何年も前の人みたいだよね……」

 日没までの時間が残りわずかです。しかし、ここまで順調だったので、最後の予定に入れそうでした。

 岩山からさらに北のほうへ落下した、甲冑かっちゅうゴーレムを見にゆくのです。

 トキトが金属棒を手に持って先導せんどうします。

 センパイの野営地のある岩山の向こうがわです。

 森になっているところはけて、岩がむき出しになっている歩きやすいところを通っていきます。おかげで少し遠回りになりましたが、そのほうが早く着くのに違いないのでした。

  何百メートルかの距離を歩いて目的に着きました。

 そこはオアシスから少し外れた、砂と石ばかりの荒野でした。

 森の中にもあった大きな岩が、乾いた大地のあちこちにごつごつと頭を出しています。

 その一つに、仲間たちが乗ってきた機械が激突げきとつしたあとが残されていました。

 無残にもスクラップと化した甲冑ゴーレムの姿でした。

 水もない砂とれきの荒野に、黒い墜落ついらくのあとが、炭で地面に描いたように長く残っていました。

 岩に激突し、最終的には、そこでくだけ散ってしまったようです。

 大きなプレート状の部品が砂地に突き立って、ヨットのみたいです。そのほか、残骸ざんがいは中くらいのも小さいのも、地面にめり込んでうずもれかけています。

 あたりには生き物の気配もなく、風の音のほかはなにも聞こえません。

 ひしゃげた板とくだけた小さな部品ばかりになり、組み立てたとしても、丸っこい姿はもう再現することもできそうにありません。

 無事でないことは予想通りでした。けれども中に乗っていたままだったら……と想像すると、体のしんから恐ろしい気持ちがわき上がってきます。

 ウインはまずお礼の声をかけました。

「ここまで乗せてくれてありがとう、甲冑ゴーレム」

 甲冑ゴーレムには意思もなく、しゃべる機能もないとわかっていました。それでも自分たちがここにいられるのはこの壊れた残骸のおかげなのです。

 ほかの仲間たちも口々にお礼を言いました。そして、くわしいようすを調べに入ります。

 近づいていくトキトの背中にウインが声をかけます。

「もしかしたら、熱いかもしれないよ。触るときは気をつけて」

 トキトがじろりと目だけで後ろを見やって、軽く頭をゆらしました。怒っているのではなく、警戒けいかいしているだけです。

 残骸に入り込んでいる生き物がいるかもしれません。

 トキトが姿勢を低くして見たり、周りをぐるりと回ってから、大きな金属のかけらにそっと触れます。

「とくに変わったところはねえな。正常だと思うぜ、壊れちまって絶対に修理できないっぽいところ以外は、正常」

 息をつめていたほかの四人もトキトのジョークに「正常じゃないじゃーん」などと、気をゆるめて言葉を発します。

 トキトがうんうん力を込めて装甲そうこう板を持ち上げたりしています。青色の光沢を持つ金属はびくともしません。五人の中ではいちばん力のあるトキトでも動かせない重さのようです。

 トキトは力のぬけた声をらします。

「金属の板、運んでいけたらよかったけど、重すぎて動かせねえな」

 彼はくじけず、リュックにいくつかの金属片を詰め込み始めました。

いでナイフになるかもしれない」

 トキトはもともと山に住むおじいさんとしょっちゅう野山で冒険していた子です。

 ほかの都会の子たちと違って、体験したことがたくさん身についていて、それがこのサバイバル体験の短い時間にも、役立っているように見えました。そして持ち前の運動能力に加えて、積極的な行動力もあります。

 ほかの四人はトキトが一緒にいてくれて安心を感じていました。

 トキトが拾った小さな部品以外はすべてそこに残しておくことにしました。

「誰かに見つかってベルサームにぼくたちがいることが知られたらって心配したけど……」

 とアスミチが言うと、カヒがくるっともう一度あたりを見回します。

「なんにもない、誰もいない、さびしい土地だね」

 夕日に染まって真っ赤な荒野に、風だけが通り過ぎてゆきました。

 このままでも誰かに見つかることはなさそうだとわかったことが、最大の収穫しゅうかくです。


 五人はこの場所をスクラップヤードと呼ぶことにしました。散らばった甲冑ゴーレムの残骸は、今すぐに隠す必要もなさそうだし、またその作業も今の子どもたちではできそうもありません。

 ふたたび、彼らは水辺へと戻りました。

 夜をむかえるために。


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