第10話 ひみつ道具・ファイアースターター

  ウインは、心からの感謝をこめて、つぶやきます。

かいひろいだったら今日の残った時間でもできそう。センパイ、ほんとうにありがとう」

  そして、ここでプラスチック製のはしに見えた物体の正体が判明しました。

 パルミが手にしたのは、魚の骨でした。

「あ、これ、さっきのプラスチック箸に似てね? ねーねーみんな」

  ウインもすぐにわかりました。

「パルミ、それだよ。魚、ちょうど一本だけ背中に骨が上にぴょこっと出てる」

「だしょー、これが箸になるんだねえ」

 パルミがちょっと力を込めると、骨はパキっと軽快けいかいな音を立ててもぐことができました。箸も手に入れることができそうです。

  アスミチが「地球にいない魚だと思う」と前置きしたうえで、骨を観察します。

「背びれのいちばん前だけ、長く伸びてるんだね」

 アスミチの声に新たな知識に喜びが出ます。

 そして自分でも同じ魚の骨を見つけて、まねしてパキっと折ってみます。

 トキトはこの発見に

「それだ。よし、みんな貝塚から魚の骨を探して自分の箸を作ろうぜ」

 と仲間に言いました。

 地球ではない世界にやってきて始めての道具作りです。お弁当といっしょに箸を持っている子もいましたが、ここは全員で作るのがいいでしょう。

 とても単純な作業です。しかし、サバイバルの一歩に間違いありませんでした。

 ウインはトキトの意気込みをうれしく思いつつも、ほんの少しくぎをさしておくことにします。

「いいけど、情報を分類しながらだよ。カヒが並べてくれてるから、貝はカヒに渡して。それ以外は私とパルミが……パルミ、手伝ってもらっていい?」

 パルミがうなずきました。そして、貝塚とか縄文人とかいう言葉でなにかを思い出したのか、こんなことを言いました。

「センパイの作った天然石てんねんせきのアクセとかあったら、もらいたいかもー」

 パルミはおしゃれな子でした。実際に、今も、首に黒いチョーカーをつけています。チャームとして真ん中にさげているのが、銀色に光るメダルでした。

 ――チョーカーとメダルは、ご両親からの大切なプレゼントだって言ってたよね。

 ウインはいつか聞かせてもらったメダルのことを思い出しました。子どもが身につけるにはかなり高価なものを、妹とおそろいで作ってもらったと言っていました。

 ――天然石のアクセサリーなんていう発想が、パルミらしいな。

 とウインは思うのでした。もしもそんな素敵なものが貝塚から出てきたなら、自分もしいとは思うのですけれども。

 たぶん、なさそうです。

 トキトがいくぶん違う方向の感想を言います。

「センパイって女の可能性もあるのか」

「そうかもだけど、わたしは、なんとなく、男っていう気がする」

 と、カヒは、やはり女性には思えないようです。

「いろいろ大雑把おおざっぱな作りだもんね。私はトキトみたいな性格の人だったと思うな」

 ウインがちょっぴり意地悪い言い方になっちゃった、と反省していると、

「センパイが男だったらアクセサリは作らなかったかもね、パルミ、残念」

 とアスミチがパルミに言葉のバトンを返しました。

「じょ、ジョークだし? ごみ捨て場からアクセが出てくるとか、思ってないよ?」

 うろたえ気味のパルミのしぐさに、五人は顔を見合わせて笑いました。

 センパイの野営地と貝塚を見つけられたことで、今日の残りの作業も見通しが立ってきます。

 空は、いよいよ夕方の色を帯びてきています。太陽がまだ地平線に接するよりは上にあるとはいえ、その反対側の空が濃い藍色あいいいろに変わってきつつあるように見えます。

 食料探しに、落下地点の見回り。二つの作業は間に合うでしょうか。

「ねえ、みんな。夜になる前に、火を起こさないといけなくない?」

 カヒが言いました。

 食料の話から連想したのでしょう。

 カヒは料理ができるので、すぐに火が必要なことに思いいたったのでしょう。

「火起こし、必要だとぼくも思う。でも、大変そうだよね……」

 アスミチの声には不安がにじんでいます。

 パルミは自信満々に言います。

「あたし知ってる。木の棒をこうやって両手ではさんでグリグリグリグリって摩擦まさつで熱を出して火をつける。そしたら、メラメラーって燃え上がる」

 とジェスチャーしました。体の前で両手を合わせて前後にこする動きです。

 トキトは笑顔を見せつつ、

「うん。俺もそれ知ってるけど、疲れそうだな」

 じっさいに手で棒を回して火を起こすことはとても難しいことなのです。

 そのときウインが、とっておきの情報をみんなに明かしました。

 何気ない口調でしたが、ほこらしげな気持ちが感じられる声です。

「火は、私が持ってるよ」

 パルミは、少しからからかうようにおどけたことを言葉にします。

「え、火を持ってるの? なんで? ウインちゃん、まさか、タバコとか? 真面目まじめそうな文学少女なのに、しかしてその実態じったいは、喫煙者きつえんしゃの不良小学生!……だったり?」

「こらパルミ、冗談でもそんなこと言わない」

 とウインは苦笑にがわらいで、彼女をたしなめました。

 カヒが、興味深げにウインをうながします。

「火を持っているって、どういうこと? ウイン」

  男子の二人も興味津津きょうみしんしんといった顔でウインを見ています。

「今カバンから取り出すよ。じゃじゃじゃーん! サバイバル講習に備えて、というか、買っちゃったからワクワクしちゃって、持ち歩いてたの」

 ウインは黒いぼうを手に持っていました。鉛筆を少し太くしたようなサイズです。カヒが「さっきの棒だ」と意外そうな声を出しました。

「買ったばかりのファイアースターター。金属の棒を削ってこすると火花が出ます!」

 片目をつぶってみせました。

 パルミがおおげさに喜びを顔中にあらわして言います。

「すげー。グリグリ棒いらないじゃーん」

 それからトキトがうらやましそうな口調でこんなふうに言うのです。

「おお、俺も欲しかったやつだ、ファイアースターター」

「トキトのことだから、サバイバル道具のページだけ、冊子を読んだとかじゃないの?」

「よくわかるな、ウイン」

 おもしろそうな道具の載っているページだけ選んで読んだようでした。

 ウインはすでに一度、自宅でファイアースターターを使う練習をしています。枯れ草はあたりにたくさんありますから、かまどで安全に火を使うことができそうです。

 続けてパルミが、少し言葉を区切り、

「今日はさ、あと、貝と魚を採りに行くのと、ほら、空から落ちた甲冑ゴーレムを見に行くんだったじゃん?」

 年長のウインとトキトの顔を見ながら問いかけました。

 周りの仲間もはっとした顔になり、

「そうだったよね!」

 とカヒがパルミに答えます。

 トキトが通学班の班長らしい役割を思い出しました。

「そうだな、パルミ。でも甲冑ゴーレムの落下地点を見に行くのはほかのことををしたあとだ」

 残された時間を考えて言いました。

 みんなが疑問に感じるのを感じ取り、トキトは続けます。

「まずはじめに、枯れ草や枯れ枝を野営地に運び込んでおきたいな。火はもっとあとで起こせばいいと思う」

 アスミチがすなおに疑問を口にします。

「火を起こすより先に、燃料を運んでおくってこと?」

「そうだぜ、アスミチ。……どうしてかってーとさ」

 そう言ってから、額に手をかざし、空を見やります。

「雲が広がってきてるぜ」

 アスミチも、ほかのみんなも見上げてみました。たしかに曇ってきています。そこでウインがあわてて言います。

「トキトの言う通りだね。雨が降ったらたいへんだよ。ぬれる前に燃料を運んでおかないと」

 この言葉で、行動が決まりました。

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