第9話 塚ひとつ

 センパイの野営地の近くで、大きな発見がありました。

 食べたものや使ったものをてた場所があったのです。おそらくセンパイのゴミ捨て場ということになります。

 木の実の食べ残し、魚の骨、割れたつぼのかけらなどが積み上がるなか、貝殻かいがらが白く目立っています。

 おそらくこれもセンパイの生活のあとなのでしょう。

 トキトがひたいに指を当てて、教科書で学んだことを思い出そうとしています。

「こういうの、古代人の遺跡で教科書にってた気がする。ごみ捨て場、ごみステーション……じゃなくて」

 つい先日まで習っていた記憶と重ねてみましたが、ぴったりとした言葉が出ないようでした。

 トキトと同じ六年生のウインがすぐに続けます。

「それなら、貝塚かいづかだね。縄文人じょうもんじんがごみ捨て場にしてた場所だよ……あっ」

 とウインはおどろいたような声を上げました。 「おお、貝塚、それだ」と言うトキトをぐいぐい押しながら、パルミがウインに近づいてきました。

「ウインちゃん、急に大声出してどしたん?」

 ウインはみんなに向かって、喜びの声で語りかけました。

「みんな、貝塚は宝の山なんだ」

 ほかの子たちは、宝と聞いて、興味を引かれたようでした。ゴミの山というのはわかりますが、宝の山という表現は不思議な感じがしました。

 パルミがむかし話を連想したようで、

「オタカラッ? 正直しょうじきじいさん、ドコニイル?」

 と茶化ちゃかしましたが、ウインは気にせず。

「歴史の研究でも、貝塚は役に立つんだよ。昔の人がどんなものを食べていたのか、どんな道具を使って捨てたのか、情報がいっぱいまったタイムカプセルだったんだよ!!」

 かたむいてきた太陽がウインの横顔を明るくらします。

 いち早く、アスミチが

「あ」

 と声をもらしました。理解の声にちがいありません。

「アスミチ、意味がわかったの?」

 カヒの声に期待がこもっています。

「ウインが興奮してよくわかんねえから、解説たのむ、アスミチ」

 とトキトが言い、パルミも続けました。

「カイヅカ、カイセツ、タノムヨ、正直爺さんアスッチ」

 トキトがツッコミを返しました。

「いつまでカタコトなんだよパルミー」

 子どもたちが顔を見合わせ小さく笑いのうずが起こります。

 そのあとで、アスミチは真面目にうなずいて言いました。

「ウインが言ったように、情報だよ、過去じゃなくて、ぼくたちのが手に入るんだ!」

 ウインが我が意を得たりとアスミチを指さします。

「アスミチばっちり! そのとおりだよ」

 と。

 ぽかんとした顔のトキトが、さっき自分を押しのけ気味にして横に出てきたパルミに顔を向けました。共感してほしそうな視線でパルミを見つめます。

「パルミ、つまり、どういうこと?」

 トキトから聞かれて、パルミは説明できなかったので、視線をぐるっとめぐらせて、最年少のカヒに向けました。

「どゆことよ? カヒっち」

 カヒは、一瞬いっしゅんびっくりした顔つきになり、二人のジョークに気がつきました。

「なんで六年生のトキトと、五年生のパルミがわからないことを、四年生のわたしに聞くのー!」

 と肩を上下させる動きで答えます。本気で怒ったのではなく、大げさにジェスチャーして見せたのでした。

「ごめん」とパルミが頭を下げました。

「すまん」とトキトがパルミそっくりの動きをしました。

 ウインが説明のつづきを宣言せんげんします。

「はいはい、三人さんにん漫才まんざいが終わったところで、解説します。このセンパイの貝塚には、情報があるんです!」

「そこまではさっき聞いたから!」

 トキトがぼやきました。

 アスミチがあとを引き受けるように説明をします。

「つまりさ、センパイが食べていたものが見つかるでしょ。そうすると、その食べ物は、きっとぼくらも食べることができる」

 ウインが自慢のポニーテールをゆらしながら、こくこくうなずき、言います。

「そう、それ!」

 アスミチはその動きにくすっと笑いながら、結論までみんなに伝えます。

「木の実とか動物とか魚とか、センパイと同じものを探せば、安全に食べられる可能性が高いよ」

 トキトは今度はしっかり納得したようすです。

「お、おおおお。なるほど」

 パルミもここで理解しました。

「あたしも理解できたっ」

 カヒも続きました。

「そういうことだったんだあ」

 なんとなくわざとらしい雰囲気ふんいきが残っていました。ほんとうは途中とちゅうで気づいていたのかもしれません。

 が、ウインもアスミチも気分を悪くすることはありませんでした。

 ついさっきまで、生きることができるかどうか心配していた雰囲気が、ずいぶん変わったのです。五人とも、なんとなく、リラックスしてきていました。

 それもこれも、センパイのおかげと言えました。野営地を使わせてもらい、かつ、貝塚から情報をもらえるのです。

 センパイが五人の子どものために用意したわけではないのはわかっています。

 でもうれしい、ありがたい、と思います。

 カヒが、

「センパイに塩だけじゃなくて、情報ももらっちゃった」

 トキトは感謝を言葉にします。あたかもセンパイが目の前にいるかのように、

「センパイ、ありがとうございます。あなたのおかげで生き残れるぜ」

 と。ウインも真摯しんしな気持ちでそれに続きました。

「ありがとうございます、センパイ」

 残りの三人も口々に言いました。

「あざーーーっすパイセン!」

「ありがとうございます、センパイ」

「ほんとうに、ありがとうございます」

 と。五人そろって五連続で貝塚に向かっておじぎをしました。

 ――貝塚は、ゴミ捨て場だから、お礼を述べる場としては、ちょっと違ったかも。

 とウインは思いましたが、ほかにいい場所もありません。

 食べ物の手がかりが見つかるかもしれないとわかりました。

 大きな前進です。

 あたりが暗くなる前に、少しだけ貝塚を掘ってみることになりました。

「本当の貝塚とは違うかもだけどさ、ここにも、じっさいに貝殻がそこそこ含まれているね」

 とウイン。落ちていた大きめの木で塚をかきわけます。

「だねだね」

 パルミも木の棒でごりごりとゴミの山をくずします。貝殻がつぎつぎに現れます。

 会話にトキトが参加します。

「でっかい貝殻もじっているから、もし湖で同じのが見つかればいい食料になるよな。あ、それとさ、貝はそのまま食うのじゃなく、砂をかせてから翌朝にて食うのがいい」

 その言葉を聞いたアスミチは目を丸くしました。

「砂を吐かせる……そういうことする必要があるんだね」

 と新たな知識に前向きです。 カヒも、貝殻を大きさの順に並べながら、家庭での手伝いを思い出します。

「うん。わたしのおうちでも、買ってきたアサリやシジミは砂を吐かせてたよ」

 アスミチは自分の知らない知識を意外に感じたのか、こんな声が出ました。

「え、買ってきた貝でも、そうするものなの?」

 カヒは貝殻を並べる手を休めることはありません。トキトの言うように、大きな貝が採れると楽なので、最優先で見つけて並べます。小さなのはあとからでもいいでしょう。 作業をしながら、カヒは、おだやかな調子でアスミチに

「そうだよ。買ってきた貝も、生きてるからね」

 と返しました。アサリやシジミは、パックされていても中で生きています。

 アスミチにカヒがそんなことを解説しました。いつもはアスミチが物知りで、とくに聞かれていなくてもいろんなことをしゃべって説明するのです。が、塩のことといい、今は立場が逆転していました。

 カヒも、こういう機会は多くないので、うれしそうです。アスミチにしても、しゃべるのが好きではあるけれど、知ることのほうがずっと好きなのでした。

 センパイのおかげで、安全そうなシェルターが手に入り、食料の手がかりも教えてもらうことができました。

 今日しておきたいこととして残っているのはあと二つ。

 食料探し。

 甲冑かっちゅうゴーレムの落下地点の確認。

 これらを日没にちぼつまでにどこまでできるでしょうか。

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