第74話 トキトおじけづく

 ヘクトアダーは湖のほとりで亡骸なきがらとなって横たわっています。ドンキー・タンディリーが倒れていた水場の近くです。

 大蛇の姿をした手強い亜竜でした。

 ウィルミーダが慎重にヘクトアダーの死を確認しました。そして、

「間違いなく、こと切れている。もう安全です、みなさん」

 とパイロットのミッケンが伝えてくれました。


 六人の仲間たちは、小声で喜びを分かち合います。

「やったぜ」

「うん、よかったよ」

「ヘクトアダー、すっごくねばり強かったにゃあ」

「怪獣退治の終了だ」

「ドンも、ハートタマも、わたしたちも……ミッケンも、がんばったよね!」

 バノが身を隠したまま、

「まさか、目の前で倒すところを見るとは思わなかった。やはり亜竜とは手強い相手だったな」

 と思念で伝えてきました。


 ウィルミーダがヘクトアダーの死骸しがいを処理するようです。仲間たちは自分たちの体の具合をたしかめたり、無事を喜びあいながら、遠巻きに巨大なメカの様子も眺めます。

 ミッケンは、フェザー・フロッカでその頭を落とし、さらに心臓を取り出したようでした。血はほとんど出ませんでした。

 心臓は肋骨ろっこつの中から取り出したのですが、変わった形状をしていました。心臓をおおう骨みたいなものがあるのです。まるで桃やりんごを店先に並べるときにネットでくるむみたいに見えました。

 心臓は、表面を網目状あみめじょうの組織に包まれているのです。地球の生き物とはやはり違う生物なのでした。大切な部位を守るための仕組みなのでしょう。

 頭と心臓を失ったヘクトアダーは、完全に復活の可能性がなくなったことになります。

「長い時間を生きる亜竜などの生き物は、心臓からでも再生すると言われているんだ」

 とバノが解説してくれました。

 「たしか、心臓が魔力のみなもとだっていうことだったよね。魔法の力で自分の肉体も作り出すっていうこと……かな?」

 ウインの解釈かいしゃくで合っているようでした。

「魔法の世界の不思議ってことさ。亜竜の心臓は、体から取り出しても死なない。だが、破壊されたり、完全に容器などに密閉されてしまうと、再生は不可能だ。有機物などを取り込めないからな」

 そのバノの思念に、カヒがコメントしました。

「ヘクトアダーが生き返るのに有機物が必要……って、ドンに似てるね」

 パルミがカヒに言います。

「カヒっち、有機物って要するに食べ物じゃん? あたしたちも怪我を治すのにも、体を動かすのにも食べ物のエネルギーを使ってるじゃん」

 バノがなにも答えてこないのが少し変でしたが、パルミの説明にはカヒも納得できるようです。

「あ、そっか。じゃあヘクトアダーも、ドンも、わたしたちと同じってことだ」

 カヒがそう言うと、バノから返事がきました。

「そうだね。同じだね。私たちと、ヘクトアダーと、ドンキー・タンディリーとは……同じだ」

 きっとバノは自分自身の気づきや考えに今、思考を働かせているのに違いありません。彼女の思考や知見ちけんは、いつかめぐり巡って仲間たちを救う役に立つかもしれません。


 ウィルミーダが浮かび上がり、子どもたちが集まる場へとやってきました。

 白銀の機体が滑るように空中を移動するさまは、空の青によく映えて美しいものでした。

 今はひとまず味方同士と言っていいでしょう。攻撃される心配はなさそうです。

 巨大ロボットの好きなアスミチにとって、ウィルミーダの姿を見ることは、喜びのようです。

 アスミチはたっぷりとウィルミーダの勇姿を楽しみます。そして目を見張って感嘆かんたんの声をらします。

「きれいな機械だね。図鑑で見たキョクアジサシってトリに似ているかもしれない」

 彼は動物にも興味を持っている少年でした。

 首をかしげるウイン。聞いたことがあるような気がするのですが、どんなトリだったか思い出せません。

「キョクアジサシ?」

「うん」

 アスミチはその姿や特徴を解説します。

「白いトリで、何万キロメートルも移動するんだよ。ちなみに北極点から赤道までが一万キロメートル。キョクアジサシの移動距離はその何倍にもなる」

 カヒも興味を引かれたようでした。アスミチに質問します

「そんなに長い距離を飛ぶの? 大きいトリなの?」

「ハトくらいの、大きくない種だよ」

 カヒのまぶたが上がってきゅっと瞳が小さくなったような印象を与えます。小さいトリが地球のてっぺんから真ん中の赤道ほどまでも、それを越えての距離を飛ぶのがおどろきだったのです。

 カヒは想像します。

「もしかしたら、ウィルミーダにも長い距離を飛ぶ能力が備わっているのかな」

 近づいて大きくなってくる機体を眺めながら、

「もしそうなら、あの機械はこの星を何周もできるかもしれないね……」

 カヒのそのイメージは言葉以上に強い思念だったようで、ハートタマを通じて、カヒが想像する世界が仲間たちに伝わりました。ウィルミーダが地平線と水平線を越えてどこまでも飛ぶ姿、宇宙の漆黒と大気との青の境目をくぐるように自在に身を翻すビジョンでした。

 アスミチも想像を共有しながら、答えます。

「うん。もし燃料を使わずに魔力とかで無限に飛べるのだったら、すてきだよね」

 現実のウィルミーダが目の前にやってきました。着地しようとしています。ドンのそばです。

 出現したときと同じ姿勢です。気をつけに近い直立で、両腕をほんの少し挙げている姿。翼だけでなく腕でもバランスを取っているのでしょう。

 パルミが周囲を見渡し、声をあげました。

「あれ、バノっちは?」

 ついさっきまでいたのに、バノがいなくなっています。

「バノはね、ドンの体の後ろでハートタマと一緒に隠れてるよ」

 と説明してくれたのはカヒでした。ウィルミーダが近づく気配を察したバノがドンの体をぐるりと回っていったのをカヒは気づいていました。

「あっ、ハートタマもそこにいるんだ」

 と言うパルミに、バノの姿が見えています。ハートタマを胸に抱えています。少しだけドンの陰から上半身を見せてきました。ウィルミーダに見えない位置です。ひそんだままバノがパルミに小さく手を振ってきました。

 その時、ミッケンの声が頭上から響きました。

民草たみくさのみなさん、深く感謝します」

 民草というのは一般市民、ふつうの身分の人たちというような意味です。地球では王族おうこうや貴族といった支配階級の人間が自分たち以外を指すのに用いた表現でした。

 もっとも、ミッケンが話しているのは自分の国の言葉です。自動じどう翻訳ほんやくによって日本語の民草という言い方になったのですね。

 恐縮きょうしゅくしているのが伝わってくる声でした。

「それで……先ほど毒で苦しんでいた時に助けていただいて、感謝しているのですが……できればあのことは、秘密にしてもらえませんか?」

 素直に要件を伝えてきました。

 やはりミッケンは隠し事に向かない、まっすぐな性格なのでしょう。

「チャンスだよ、これ!」

 とパルミがトキトの背中をつつきます。そのジェスチャーの意味するところは「トキトっちがミッケンと会話をしてね」ということなのでしょう。

 アスミチが続けて言います。

「そうだね。頼んできたってことは、こっちからも条件を出して、ぼくたちがここにいることを秘密にしてもらえるかも」

 ウインも、

「そうだよ。もしバノちゃんがいることに気づかれていたとしても、言わないでって頼めば……交渉こうしょうのチャンスだね、トキト」

 ウインもトキトにミッケンと会話してもらいたがっています。自分たちの希望を伝えながらミッケンと会話してほしい、そういうことなのでしょう。

 とっさに動けないトキトに対して、

「トキト、返事して?」

 とカヒまでもがトキトにうながしてきました。

「ええと、俺?」

 とトキトがうろたえます。パルミとウインが二人でこくこくうなずいています。

「俺に交渉とか、無理だって……」

 歯切れの悪いトキトでした。怖気おじけづいていると言ってもいいでしょう。

 ここまでトキトはなんでも上手にこなしてきました。見知らぬ相手との会話もそうです。ハートタマやドンやバノにはかざりなしの会話ができて、ウインが感心したほどです。

 しかし、交渉という知的ゲームを前に、トキトは明らかに尻込しりごみしています。

「今回は、俺はやれる、って言わないの……?」

 カヒは意外そうに言いました。

 おどろきと落胆らくたんが声に出るのを隠しきれていませんでした。

「ミッケンと接触したのはトキトとアスミチだし、男子同士だし、交渉、やってほしいよ」

 そう言葉を重ねられて、トキトは「ううー」とうめきます。

 カヒがさらにトキトを追いこみます。

「トキトに頼ってるんだよ、私たち」

 二歳も年長のトキトに対して、押しが強いカヒでした。

 カヒはアスミチの背中にも手を当てています。アスミチに対しては強気なカヒの態度はいつものことです。今も、有無うむを言わせずにミッケンのほうに押し出すつもりのようです。

 アスミチは自分はどうせ交渉の場に出なければならないとわかっていましたから、足が数歩前に出ました。けれどトキトに先に会話してほしいとも思っていました。

 要するに、二人とも交渉の切りこみ役にためらいを覚えていたのです。

 パルミはそんな二人を見つめています。

 珍しく、トキトやアスミチに口で文句を言うこともなく、見ていました。

 二人のためらいを感じ取ったパルミに、変化が生じました。

 パルミは立ち上がると、宣言します。

「同い年くらいの男の子だし、あたし、ミッケンなら話せるかも。見ててよ」

 これにはカヒもおどろいたようで、パルミの顔を見つめて声も出しません。

 トキトが安堵あんどの息をいて、

「おー、まかせたパルミ」

 と、軽い調子で言うのでした。

 ――トキトって、頼りになるとき、ならないときの落差が激しいよ。

 カヒは心の中でこっそり思いました。ハートタマはその秘密の声を伝えたりしませんでした。



※(作者より)

 2025年もよろしくお願いたします。

 Webでの公開時には、順に生成AIによってキャラクターたちの仮のイメージ絵を描いてもらっていました。作者近況ノートで少しずつほぼ毎日、アップしてきています。

 もし読書の助けになるようでしたら、ご参照くださいませ。

 人物が一覧になっているものと、地図とを、ここでリンクをご紹介しておきます。


 ↓【】の中に画像のタイトルが書かれています。


【キャラ一覧画像】

https://kakuyomu.jp/users/cogitatio/news/16818093085928403359


【画像・ダッハ荒野地図】

https://kakuyomu.jp/users/cogitatio/news/16818093089370134516


【画像・地図:国名あり】 

https://kakuyomu.jp/users/cogitatio/news/16818093088062916070


【画像・人物Gemini版】

https://kakuyomu.jp/users/cogitatio/news/16818093088797352903

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