第75話 魔法の同意をいたしましょ

 パルミはドンの下から出ました。もっそりとうように姿勢を低くして顔を出します。ウィルミーダを見上げて、するりと全身を太陽のもとにさらしました。

 腰をらせて「うーん」と伸びをすると、肩で風を切ってウィルミーダに歩み寄ります。どことなく動きに芝居しばいが入っているようです。相手に強く出なくては、という気持ちが態度に出たのでしょうか。

「おーい、パイロットのミッケン。秘密ってどういう意味かを、定義ていぎしてほしいんだけどさー」

 と、気さくな調子で話しかけました。

 ――軽いっ! トキトとあんまり変わらないよね。

 とカヒが思った声が、ハートタマを通じて他の仲間にも伝わります。

 さり気なくトキトを話し下手のように評価していました。が、トキトはまったく気にならないようです。

 ――いや、俺には定義とか、むずかしい言葉がわかんねえ。

 とトキトが返して、たしかにそうかと全員が納得しました。

 少し難しい言葉づかいをしたほうが、もしかしたら交渉には有利なのかもしれません。

「言い忘れたけど、あたしはパルミ。さっきミッケンの命を救ったのはトキトとアスミチで、あたしの仲間だよ」

「お、おお。ほんとうにその節は……あの、お世話に、お世話様でした」

 外部音声で大きな声になっているので全員にミッケンの声は聞こえています。

 ――ド緊張しちゃってるね、ミッケン。

 とウインが心の声で言うと、アスミチが珍しく、

 ――パルミ、がんばって。

 と、うんちくもツッコミもなしに応援します。パルミが出なかったら自分に交渉のおはちが回ってくる可能性が高かったのです。自分の代わりをしてくれたパルミに感謝しているのです。

「秘密にしてほしいっちゅー提案、どういうこと? 秘密の定義は、自分から言わないことと情報を売らないという二点でいいの?」

 とパルミは砕けた調子のまま、内容はシビアでした。

 ミッケンはとまどいを隠せずに答えます。

「え、定義……はよくわかりません。秘密にお願いしたいのは、自分から言わない、情報を売らないのも大事です。だけど、えっと、もうちょっと頑張ってくれません? 誰かに今回の戦いのことを聞かれても、知らないと言ってほしいんです。そこ、わりと大事なので」

 ミッケンはおそらく自分の任務が失敗しないためにゆずれないことがあるのでしょう。それを正直にパルミに告げてお願いしています。

「こっちにだけ、うそをつけと要求するの?」

 パルミは強く出ることにしたようでした。

 聞かれたときに知らないと言うと、嘘をつくことになります。場合によっては、約束を守るのが厳しい場面だって、考えられることでした。

 ミッケンは「うーん」と思案します。ちょっと頭の中で考えをめぐらせているのでしょう。彼も自分の交渉相手の事情を推測しているようです。

 いくつかの論点に触れて、交渉を進めようとします。

「この場合ですと、そちらにも利益があります。あなた方の所持している巨大なマシン、たぶんアマンサ・ウェポン。それは人に知られない方がいいはず。そのアマンサ・ウェポンのことは絶対に言いませんから。お互いに秘密を守る、という対等の条件です」

 ドンキー・タンディリーのことをミッケンは「アマンサ・ウェポン」とあたりをつけているようでした。アマンサというのはバノに聞いた魔法使いの戦争です。その頃の機械だと思っているのでしょう。正解かどうかは、子どもたちも、ドン自身も知りません。

 ともあれ、ミッケンが自分からドンのことを秘密にすると提案してくれました。

 こちらから切り出そうと思っていた条件のひとつです。

 カヒは心の声でパルミに言いました。

 ――それなら、いいかもだよね。

 と。カヒはドンにかなり同情的ですから、ドンを秘密にすると言われてうれしかったのでしょう。

 トキトも同じ考えのようです。

 ――お互いに秘密を持ったままなら、バラされる心配はかなり少ないよな。

 と、パルミと仲間に伝えてきました。

 アスミチが、また別の角度からコメントをしました。

 ――今のやりとりにバノのことが出てこなかったね。どうやら気づいていなかったのかもしれない。

 アスミチは記憶がしっかりしているだけではなく、必要なときに知識を呼び出す力も優れているようですね。

 ウインが注意を喚起かんきします。アスミチの推測に言葉をそえる形で、バノのことを言いました。

 ――バノちゃんが私たちの仲間だと確証かくしょうが持てないから言ってないだけかもしれないよ。もうちょっと会話を続けて、バノちゃんの話が出るかどうか、気をつけよう。

 このやりとりはパルミにも届いていました。パルミが考えていることは、また別のことでした。

 仲間の思念を頭のすみで聞きながら、ミッケンとの会話を続けるパルミです。

「こっちは君のこと、知らないって嘘をついてもいいけどさ。そっちはどうなの? 君が名乗ったのを信じるならさ、軍人っしょ? 知らないっていう嘘の報告、できるの?」

 とパルミはミッケンの弱みにみこみました。

 たしかにミッケンは、命令にさからってまで秘密にしておけるのでしょうか?

 ウインが仲間に伝えます。

 ――たぶんここが交渉で優位に立てるかどうかの分かれ目だよね。

 ミッケンが答えます。

「軍の命令で話せと言われたら……たしかに逆らえない。けれど、自分からは報告はしません。それじゃ、ダメですか?」

 秘密を守れないかもしれないと認めました。自分に不利なことであっても言うのは、ミッケンの誠意と言えるでしょう。

 ――それくらいなら、しょうがないって思うけど……。

 というウインの思念に、トキトも同意のようでした。

 ――ミッケンは軍人ってことだよな。命じられたら、秘密を言うことがある。しょうがないんじゃねえの。

 ほかのみんなも、同意のようです。ミッケンの事情を考えると、仕方なく認めてもいいという気持ちです。

 一方、パルミは交渉の場でゆずるつもりはないようでした。

「条件が非対称ひたいしょうじゃない?」

 と厳しく言うのでした。

 ――非対称っていうことは、あっちとこっちで、同じ形になっていないっていう意味だよね。

 とアスミチが解説します。

 パルミはミッケンが得をしていると指摘しているのでした。

「たしかにこちらにだけ条件が甘いって理解してます。でも何とか譲歩じょうほしてもらいたくて……」

 ミッケンはしどろもどろになってきています。

 軍人がやすやすと命令に逆らえるはずがないのです。彼が軍の人間に嘘をつくことは不可能でしょう。でも彼は、自分と違って、パルミたちには嘘をついてでもメルヴァトールや自分のことを秘密にしてほしいのです。

 パルミがミッケンにせまったのはそのことでした。

 ウインがパルミをふくめた仲間で思念を飛ばします。

 ――これだと、ミッケンは完全に手詰まりっぽいよ。どうしたって同じ条件にはできないはず。あんまりミッケンを追いつめないほうがいいかもしれない……。

 ミッケンに対する不安をウインは言いました。

 ウインが心配しているのは、ただ一つ。彼が乗っているメルヴァトール、その力に物を言わせておどすという手段です。ミッケンが進んでそうするとは思わないウインですが、不安は残っています。

 ハートタマがそれを指摘します。

 ――オイラも、話し合いが長引くとちょっと怖い気がしてくるぜ。ミケの字はヘクトアダーより強い力を持ってるんだからな。

 トキトもそれに同意するようでした。

 ――たしかにな。実力行使をちらつかせてくる可能性もあるかも……でもミッケンだぜ?

 ハートタマが返します。

 ――たしかにな。死人に口なしってえ発想をミケの字がするようなら、今頃オイラたちとっくに仏さんだよな。一発でカタナのサビになってらあな。

 ハートタマの言うように、ミッケンが無理強いしようとすれば、できる状況です。

 そのこととは別に、ウインとアスミチは同時に思っていました。

 ――異世界に、仏さん?

 気にはなるところですが、レット魔法の翻訳ほんやく機能きのうのすごいところなんだろうと思うことにしました。今はそれどころではないのですから。

 パルミが伝えてきます。

 ――あたしも、ミケっちは、暴力で無理無理にウリィーってしたりしないタイプだと思うんよね。このまま押すからね!

 ――心配しないで、あまり長引かせないようにすっからね!

 パルミにも仲間の心配することがなにか、伝わっていたようです。

 ミッケンに対してこんなふうに言いました。

「んー、軍人なら、やっぱり命令に逆らえないよね。じゃあさ、細かい条件をこっちが出すのは? 小さいポイントでうまく穴埋めできれば、こっちだけうそをついてでも秘密を守ってもいいかもよ?」

 パルミはそう言って、ドンの下の仲間たちを振り返りました。仲間の了承りょうしょうを待つ、というていを取ったようです。

 ――パルミ、オイラが思念伝達しているのを隠すつもりだぜ。

 とハートタマがトキトに伝えます。

 ――わかってる。

 ハートタマに言われたと同時に、トキトは頭の上に腕で大きなマルを作っていました。

 ミッケンに譲歩じょうほする。その一方で細かい条件というのを出す。パルミはそんなふうに落とし所を見つけるつもりのようです。

 アスミチがほっとしたように思念で言います。

 ――今の感じでちょうどいいっていう気がする。早く交渉を終わらせられるし。

 ウインもコメントします。

 ――少しだけねばって、素直すぎない感じが、よかったと思う。バノちゃんのこともミッケンに質問されなかったし、ボロが出なくて安心したよ。

 パルミから思念での意思が届きます。

 ――これで一件落着、あとは泣きが入ったミケっち、なぐさめよ?

 パルミが同じように腕でマルを返しながら、そんなことを思念で言ってきたのでした。

 パルミは早くもミッケンに要求する細かい条件も考えているようです。伝えてきました。

 ――ドンちー、派手にハードラックにお釈迦しゃかっちったじゃん? ミケっちに手伝ってもらったら直りが早いと思うんだよねー。

 パルミは、作業の手伝いをしてもらいたいようです。カヒが笑顔で思念を飛ばします。

 ――それ、いいね。ウィルミーダなら大きいものも運べそうだよ。

 パルミが重ねてミッケンに伝えます。

「細かい条件を聞いてくれるつもり、あるのん? ないのん? ミッケン、答えて」

 ミッケンの顔にほっとした表情が浮かびました。その顔は誰からも見えませんでしたが、声色で安心した感じがうかがえました。

「細かい条件でめ合わせてもらえますか? ありがとう! 秘密を守る努力を、魔法の同意でちかっていただければ約束完了です……」

 どうやら交渉は成功裏せいこうりに終わりそうです。

 一方、ミッケンからの申し出に意味不明の箇所かしょがありました。

 パルミは困惑こんわくして心の声でささやきます。

 ――なにそれ? 魔法の同意って?

 もちろん声に出してミッケンにたずねたりはしません。異世界人だとバレてしまうかもしれないからです。

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