第76話 誓いの歌って?

 パルミの当惑をハートタマはしっかりとらえていました。バノの考えをハートタマが届けます。

 ――バノが言ってる。『魔法の同意でちかいます』って口頭でしゃべるだけでいい。

 直接バノが思念で言ってこないのが気になりますが、小さなことで時間を取ることはできません。

 パルミは短く返事をします。

 ――了解なりぃ。

 このときバノは小さな声でハートタマに考えを伝えていました。だからハートタマが伝聞の形で言ってきたわけです。

 パルミは、ミッケンに向けて声も大きく言いました。

「問題なし、魔法の同意で誓います。うそをついてでもミッケンとその機械と戦いの秘密を守る努力をするよ」

「あ、歌は歌わないスタイルなんですね」

「歌……?」

 パルミのとまどいにミッケンが実演します。歌の一節がウィルミーダから流れ出てきました。

「魔法の誓いで約束しましょ、誓いはけっしてやぶらない♪ 約束やぶりは心臓やぶり、命がおしいか誓わんか、竜よりこわい、命知らずを月が見ている♪ きちっと結んで守りましょ♪ っていう……」

「ぶっ」

 パルミは思わず吹き出しました。真面目な交渉の場面にそぐわないのんきな歌だと感じたためでしょう。

「あれ、そちらの出身地では歌は知られてなかったですか」

「そうだよん。で、ミッケンの誓いは? どぞどぞ、つづき歌ってくれてもいいよん」

「いえ、もうだいたい歌っちゃった……じゃなくて、なんというか……こっちも言葉だけで誓います。私も、あなたたちの存在、ロボットの存在を報告しないこと、秘密にする努力を魔法の同意で誓います」

 とミッケンも返答しました。

 ミッケンのほうにはただし書きがしっかりとついています。命令されたらしゃべることができる部分です。パルミの言う非対称ひたいしょうがこれです。

「でも細かい条件は守ってくれるの?」

 とパルミが誓ったあとで言いました。誓う前に条件を出すべきでしたが、考えが抜けてしまったようです。

 パルミも緊張があったのでしょう。

「あ、えっと……守りたいです。何が必要ですか?」

 とあわてるミッケンも、似た状況のようでした。

 パルミはこのあいだに素早く仲間たちと交信しました。

「細かい条件、言うけど、心配しないでいいよ。いくつかあるけどさ、むずかしくないから」

 前置きをして、パルミがミッケンに伝えます。

「まず、こっちのロボの投げちゃった腕を回収して欲しいっしょ? それとさ、あのポンコツロボくんは、いろんな金属を必要としているんだよね。ミケっちの手持ちに金属があれば寄付してね。あとはダッハ荒野まわりの情報があれば教えて。そんくらいだよ」

 三つの細かいお願いを伝えました。

 ミッケンは一瞬、きょとんとしたかもしれません。言葉が途切れました。

 容易にかなえてやれそうな条件ばかりでした。交渉の条件になんて入れなくても断らなかったでしょう。

 ミッケンはいくぶんぎこちなく、

「それだけ?」

 と言うのでした。

 ミッケンにしてみれば、気構えしたわりに肩透かたすかしを食らった気持ちかもしれません。

 条件の非対称などと言われて、だいぶ押され気味に始まった交渉は、結局ほぼミッケンの希望通りに決着したのです。

 パルミが、上空のミッケンに笑顔を向けています。今や警戒心をうかがわせない笑顔でした。

「うん、それだけ。あとは友だちみたいに仲よくしてくれたらうれしいな」

 太陽を浴びて、まぶしい笑顔でした。

 ミッケンもほほえんだかもしれません。

 口調くちょうがやわらかくなりました。

「わかった。友だちになろう。俺、ミッケン」

 名前をまた言ったのは、友だちとしての名乗りということでしょう。

 満足げなパルミが続けました。

「じゃああらためて自己紹介しないとね。あたし、パルミ」

 パルミはうしろの仲間をふり返ります。

 ――みんな、ここが出てくるタイミングじゃね?

 と思念で伝えました。

 ――だよな。行こうぜ。

 トキトがドンの下から身を乗り出しました。

「俺はトキト。助けに行ったのは俺と……」

 とウィルミーダをまぶしそうに見上げます。トキトの目に、白銀のボディが太陽の光を反射しています。

 トキトはあれほどしぶっていたのが嘘のようにあっさりと出てきました。パルミが切りこみ役をしてくれたから気持ちが楽になっているのでしょう。

 ミッケンはトキトには見覚えがあったようでした。

 ウィルミーダのパイロットキャビンの扉が開きます。トキトに自分の顔を見せるつもりです。

 ミッケンは操縦席から乗り出す姿勢になり、

「あの時、ヘクトアダーと一人で戦っていた少年だ! ありがとう、君たちはすごい。しかも、こんな戦場で俺を……」

 言葉に詰まってしまいました。感動でのどまったのかもしれません。

 地球ではない世界に住むミッケンから見てもトキトの活躍は目覚ましいものだったのだと仲間たちは理解しました。

 アスミチがトキトに続いてドンの下から出てきます。

 トキトは自分うしろの少年を示して、紹介しました。

「このアスミチが魔法をかけてくれたんだぜ。治療ちりょうはこいつのおかげだよ」

 トキトはしっかりアスミチが魔法を使えるという説明ができました。アスミチの魔法はバノの真似をしただけですが、そのことは秘密にしなくてはなりません。

「アスミチです。魔法の治療で助かって、よかった」

 とアスミチが軽く頭を下げながら、そっと言いました。

 ミッケンは操縦席から、複雑な表情を見せました。

 なんとなく怪訝けげんそうな顔つきです。

 ――まずいかな。

 とアスミチは思いました。

 自分のような子どもがヘクトアダーの毒を分解したと言われても信じられないのかもしれません。

 まさにミッケンの戸惑とまどいはそこでした。魔法で治療したのがアスミチだと言われて、若すぎると感じています。さらには、あのときのことを、少し記憶を整理する必要が生じたと感じているようでした。

「なるほど、魔法を使ったのは君……アスミチか」

 声の調子も、パルミやトキトに挨拶あいさつした明るい感じが消えています。

「ラダパスホルンで亡くなった人の姿を見た気がしたけど、そんなはずは……」

 この言葉が出てきたことで、仲間たちは思念でざわめきます。ウインが、

 ――ま、まずいよ。バノちゃんの顔を見られてた。

 そう言うのに対して、カヒは

 ――でもミッケンもそんなはずはないって思ってるよ。まだあきらめなくていいと思う。

 と返します。ほかの仲間も、「まずい」と感じているようです。

 なかばひとりごとであったミッケンの言葉に、アスミチが食いつきます。これは多少の演技えんぎが入っていたかもしれません。

「ラダパスホルンの人を? 誰?」

 もともと知りたがりのアスミチには質問はいつものことなのです。演技には聞こえません。

 自分が言ってはいけないことを言いかけていたとたミッケンが気づいたようです。一瞬、口をつぐみました。

 そして、申しわけなさそうに、

「ええっと、言えない、ごめん」

 とびました。

 ハートタマの思念が伝わってきました。

 ――こっちは誰のことを言っているのかわかってるんだから、ちょっとミケの字が気の毒だな。

 そこでハートタマの思念が一瞬切れました。バノにお小言を食らったようです。思念とはいえうかつなことを言うなということでしょう。

 ウインとカヒが思念で会話をします。

 ――よかった。ミッケンのほうから話題を引っこめてくれたよ。

 ――うん。夢では、会えない人が出てきたり、不思議なことってあるもんね。ミッケンは夢だと思ってくれたんだね。

 場をとりなすようにトキトが仲間を紹介します。

「こっちはウインとカヒだよ」

 思念での会話をやめて、二人も砂地のほうへと出てきました。

「こんにちは。あなたが助けてくれてよかった」

 とウインが礼を言います。この「助けた」はヘクトアダーにおそわれていたときのことを指しています。

「俺のほうこそ、君たちがいてくれて助かったよ」

 とミッケンが応じました。明るい声に戻っています。

 友だちになったので、口調もやわらかくなり、一人称いちにんしょうも「俺」に変わっていますね。

 カヒがしっかりとまとめます。

「うん。わたしたちは助けてもらった。ミッケンを助けることができた。だから、よかったよ」

 お互いに命のピンチでした。事実を今あらためてみしめる仲間たちでした。

 ミッケンも紹介が続いてほっとしています。

 ここでウインとカヒがなごやかに会話をしてくれたので救われた気がしていたのです。パルミとは約束しましたが、仲間があとからごちゃごちゃ言うのでは困りますからね。

 仲間たちには気になることがありました。

 ミッケンは操縦席から降りてきませんでした。ウィルミーダのパイロットキャビンまで距離があるので会話が難儀なんぎです。

 どうやら事情があるのでしょう。

 ウィルミーダから降りないように命令されているのかもしれません。

 ハッチを開けて顔を見せることはしたので、仲間たちもミッケンの顔を覚えることができました。人懐ひとなつっこそうな顔の少年でした。年齢はおそらくトキトやウインと同じくらいか一歳、二歳年上くらいでしょうか。

 ミッケンは作業を手伝ってくれました。

 作業中に十二歳であることや、少し長いフルネームも教えてくれました。なんでも密林地方の出身でラダパスホルンにやってきたときは名字は持たなかったのが、人につけてもらったそうです。

 ドンキー・タンディリーが落とした部品は、人間が持ち上げるには大きすぎたり、重すぎたりします。メルヴァトールはやすやすと大きな腕も、こぼれた部品も持ち上げることができました。

 ミッケンがここで出会った子どもたちに隠しておきたかった最大の秘密はメルヴァトールの存在とその強さそのものだったでしょう。が、こちらはもはや目撃されてしまったので仕方がありません。

「絶対に見られちゃいけないっていうわけじゃないんだ。ウィルミーダは透明になれるわけじゃないからさ、外に出れば人に見つかるよ」

 と作業をしながらミッケンは言いました。

 トキトがすぐに答えます。

「見られるのはダメじゃない、と。けど、毒にやられて心臓が止まってたのは、ダメなんだな?」

 かなり痛いところを突いてしまったようです。

 たぶん深く考えてのことではないのでしょうね。

「トキト、それ言わないでくれよお。ヘクトアダーにメルヴァトールが負けるなんて、絶対にダメなんだからさあ」

 その会話を思念で聞いてハラハラと心配している人物がいます。バノでした。

 なぜなら、ミッケンがラダパスホルンの軍事機密すれすれのところを会話で触れているのです。

 心配で今にも口出ししてしまいそうなのをおさえるのに必死です。

 もともとメルヴァトールを復活させて軍にも深く関わっていたバノです。ついラダパスホルンの立場で考えてしまうのでしょう。

 ――ミッケン、お前、メルヴァトールに透明化機能を持つ機体がいることを悟られちゃうだろ!

 ――ヘクトアダー退治がメルヴァトールの戦闘試験をねていたってことに気づかれちゃうだろ! もっと慎重に話すんだよ、ミッケンー!

 心の中でぷんすか怒っていました。

 たしかに、それらのことは重要なことです。うっかりしゃべって知らせてはいけませんよね。

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