第73話 ヘクトアダーの次の大問題

 ミッケンはすでに巨大ロボットのドンの存在を認識していました。

 ドンは、ミッケンに返事をしました。音声です。思念ではありません。子どもたちにとっても、実際には耳でドンキー・タンディリーの声を聞くのは初めてです。

「平気だよ。ちょっと表面のかすり傷ができただけ」

 やはり小さい男の子を思わせる口調と声質でした。

 カヒが大きく目を開いています。

「わ、ドン、しゃべった」

 ミッケンの声がします。

「えっと、そちらのロボット……おそらくはアマンサ・ウェポンさん? の、パイロットさん、でいいのかな?」

 ミッケンはメルヴァトールと同じように人間が中で操縦していると考えているようでした。ドンキー・タンディリーはパイロットではなく機械自体が会話をしているのですが、ドンはそつなく会話をつづけます。

「ボクのことだよね?」

「は、はい。えっと、剣をぶつけてしまい申し訳ありませんでした。引き抜いてもいいですか」

「もちろんいいよ」

 戦闘中とは思えないほど緊張感のない会話でした。

 ウィルミーダがふわっと浮いてドンの頭の剣を手に取りました。

「あ、ほんのわずかでフェザー・フロッカが止まってる」

 剣を持ち上げたウィルミーダから、ドンの頭部は無傷であることが確認されました。

 ドンの頭部には金属の硬い層があり、剣が止まったもののようでした。ミッケンは人体にたとえて言います。

「ず、頭蓋骨は、いちばん丈夫にできてるし。かすり傷で不幸中のさいわいでした」

 ミッケンはあまり隠しごとには向かない性格のようです。彼が心の中で願っていることがわりと多く言葉になってしまっています。

 仲間たちも、ミッケンが外からもドンがほぼ無傷なのを見てくれたので、ほっと息をついたのでした。

 そのあいだにヘクトアダーは少しだけ移動をしていました。

 胴体をほぼ分断されかけながら、動けるのです。おそるべき生命力でした。

 しかし、逃走してはいません。もし逃げようとしても無駄だったことでしょうが。

 ウィルミーダはアダーとの戦いを再開して、亜竜を圧倒しはじめます。

 ヘクトアダーも応戦します。頭と尻尾と、頼りない両手を総動員しましたが、フェザー・フロッカを防ぐことはできません。かろうじてウィルミーダの攻撃に合わせて自分からも攻撃をしかけて、頭部を守るのがせいいっぱいでした。たちまち切り傷が増えていきます。

 ヘクトアダーは最後の大攻勢に出るようです。

 下半身を大きなバネとして姿勢を低くしています。跳躍ちょうやくしようとしているのでしょう。勢いよくウィルミーダに襲いかかって最後の攻撃をする意図のように見えます。

 もしかすると、その攻撃は逃走を図ったものかもしれません。ウィルミーダが避けてくれれば、湖に落下して水中に潜ることができるのです。

 湖の深部は伏流水ふくりゅうすいに通じています。ダッハ荒野の果てまでも流れる地下の大河が伏流水です。そこまで潜りこむつもりがあったのでしょう。

 攻防一体の最後の攻撃でした。全身を大きなかたまりとしてウィルミーダにぶつかっていきました。

 しかし、攻撃と逃亡とを兼ねたその意図のどちらも、実現することはありませんでした。

 ミッケンは剣の間合いを二度と外すことはなく、ヘクトアダーを攻撃したのです。

 飛びかかろうとするヘクトアダーを、その跳躍の前に、ウィルミーダがやすやすと剣で仕留めます。ヘクトアダーは大きなジャンプをするつもりでしたが、それを止められてしまいました。

 ヘクトアダーは致命傷に間違いない攻撃を受けました。波打ち際で、一太刀、もう一太刀と何度も受けてしまいます。

 即死することがなかったのは、やはり恐ろしい生命力と言えたでしょう。

 しかし、長くはかかりませんでした。


 巨大な亜竜は動かなくなりました。


 おびただしい血が流れたはずですが、ほとんどは湖に流れていってしまいました。

 戦場は平穏を取り戻しました。

 森は再びやわらかな日差しに包まれ始めたのでした。



 ヘクトアダーという最大の危険は、いなくなりました。

 子どもたちにはまだ大きな課題が残されています。

 超兵器メルヴァトールの一機体、ウィルミーダ。

 ウィルミーダを操縦するミッケンの人となりを仲間も感じ取っていました。

 おそらく、悪い人ではありません。

 とは言うものの、彼はラダパスホルンの人間です。

 ミッケンと慎重に交渉し、無事に引き上げてもらう必要がありました。

 岩が点在する湖岸で、伏せた形のままのドンがいます。その体の下に仲間の全員がいます。

 バノに考えがあるようです。

 彼女の周りに集まった五人の子どもとハートタマを見回しながら、真剣な口調で話し始めました。

「子どもたち、聞いてくれ。ミッケンにはドンの存在がばれてしまった」

 全員がうなずきます。

 できればドンの存在を隠したかったところです。興味を持たれてしまうだけでも、危険でした。ラダパスホルンやベルサームの人間に知られたくなかったのです。

 さらにミッケンはバノの顔や名前を知っています。蘇生のときには意識が朦朧もうろうとしていたようですが、バノがここにいることに気づいた可能性があります。

「もろもろを、ラダパスホルンに報告しないよう、なんとか説得してほしい」

 バノの言うことはもっともなことでした。

 ウインが小さくうなずきながら、同意を示しました。

「そうだよね。ドンのことも、私たちのことも、秘密にしてもらった方が安全だね」

 問題は、説得できるかどうか。その一点です。

 トキトが全員の気持ちを代弁します。

「ロハでお願い、ってわけにはいかないよな」

 ロハというのは「ただ」「無料」という意味です。

 視線をしっかりと仲間たちの顔にえて、バノは説明します。

「交換条件として、ミッケンがヘクトアダーの毒で死にかけたことを、秘密にすると約束するんだ」

 身を乗り出し、いつものノリでパルミが口をはさみます。

「バノっち、ミケっちと友達なんでしょ? 自分で直接言えばいいじゃん」

 アスミチがその言葉に触発されて思い出しました。

「そういえば、ミッケンが、ちょっと意識が戻った時にデンテファーグ様って言ってたよね。交渉はバノができないの?」

 パルミとアスミチは、もはやバノがミッケンに存在を気づかれているのだと考えているようです。

 アスミチが指摘したように、「デンテファーグ様」とミッケンが治療中に言ったことは事実でした。デンテファーグとはバノが二年間使っていた名前です。

 しかしバノは、ミッケンに認識されていない可能性を考えているようです。

「あれはゆめだったということでごまかしてくれ。私はラダパスホルンから逃げた身。死んだと思われてるから、なんとか言いのがれができるはずだよ」

 と言いました。

 カヒが同情的なまなざしを向けてため息をつきます。

「誰かに知らないようにするのって、本当に大変なんだね……」

 トキトもため息まじりに言いました。

「バノと俺たちは似た者同士だな」

 アスミチが似た者同士という部分に共感を覚えて、

「そっか、そうだよね。ぼくたちもベルサームの兵器を奪って逃げているんだもん。同じなんだよね」

 たしかにそうだと全員が思いました。

 自分たちがこれまでベルサームに知られないようにどんなに警戒してきたか、思い出したのでした。バノに対しても、最初はかなり警戒したものです。

 アスミチもバノの立場に同情の気持ちが強くなったようでした。

 ウインがまとめます。

「うん、同じ状況だよ。わかった、バノちゃん。ミッケンを助けたのはアスミチってことにするんだね。トキトがサポート役をしたってことにしておこう」

 カヒが言葉をぎます。

「それがいいよね。アスミチ、うまくミッケンに話してね」

 その言葉に面食らったアスミチが目を丸くします。自分が仲間を代表して交渉役になるとは想定していなかったようです。

「もしかして、トキトとぼくがミッケンと交渉するの?」

 ウインは笑いながらアスミチに言います。

「アスミチだけだもん、私たちの中で治療魔法を使ったことがあるのは」

 パルミがウインの説明を補助します。

「さっきバノっちがその毒霧を分解する呪文? を唱えていた時も、アスっち一緒にやってたっしょ」

 言われてみると、その通りだとアスミチにも思えてきました。魔法を使った人間が誰か、ミッケンに説明する必要がありそうでした。魔法を使っていないふりをしたら、うそがたやすく見抜かれてしまうことでしょう。

 アスミチは苦笑いを浮かべるしかできませんでした。

「丸暗記の棒読みだけどね。でも、うん、魔法を使えたみたいだよ」

 なんとか、バノの存在を伏せたまま、ミッケンと会話することができそうでした。

 ただし、ミッケンがバノの存在を確信してしまっていたら水の泡です。

 ――あのとき、デンテファーグ様と言ったのは本当だけれど、相手がバノだとはっきり意識していた感じじゃなかったと思う。

 と、アスミチは考えます。

 ハートタマの感応の力で、その情報は仲間に伝わっていました。

 ラダパスホルンと、ベルサームと、二大国のどちらからも追われる身になりたくはないものでした。


 仲間たちは、バノの存在を隠したまま、ミッケンと交渉できるのでしょうか?

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