第72話 ドンの頭が大ピンチになる

 せたドンの腕のすきまからは、巨大な物体の動きが、まるで目の前に迫るような距離で見えていました。

 アスミチが叫びます。

「砂かぶりの位置ってやつだよねこれ、戦いのすぐ近くっていう――」

「言ってる場合じゃないっしょ、アスっち!」

 パルミは言いながらアスミチと、すぐ近くにいたカヒを奥へと引っ張ります。

 ものすごい質量を持つ二つの巨体が重なって、子どもたちのいる方向へ、そしてドンキー・タンディリーの方へと倒れこんできました。

「ヘクトアダーめ、どこまでも悪辣あくらつな!」

 バノが怒りをこめて罵声ばせいを上げました。その言葉どおり、ヘクトアダーがねらってこちらに倒れてきた可能性も考えられます。

 倒れながら、その巨大な尾は、ウィルミーダの腕へと伸びていました。

 ヘクトアダーはおそらく尾で剣を封じようと考えています。ヘクトアダーは理解しているのでしょう。あのフェザー・フロッカを自由にさせたままでは、自分の敗北が確定することを。

 その時でした。二つの巨体の力が拮抗きっこうし、剣が予想もしない方向へ振り下ろされてしまったのです。

 ウィルミーダの剣が、ウィルミーダに握られたままヘクトアダーの力に押されて、なんとドンの頭上に落ちてこようとしています。

 カヒが悲痛な声で叫びました。

「ドン、あぶない!」

 続けてウインも声を張り上げました。

「あああ、ドン、剣が落ちてくるよ!」

 ドンからの返事はありません。力を使い果たしてしまったのか、それとも仲間を守るために、全身全霊を防御態勢に集中させているのか。

 トキトのくやしそうな声が絶望的な状況をきわ立たせていました。

「くっそ、避けられないだろ、あれ!」

 言いながら両腕を広げています。仲間たちはその後ろに身を寄せました。

 トキトが真っ二つになったら一緒にられるだけです。助かる可能性はまったく高くなるはずがないことくらい、わかっていました。

 それでも、頼りがいのある少年の腕に身をゆだねるのは、理屈ではなく本能が導いた行動だったのでしょう。

 「ぎゃああああ! 切れちゃう、切れちゃう、あたしたちごと真っ二つ!」

 パルミの絶叫がこだまします。その声には、ユーモラスな響きすら混じっていましたが、表現を選ぶ余裕すら失っている証拠でした。

 ウィルミーダの剣――フェザー・フロッカがドンに命中しました。

 ズオンと圧力を感じさせる低い音です。それは、フェザー・フロッカがドンの表面に滑りこむ音でした。

 にぶい音はすぐに荒々しい轟音ごうおんにかき消されていきます。

 ギイイイイグゥイイイイイン。

 非常に硬い金属と金属とがせめぎあう金切り音でした。音の衝撃はドンの巨体や地面を伝い、耳の奥に直接届いてダメージを与えます。

「ぎゃー、耳が痛い」

 ウインの悲鳴が響きました。パルミもいっしょになっています。

「黒板をひっかく音を一億倍にした感じいぃぃぃぃ!」

 大音声に対抗するにはそれしか手段がないというように、ほかの仲間も叫びます。「ぎゃあ」とか「うわあ」といった声が反響室のような空間を埋め尽くしていました。

 振動と音の洪水が、全員の感覚器官をコンクリートで押し固めたようにふさいでいました。

 ハートタマでさえ思念の中継の力を失い、ぐらついていました。宙にぶら下がったかねのように、役目を果たせず震えているだけの状態です。

「振動を緩和かんわする! 魔法に同意しろ、みんな!」

 バノが叫んでいましたが、その声は音の流れに飲み込まれ、誰の耳にも届きませんでした。

 そして、見えない上方で、今、ドンはどうなってしまっているのか――。誰もその状況を正確に把握できる者はいません。

 しかし、ドンキー・タンディリー本人だけは、自分の状態をモニターしていました。機械の体の中で、思念が次々とめぐります。

 ドンは、考えています。

 ――ボクは、斬られた。

 ――ウィルミーダの剣で、頭部にまっすぐ斬撃を浴びる形になった。

 ――フェザー・フロッカが当たって、ちょっと、頭の外装板がさっくり切れた。

 ――でもその下の■■■■球体には損傷なし。

 ――斬撃を浴びせたメルヴァトールの携行型切断武器は、頭部外装に埋没まいぼつしている。

 ――切断武器による外装板以外の損傷、なし。

 ――くだんの斬撃について検討。メルヴァトールは敵対行動を取っておらず、ヘクトアダーとの戦闘における偶発事故である。

 ――貴金属摂取による中枢部の再生は最大速度で実行中。

 ――活動準備状況に、些少さしょうの遅延もなし。

 ドンキー・タンディリーの中で、体の各部位から届くデータとの情報のすり合わせと、これからなすべき行動の判断とが高速に処理されていました。

 ――っていうことは、ボク、無事なんだ!

 ――みんな、応援してくれてありがとう。ボク、ぴんぴんしているピンの助だよ!

 これらの思念は、ドンの意思によって、仲間たちに伝えられました。

 ドンはハートタマやパルミの口調を学習したとおぼしいセリフも言いました。「ぴんぴんしているピンの助」というのは、まず間違いなく二人の影響です。必要ではないけれど、元気であることを伝えるには効果がある言い回し。機械にしては学習能力が高いようです。

「耳、おさえていたのに、まだ痛いよ。それと、ドン、大丈夫だったんだね」

 ウインが言うと、残りの仲間も、言葉を発します。こうして無事を報告しあうことができました。

 ドンはゆっくりと頭を持ち上げました。

 このわずかな時間で、修復を進めることができたようです。少しずつ、ゆっくりですが、動くことができています。

 パルミは思いました。

 ――ほんとに、少しの貴金属で、ドンが動けたんだ。よかったよ。トキトも助かった。あたしたち全員も、助かった。

 また少し目頭に熱いものが浮かびかけてきて、パルミは必死でこらえました。

 ウィルミーダとヘクトアダーは、また少し距離を取って対峙たいじしています。

 白銀の巨人が、アダーより高い空中に浮いています。どうやら、倒れこんだあとふわりと浮き上がることに成功したようです。

 フェザー・フロッカは握っていません。

 ドンキー・タンディリーの頭に食い込んだまま、残されています。おそらくミッケンがドンを今以上に傷つけることを恐れて、手放したのでしょう。

 ヘクトアダーは憎々しげにミッケンのるウィルミーダをにらみつけています。ヘビの頭には表情らしきものはほとんどうかがえません。しかし、わずかな動きから怒りの感情を読みとることは、おそらく間違いではないでしょう。

「距離を空けることに成功したのだな、ミッケン」

 バノの声に安堵あんどが満ちています。

 ウィルミーダが、ドンキー・タンディリーと子どもたちの様子に気づいたようでした。

 ドンの頭に剣がめり込んでいることに、ミッケンが焦った声で謝罪します。

「たいへん申し訳ない。みなさん、え、えーとロボットさん、すぐに戦闘を終了させます」

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