第71話 武装 フェザー・フロッカの切断
仲間たちのそばでは、ウィルミーダとヘクトアダーが激しい戦いをくり広げていました。毒の霧で勝利をおさめたかに見えたヘクトアダーでしたが、二回戦が始まります。
ウィルミーダはななめ後方の空へと静かに浮かび上がりはじめます。その翼には風がまとわりつき、空気がゆれ動いていました。翼のまわりでは景色がゆらゆらとゆがみ、まるで熱を帯びた
一方、ヘクトアダーはその巨体を揺らしながら竜の息を吐き出します。紫色に染まった毒の霧がまっすぐにウィルミーダをめざして吹きつけました。辺りの空気が不気味に淀み、毒霧が勢いよく広がります。
しかし、ウィルミーダの翼が動き出しました。風が
それでもヘクトアダーはあきらめません。細く長い腕が上空へ伸び、まるで獲物をつかむように動きます。
その先にはウィルミーダの操縦席がありました。操縦席のハッチを狙って鋭い爪が立てられようとします。しかし、ウィルミーダはすばやく反撃に転じました。
「フェザー・フロッカ」
響き渡る声は、ウィルミーダの武器の名を告げたものでした。翼の一部がなめらかに動き、そこから
刀身は光をまといすらりと長くのびてトリの尾羽根のようにも見えました。
「声を出さなくてもいいんだが、操縦の補助に使っているんだ」
バノが落ち着いた口調言いました。腕が生えたヘクトアダーに対して不安はないようでした。
「それと、ピッチュも思念伝達を手伝っているんだよね」
アスミチがうれしそうに目を輝かせながら知識を
その間にも、ウィルミーダは刃をすべらせています。
トキトが叫びます。
「蹴りより殴りより、ずっと速いぜ」
鋭い剣先が光を反射しながら胴を狙います。ヘクトアダーは
ひゅん、とか、ひゅるん、という音に聞こえました。
電線が強い風で鳴るのに似た音です。
鉤爪は防御の用をなしませんでした。
フェザー・フロッカは鉤爪を切断しました。鉤爪の先端がぷつんと宙に浮きました。切断された鉤爪は重力に従い、地面へと落ちていきます。
ウインが息を呑みます。
「うっ、ヘクトアダーが切られる……!」
ヘクトアダーの瞳は大きく見開かれていました。恐怖か、あるいは驚愕か――その表情からは、かつて自分の体を傷つけられたことのない生物としてのプライドが崩れつつある様子がうかがえました。
「やった! 胴まで刃が通ったよ!」
アスミチが興奮のあまり飛び上がるように声をあげました。
胴の真ん中で、フェザー・フロッカの動きが鈍ったようにも、見えました。ゴツっという音がしました。
ウィルミーダが腰をひねって刃の方向を変えました。反転したフェザー・フロッカを振り抜きました。ふたたび武器を振り上げます。
太陽の光をまぶしく反射する刀身。汚れがほとんど付着していないようです。
ヘクトアダーの胴は、まだ分断されてはいません。しかしおそらく胴の中心部に刃が達していたはずです。
背骨に、深刻なダメージを与えたものと見えました。
トキトがつぶやきに似た声で言います。
「たった一回の
致命傷、つまり生きていることができないほどの深い傷を負わせたものと思われました。
バノが、当然の結果だと言わんばかりです。
「まるで包丁で豆腐を切るようにアダーの体を切断したな、フェザー・フロッカ」
と感想をもらしました。
ウインはフェザー・フロッカの鋭さに強い興味を覚えたようです。
「あの鱗まで切るなんて……あれビームサーベルとかじゃないの?」
その問いに続いて、アスミチが重ねます。
「それぼくも今、聞こうと思ってた」
バノは心に余裕を生じていました。
聞かれた以上の情報を付け加えて解説してくれたのでした。
「ビームなどは使用していない。ウィルミーダの装甲に使われているのと同じ種類の金属だ。ルヴ金属またはメルヴタルと呼んでいる」
目の前では、戦闘が続いていました。
驚異的な生命力を見せるヘクトアダーは、まだウィルミーダへの攻撃をあきらめていない様子です。胴が裂けている状態にもかかわらず体をうねらせます。
その大きな尾が、ウィルミーダの剣の振り抜きとほぼ同時に迫りました。長大な身体を自在に使い、一匹でありながら二つの頭を持つかのような攻撃を繰り出すのが、ヘクトアダーの得意技なのでした。死角からウィルミーダを捉えようとしていました。
しかし、ウィルミーダの翼がその一撃をあざやかにはじき返しました。
とはいえ、振り抜きの姿勢で受けたウィルミーダは少し体のバランスを崩したように見えます。ウィルミーダの体がぐらついたのに気づいたパルミが声を張り上げました。
「もっと離れないと危ないんじゃね?」
パルミの叫びが響くと同時に、ヘクトアダーは好機とばかりに尾に近い部位をしならせ、力をこめました。その巨大な尾がウィルミーダを押しつぶそうと迫ってきます。
それに対し、ウィルミーダは剣を返し、尾を切り裂いて脱出しようとしました。動よりは頑丈のようでしたが尾の肉に食い込み、骨に刃が到達します。
胴への一撃と同じように、尾の中心の骨まで刃が到達します。しかし、そこでフェザー・フロッカが止まりました。
ウィルミーダの三倍の体長を誇る生物。その尾の全力を受けきるのは難しく、ウィルミーダは力をたたらを踏んでしまいます。倒れはしなかったものの、姿勢を崩されて片足が浮いたのです。
あろうことか、二つの巨大な物体は避難している六人の子どもたちとハートタマの方へと、もんどりうって、せまってきました。
「みんな、危ねえ!」
トキトの声が鋭く響きました。彼は即座に身をひるがえし、仲間たちを守ろうと前に出ます。しかし、トキト自身も内心では理解していました。
――もし、あのどっちかにのしかかられたら、
その時、ドンが立ち上がることに成功します。正確には、上半身を少しだけ跳ねるように持ち上げただけでしたが、それでも大きな効果を発揮しました。
ドンキー・タンディリーは、背中を丸めて仲間を守る姿勢になったのです。
「ボク、まだ、ちょっと動けた……」
ドンの思念が仲間たちに伝わりました。その言葉にアスミチの悲痛な声が重なります。
「かばう姿勢になってくれたのはいいけど、ウィルミーダとヘクトアダーの二体はすごい巨大質量だよ」
アスミチの悲痛な声がしました。
おそらくアスミチは、怪獣映画やテレビで見たシーンを思い浮かべているのでしょう。巨大な怪獣や超人がビル群を押しつぶし、戦闘機や戦車を破壊する光景が脳裏に浮かんでいるのです。
バノが続きます。
「加えて運動エネルギーだ。ドンの壊れかけの体が、どれだけ耐久力を発揮できるか。祈るしかないな、仲間たち!」
仲間たちにできることは、応援することだけでした。それでも、彼らの声が次々にドンへ向かいます。
「うおお、がんばれ、ドンキー・タンディリー」
トキトが真っ先に大声で叫びました。続いて、バノも力強く声を上げました。
「私も応援するぞ、ドンキー・タンディリー、君はやれる!」
仲間たちの声が一つまた一つと重なっていきます。
「ドン、あと少しだけ、頑張って」
「ドンの字、あたしたちの都合ばっかで悪いけど、耐えて」
「ドンキー・タンディリー、ヘクトアダーに負けないで」
「ドンキー・タンディリーのこと、大好きだよ。がんばって、お願い!」
「男を見せろよ、ドンの助、ドン吉、ドン次郎! オイラも祈ってるぜ」
声援は、ドンの心にとどいて、きっと力に変わったことでしょう。
しかし、誰も不運を予測できていませんでした。
フェザー・フロッカ――
不幸な偶然で、あの鋭い刃がドンの頭上に落ちてこようとしていることに気づいている者はいません。
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