第38話 水浴びタイム
バノは荒野の旅の見通しを説明しています。
いずれ集落での売買を行うことになるでしょう。それには二つの問題があります。
ひとつには、
「私たちたちには買いたいものはたくさんある。しかし、売るものがない」
これは全員がうなずきます。
もうひとつには、
「大人がいないので、このままでは怪しまれてしまう」
そこまで考えている者は五人の子どもたちにはいませんでした。でも言われてみれば子どもが荒野を旅しているというのは「怪しい」ことかもしれません。
トキトが、うなるような声で言います。
「俺たちだけだと、たしかにかなり目立つよな……ってことは」
カヒが続きを言いました。
「見つかりたくない相手に、ベルサームに知られるかもしれない、んだね……」
バノが「だが、どちらも解決することができるよ」と頼もしい言葉を返してくれました。パルミがほっと息をついてから、
「にゃはー、バノっちあんまりおどかさないでほしいにゃ。で、どーすんの?」
とせっつきました。
「売り物は旅のとちゅうで採取できるものがある。このオアシスにも見つけられそうだが、とある理由によりお
ウインとアスミチが同時に、
「魔法!」
と、目を輝かせるので、バノは
「ディスガイズ(変装)魔法のなかには、成長魔法というのがあって、大人に近い姿になれるんだよ。私はそれを使える」
さらに食い下がって聞きたがる二人を、ほかの仲間が止めました。バノも「いずれ体験してもらうから」と苦笑いしながら約束してくれたので、ウインもアスミチもしぶしぶ納得したようでした。
カヒがウインに近づいてきました。小さく
「わたしも、成長魔法には、すごく興味があるかも……」
と言ってきたのでした。
ひとまずその話は
午前の作業が終わりました。
六人の仲間とハートタマは昼休みをとることにします。ドンキー・タンディリーも似たようなもので、消化と体の自己修復の時間となりました。
いつもの小石の浜で、かんたんなサバイバル料理がふるまわれました。
食卓に加わったものがあります。
バノが持っていた固いパンと少々の調味料です。塩や砂糖や
貝のスープに、シルミラ・ペッパーという香辛料をパッパッとふりかけます。それだけでなまぐささは感じないほどになりました。
五人の子どもたちは調味料のありがたさを痛感し、バノと出会えた幸運に感謝する気持ちがまた強くなるのでした。
食卓はますます文明の味わいを帯びてきました。
センパイが畑のそばにトイレとして掘っ立て小屋を作ってくれており、小屋それ自体はボロボロでしたが、使えます。雑草とりをちょっとする必要があったものの、これでトイレ問題もありません。
トキトが「ちょっと畑にキジを撃ちに」と、連絡役にハートタマを連れて、トイレに立ちました。このとき、バノがウインに話しかけます。
バノは長いぼさ髪を押さえながら相談します。食事、トイレの問題が片付いたら、つぎは入浴、ということが言いたいようです。
「乾いた荒野を移動し続けたから、汗と
ウインは笑顔で答えます。腕を開いて目の前の湖を示します。
「
ウインとパルミにつきそわれて、バノは湖に移動します。
ちょうどドンの倒れているあたりに、きれいな水が小さく
「前にも言ったけどさ。ここ、いんじゃね? ちょうどドンが目隠しになって、バノっちだけじゃなく、女子も安心して水浴びできそ」
とパルミがあたりを見渡して言いました。ウインも同意します。
「そうね。姿が見えなくて、声を出せば炊事場まで届く。やっぱりここがいいね」
バノがもうさっそく上着を脱ぎ始めています。
安全で安心だとはいえ、まだ女子がいるところで男子であるバノが水浴びしようとしているので、パルミとウインはあわてました。
「ちょ、待つ待つ待つバノっち」
「そうだよ、すぐ私たち、ここからどくから。ドンの向こう側に行ってドンの食べ物を並べながら待つからね、それじゃ、パルミ、あっち行こうか」
ウインがパルミの手を引っぱろうとしているときに、バノが言いました。
「いや、ここにいてほしいんだ。君たち二人にいてもらえて
と、
そこでウインもパルミも気づきます。
パルミがいささか遠慮に欠けた表現で言います。
「あれ、あれあれあれ、バノっち……アレがない?」
ウインがパルミの頭をぽかりと叩くパフォーマンスを演じて、
「パルミ、ちょっと下品だから! で、ええっと、あの、バノちゃん、ぜんぶ脱いじゃった今になって確認するのも変だけど……バノちゃん、女の子……だったの?」
「バノっち、女子なのに王子やってたなんて、それなんてコランダムの王子様?」
バノは女子相手だからか恥ずかしがることもなく
「そう、バノは女だよ。秘密のひとつだけど、大事なことだと思うから、今日のうちに明かさねばならないと思ってたんだ。水浴びしてすっきりしたかったのも本当だよ」
ウインは目のやり場に困っているものの、立ち去るわけにもゆかず、
「うわ、べつに裸を見せなくても言ってくれればよかったのに」
と顔を赤らめながら言いました。バノは笑って、やわらかな
「どのみち見せないと、証明にならないでしょ?」
ウインは、それはそうだけど、と口ごもります。
「バノっち、口調もちょっと女子になってるじゃん」
パルミは自分も
「んー、べつに女子だとバラしたから口調を変えているつもりはないんだけど。もともと私はこういうしゃべり方に近いんだ」
しゃがんで両手で水面に触れて感触を楽しむバノです。足の裏で波打ちぎわの小石をしゃりしゃりして気持ちよさそうにしています。パルミも真似してみました。
「加えて、近世界に来たとき、しゃべり方や声も男に近くしたけれど、それが習いになっていたかもね」
パルミが作業時にバノに渡された布をばしゃばしゃ洗って汚れやゴミを落とします。自分の手のひらと手の甲にこすりつけてトゲなどないか確認しました。バノを布で洗ってやるつもりのようです。
「バノっちは女子仲間ってことで、パルミは納得したかんね。バノっち、髪の毛から洗お?」
そのときトキトの声がドンキー・タンディリーの黄色いボディの向こうから聞こえてきます。
「おーい、水くみに来たのか? 手伝おうかー?」
声と同時に姿を現したため、トキトがバノの裸を見る事故が発生してしまいました。
ウインが激しく動揺しています。
「ぎゃー、なにするのトキト、の、のの、ののの、ノックくらいしてよ!」
野外なのでノックするべきドアがありません。
「これだから男子は! バノっち、あたしに隠れて!」
男子も関係ありません。事故です。
トキトはいったい何を言われているのかわからない様子でぽかんと三人を見ています。映像として、バノの体もはっきりと見たことはたしかですが、彼の思考が理解するまで時間を要しているようです。
ぎゃーぎゃーと女子二人に言われて、そのことも混乱の原因になったかもしれません。
たっぷり数秒が経ったあと、パルミが大の字でバノの体を隠しているほうに向かって指差し、大声で叫びました。
「ええええええーっ! バノ、お前、女じゃんか!」
トキト以上にあっけにとられていたバノの叫びがマングローブの森にこだまします。
「ぎゃあ、トキトは、わかったのなら、こっち来ないで。来ないでよお!」
そんな事故を起こしながら、バノの性別は年長三人によってたしかめられたのです。すぐに悲鳴を聞きつけてきたアスミチとカヒにも、事情が説明されたのでした。
このさいだから、というウインとパルミの提案で、バノを含め年長の女子三人で水浴びをすませます。
バノがいた
「ひいじいちゃん、ひいばあちゃんの時代だったら子どもの水浴びなんて
とパルミが明るく笑います。
あっというまに水浴びは終わりです。
「いろいろすっきりしたよ。きばのこ・はのこの大きな秘密は、これであらかた明かしたことになるよ」
バノが布をしぼって体の水気をとり、衣類を身につけてゆきます。
ウインもなんとなくバノが男の服装をしていた理由がわかる気がしています。
「やっぱり女子のほうが危険がありそうなんだね? 私たちも地球にいつ帰れるかわからないから、バノちゃんに相談しておきたいな」
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