第36話 こいつ、動くぞ!

 ウインはつかつかと歩いてゆき、トキトの両肩をぽんぽんと叩きました。それから力を抜かせようと、こんなふうに言いました。

「だいたいさ、私たちをうそでだます意味がないじゃない? つかまえるなら、魔法の力でもなんでも使って捕まえられる。ベルサームに知らせるなら、もっと簡単だよ。姿を現さずに、こっそり伝えればいいんだから」

 たしかにその通りでした。

 ベルサームに知らせるのなら、わざわざ五人の目の前に出てくる必要はないのです。ウインはみんなを見回します。

「バノちゃんは、とっても真剣に、うそをなるべくつかずに、私たちに理解を求めてる。そうだよね?」

 少しのあいだ、誰も返事をしませんでした。沈黙は、考えを受け止めるために必要な時間でした。

 バノも、言いつのることなく、辛抱しんぼう強くほかの子どもたちの反応を待っています。

 トキトが、責任感から、自分がいちばんに口を開くべきだと考えたようでした。

「わかった」

 その一言で、仲間たちの体の力がゆるみます。トキトはふうっと息をついて、続けます。

「ほんとにウインの言う通りだよ。俺がここでバノを逃がすとか逃がさないとかがんばったとしても、ぜんぜん手遅れだよな、もしもバノが悪巧わるだみをしていたらさ」

「わあ、トキトっち、理解がはやーい」

 パルミが珍しくトキトをめました。

「うん、ぼくもバノを信用していいと思う。でも、もっともっと、いろいろこの近世界のことを教えてほしいよ!」

「わたしも、バノと仲良くしたい。よろしくね!」

 アスミチとカヒもバノにずいっと近寄りました。班長と副班長のふたりが認めたのだからと、気が楽になっているのです。

 五人は我先われさきにとバノのまわりに集まり、握手を求めたり、ほほえみみかけたりしました。

 ウインは、バノのむらさき色の本を拾って手渡します。

 手に持った時、ずしりと重く、でも上品な革の表紙の手触りがとても心地よく思えました。

「はい、バノちゃん。大切な紫色の本、私たちの警戒を解くために離しておいてくれたんだね。ありがとう」

 受け取るバノに、アスミチが言葉をかけます。

紫革紙面しかくしめんっていう名前なんでしょ、日本語の四角四面にかけたネーミングなの?」

「アスミチの見立てたとおりだ。じっさい、私は四角四面な性格と言われることも多いしね。もちろん近世界の言葉だから、シカクシメンという音の響きではないのだが」

「ほらほら、バノちゃん、説明はまたおいおいにね。ね?」

「あ、ああ、ウイン、そうだね」

 このタイミングで、今度はバノが心底しんそこおどろく出来事が起こります。

 おどろく側とおどろかす側との攻守交代です。

 ハートタマの中継によって、ドンキー・タンディリーの声が、今度はバノを含めた全員に届いたのです。

「お兄ちゃん、お姉ちゃんたち、ねえ、新しい友だちなの? ボクにも紹介しょうかいしてよ」

 トキトとパルミがいち早く反応します。

「あ、ドンの紹介まだだったぜ」

「ドンちー、ドンマイ、ドント・ウォーリー、どんどこ紹介すっからねー」

 ドンキー・タンディリーの声はハートタマの感応力で全員に届けられたので、バノは明らかに動揺しました。

「こ、この声は? 君たち五人とハートタマ以外に、人間が?」

 ウインがすぐにバノに説明をしようとします。

「バノちゃんがメルヴァトールっていう巨大ロボの秘密を明かしてくれたから、今度は私たちの番。ね、みんな、そうだよね」

 ウインは「メルバトール」に近い発音をしたかもしれません。これもバノは「どっちでもかまわない」と言うに違いないことでした。

 バノはまだきょとんとしています。

 小さな男の子の声のようなものが頭に響きましたが、この場には今、そんな子はいないのです。秘密を明かしてくれると言っているので、どこかに小さな子が隠れているのでしょうか。情報はありません。

 ――秘密にするようなことを、地球から来たばかりの五人が知っているとも思えないのに……

 バノは頭脳をフル回転させています。けれど「あと一人の子ども」にはどうやってもたどりつく手がかりはありません。

 ――なんだろう、を知る予感がある……。

 バノは、五人の子どもとハートタマと連れ立って、湖のほとりに戻りました。

 秋の日差しに、風の立てる白い波が湖面に揺れています。

 がいるところは、バノが姿を現したところから少し距離があります。

「私たちの仲間、最後の仲間だよ、バノちゃん」

 バノは口をあんぐり開けて、あごを前に突き出してしまいました。両手を鉤形かぎがたにしてわなわなと震えています。

 ドンキー・タンディリーの平たくなった姿を見て、元の形がわかるようでした。

「ええ、ええええええ? なに、このロボット……メルヴァトールともぜんぜん違う……だいぶこまかなブロック構造に見える……びっくりするくらい大きいけど、まさか、これが、ベルサームの甲冑かっちゅうゴーレム……? でかすぎない?」

 五人はあわててバノの間違いを訂正します。

「ごっ、ごめんね、甲冑ゴーレムじゃないの」

 謝るウインの代わりにトキトが金属棒で北を示します。オアシスの外、甲冑ゴーレムのスクラップのある方角です。

「甲冑ゴーレムは、胴体だけになって、さらに落下でバラバラにくだけて、あっちの岩山の向こうに落ちてるぜ」

 ウインはあわてたまま、

「バノちゃん、この子は、名前はね……」

 そこで、ドンキー・タンディリーの二十メートル近い胴体が、ほんの少しだけ、ぶるっと動きました。

 バノはさらに動揺して口走ります。

「おわああああああ、動いた、こいつ、動くぞ」

「バノちゃんっていうの? おどろかしてごめんなさい。ボクはドンキー・タンディリー。ウインお姉ちゃんたちの仲間なんだよ」

 思念をつうじて、ドンの言葉がバノに聞こえたのです。ドンキー・タンディリーの言葉で、バノは安心して落ち着くどころか、ますます大混乱しているようです。

「しゃべった? しゃべるのか、中に誰か、ピッチュでも、いるとか?」

 この疑問にはハートタマがすぐに「中にはピッチュはいないぜ」と答えます。

 バノはアスミチと同じか、それ以上に好奇心のかたまりなのでしょう。

 自分の目にした情報をしゃべり続けます。気になってたまらないので、自分がしゃべっているという自覚もないに違いありません。

「そういえば名前を名乗った。たしかに、ピッチュがしゃべったはずがない。つまり、自意識があり思念で会話ができるのだな……。いったいどんな技術だ誰が創造したのだ。部分的には超兵器メルヴァトールを越える可能性すら……はっ」

 おどろいたときの「はっ」まで口で言ってみせました。イシチョビをあやつったときみたいな演技えんぎ力が発揮されました。演技ではなくたぶん本心から出た「はっ」だったのでしょうが。

 ここまでの落ち着いて賢く、見た目よりもずっと年上に感じられた「きばのこ・はのこ」の姿はすっかり消え失せていました。

 ただのはしゃいでいる子どもにしか見えない姿をさらしてしまっていました。

 すきだらけの一面をはからずも仲間たちに見せたことに本人も自覚が芽生えたものらしく、やおら背筋をのばします。静かに呼吸したあと、小さくばらばらいをして、

「この素晴らしい巨大ロボットが、君たちの秘密というわけなのだな?」

 と、もとの大人びた口調くちょうで言いました。

 今度は間違いなく、演技しています。動揺を隠そうとしての演技です。

「ぶ、ぶふっ……ごめん、ごめんねバノちゃん……でも、く、くふ……あははははは、ごめんっ、笑うつもり、ないんだけどっ」

 ウインが笑いをこらえようとするほど止まらなくなってしまいました。

 ほかの子どもはウインより遠慮せずにわははっと声に出し、笑い終わって、ウインの発作がおさまるのを待ちました。

「うん……ウイン、君に悪気がないのはわかってるんだ。だから謝らなくていいよ」

 がまんすればするほど止まらないウインは、さらに謝ります。

「ごめーん、ほんとにごめんねええ……ぐふっ」

 なまじ笑いをこらえようとするので、止まりません。ほかの子はハラハラして見守っています。

「だからいいって」

「うふっ、ご、ごめんね」

 ここでバノの声がすうっと低くなりました。

「いいかげんにしないと……怒るよ?」

「はいっ、芝桜ウイン、謝るのをやめるであります。で、ドンキー・タンディリーについてでありますか」

 きもが冷えて笑いもひっこむウインでしたが、口調がおかしくなっています。

 ウインのへんなくせなのでしょう。動揺すると物語で読んだなにかのしゃべりを模倣もほうしてしまうようです。

「ウイン、ウインってば、動揺しすぎだぞ」

 と、トキトに言われて、ウインは目を白黒させたまま口をつぐみました。


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