第21話 ボクが弟

 重い荷物を受け取っては、外装板がいそうばんの中に放りこむように入れていきます。ウインはつぎの朝、目覚めたときに生まれて初めて「腰痛ようつうのつらさ」というものを味わうことになります。

「ねえ、ドン。わたしたちが集めてきたごはん、おいしい? 栄養に、なってる?」

 と、カヒが話しかけます。外装板に両手と耳をくっつけて腰を曲げた姿勢です。ウインも、同じ格好になり

「ドンキー・タンディリー、もし少しでも元気がもどってきたなら、返事して」

 とカヒの頭越あたまごしにドンに言葉をかけました。

 声が、聞こえてきました。

「うん、聞こえるよ……さっきのお姉ちゃんたちでしょ……」

 ウインは目をいっぱいに見開いて、

「あ、聞こえた気がする。うん、この子、しゃべってる!」

 カヒもドンにさらに全身をくっつけるようにします。ぴったりと貼りつけば声がもっと聞こえるとでもいうようです。

「ウインだけじゃないよ。今度は、わたしにも聞こえた! よかった。食べもので元気が出てきたんだね」

 残りの三人もかけつけて、五人全員が外装がいそう板に耳を当てたり手のひらをつけたりしてドンの言葉を聞こうとしました。

 ハートタマはふわふわと宙に浮いたまま、

「なっ、オイラの言ったとおりだっただろ。そですり合うも他生たしょうえん、だぜ」

 とひとりごちていました。

 ひとしきり達成感を味わった子どもたちでした。そのあとで、パルミが、ドンキー・タンディリーに手のひらをくっつけて、

「あのさ、ポンコツロボットくん、あんたの名前を最初に教えてちょー」

 と話しかけました。

 小さな男の子の声で、ロボットはあまり自信がなさそうに答えたのです。

「えーっと、ドンキー・タンディリー……かな?」

「それウインちゃんがつけたかりの名前っしょ! もとの名前、あんたにはないわけ?」

 ドンは少しだけ間をおいて、

「もとの名前っていうのは、わからないや。ごめんね、お姉ちゃん。そっちのお姉ちゃんにドンキー・タンディリーって呼んでもらったから、ボクはそれが名前だと思ったんだよ」

 と答えました。カヒが続けてたずねます。

「小さい男の子って感じの声としゃべり方。もしかして、体は大きいけど、まだ子どもなの、ドンキー・タンディリー」

「ずっと長い間、ほとんど眠っていたんだ。だからお姉ちゃんやお兄ちゃんたちより前に生まれたと思うけど、うん、ボクはあなたたちの弟みたいな気がしてる」

 パルミがふたたび、

「それでよくね? 自分でも弟つってるし、こっちはドン助の命を助けたんだし、ドンはロボットの子どもで、あたしたちの弟分おとうとぶん!」

 そう言うと、ドンキー・タンディリーが

「うん、それでいいよー。弟分だなんて、えへへ、うれしいな」

 と受け入れてしまいました。

 アスミチがパルミに指摘してきします。彼はいつも冷静にふるまうのが自分の役割だと思っているので、少し理屈っぽくこんなことを言うのです。

「でもパルミ、先にドンが助けてくれたんだよ。落ちてきたぼくらが岩にぶつかるところを、岩をくだいてくれたじゃないか。弟分っていうよりは……」

「うにょっ? それもそっか。体もでっかいから、ドンおじさん? ドン兄貴あにき? そうなるん?」

 ドンキー・タンディリーは、それらの呼び方は気に入らないようです。

「その名前、あんまり好きじゃないよ……それに昨日、ほんとはお姉ちゃん、お兄ちゃんたちを手で受け止めてそっと下ろそうとしたけど、ボク壊れかけていて、うまくできなかったし。ボクが弟で、いいよ」

「どっちが先に助けたんだろうと、今、ドンが弟になりたいって言ってるんだから、弟分でいいんじゃねえかな」

 とトキトがここまでの会話をまとめて、言いました。

 そんなわけで、ドンがみんなの弟分ということになりました。


 さらに岩を運び、木や草も与えると、エネルギーが回ってきたと見えました。

 やがて近い距離ではハートタマが中継ちゅうけいしなくても心の声が届くようになってきました。

「うわあ、ありがとう。いっぱい食べさせてもらったよ。かなり元気になってきた気がするよ」

 ついでというわけではないのでしょうが、ドンは要求を追加してきました。少し遠慮えんりょしているような感じを受けます。

「エネルギーは増えたんだけどね、あのね。体のあちこちがだいぶ壊れちゃってるみたい。それで……金属きんぞく、あったらうれしいな。石とか砂からでも、ちょっとずつ必要な成分を吸収きゅうしゅうして、自己修復じこしゅうふくできると思うんだ」

 子どもたちは願いを聞きとどけてやりたいとは思うものの、巨大ロボットの修復に使うほどの大量の砂や石を集めることができるでしょうか。日数をかけて少しずつ与えることならできるかもしれません。

「金属、なかでも貴金属ききんぞく……金とか、銀とか……少しだけでも、あると助かるんだけど」

 と弱々しく声は続きました。

 ハートタマが、ドンに正直に伝えることにします。

「この子たちも、昨日ここに逃げてきたばかりでさ。今日明日を生きびることで精一杯せいいっぱいだ。あんまり負担ふたんをかけちゃいけねえと思うぜ」

 その時、ウインは、スマートフォンがあったことを思い出していました。

 ――スマートフォンには、金とか、貴重な金属が使われてるはず。

 砂や石よりはだいぶいい「食べ物」になりそうです。それに、水に落ちてしまい使えなくなっています。サバイバルに役に立つことはないでしょう。

 ――ドンに、スマートフォンを食べるかどうか、聞いてみようか?

 考えたものの、簡単に手放す決意ができません。たとえ壊れてしまっていても、中には地球でのデータがあります。写真があります。家族に連絡を取るための機械です。どこにもつながらないとわかっていても、今すぐに手放す気持ちにはなかなかなれないのです。

 ――どうしても、スマートフォンを食べさせることができないよ。もしかして私は、電話をかけたら家族につながると思っているんだろうか。

 ウインはそう思いました。たぶん「自分のほうから手段を手放す」ということが、「家に帰ることをあきらめる」ということにつながってしまっている気がしてならないのでした。

 アスミチが問いかけます。

「ねえ、君、食べたら動けるかもしれないって言ってたよね。もう動けるようになった?」

 答える声が、どこからともなく頭の中に聞こえてきます。

「やってみるねー。ちょっと待ってて」

 子どもたちはドンの体のどんな動きも見逃すまいと凝視ぎょうしします。

 空気は期待で張りつめていきます。

 十秒が経過けいかしました。

 三十秒、まだ静寂せいじゃくが続きます。

 一分、沈黙ちんもくが、空気を重くしてゆきます。

 そして、さらにもっと時間をついやして、ようやく機械の肩のあたりがかすかにふるえ始めました。

 見ていると、肩だけでなく、横倒しになった上半身すべてが細かく震えています。がれかけた外装板がガタガタと鳴りました。

 振動が、生き返りつつあるドンキー・タンディリーの巨体を包み込んでいます。

「じ、じれったーい!」

 パルミが盛大せいだいに舌うちしながら叫びました。。

「ご、ごめんね、お姉ちゃん。時間がかかりそう……あっ」

 ドンの声とともに震えが止まりました。動きの限界になったのか……と子どもたちが心配しましたが、さにあらず、ドンの

「危ない、よけて。お兄ちゃん、お姉ちゃん」

 という言葉とともに機械の一部がガラガラと落下してきたのでした。

 五人はとっさに何歩もうしろに下がってよけました。怪我けがをした者はありません。

 ウインは優しく声をかけます。

「ねえ、キミ、大丈夫? 壊れちゃった?」

 機械から返ってきた声はすまなそうな気持ちがこもったものでした。

「ううん。もともと壊れてバラバラになりかけてたところが、落ちてしまったの。心配してくれてありがとう、お姉ちゃん」

 その言葉に子どもたちはひとまず安心しました。

 アスミチはほっと息をついて、こんなふうに言いました。

「あんまり動くともっとバラバラになっちゃうかもだね。ぼくたちでできることは限られてるけど、外装板を落ちないように補強したり、落ちた部分をもとの位置にくくりつけたりなら、きっとできるよ」

「うん、お願いしたいな。落ちたパーツボクの……んー、腕のところだよ。元の位置に戻してもらえたら、何日かで自然にくっつくと思うんだ」

 とドンキー・タンディリーは答えました。

 びっくりするような内容でした。五人は、機械が「自然にくっつく」と言った部分に興味を覚えたのです。ウインは、

 ――生き物みたいに、機械の体が治癒ちゆしたり、れたところがくっついたりするのかな? 食べた材料を使ってそんなことができるのなら、生物とおんなじだ……。

 そんなことを考えながら、落ちてきたパーツに近づきます。

「トキトが拾った金属は、水より軽いって言ってたよね……」

 落ちたパーツのうち自分の頭くらいの大きさのを、両手で拾い上げてみました。

 ――もし鉄だったら、私じゃ持ち上げられない重さだよね。

 そう思ったものの、できる気がしたのです。

 腰を落としてぐっと腕に力をこめると、持つことができました。

「ほんとに軽い。と言ったって、木材くらいの重さはあるね……」

 ウインに続いてトキトが言います。

「俺たち子どもの力だと持ち上げるのに苦労しそうだな」

 ハートタマがドンキー・タンディリーにちょっとした思いつきを言います。

「なあ、ドンの字、もうちょっとだけ動いて、平べったくなれないか? そしたら、フレンズもお前さんに部品をもどしやすくなると思うんだ。低くないと、背がとどかねえだろ?」

 その考えはもっともなものでした。

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