第20話 対話・ドンキー・タンディリーと


 カヒの髪の色の変化。

 それについて、ウインは自分の考えを言うことにします。

「髪の色か。短い時間でこんなに変わることはないはずだよね。だから異世界渡りの影響ありそうだけど……。私のあし怪我けがの可能性もある……なんだろう……」

 今の時点ではなんとも言えないようです。パルミが芝居っけを感じさせながら

「カヒっちの髪の毛、思ったより違和感なさげかも。いやいや、白っちゅーのも、カヒっちのかわいさをブラッシュアップしているにゃ」

 こんなふうに、カヒの髪をほめました。

 カヒは意外なほど大らかに受け止めているようです。

「えへへ、そう? 白い髪の毛なんていいなって思ったこと、じつはあるから、似合ってるなら、うれしいな」

 と、色が変わったことにおどろきはするけれど、あまり嫌なことだとはとらえていないのでした。カヒは続けてこんなふうに言いました。

「なんとなく、アスミチの言うように、異世界に来た影響……の気がする。髪の毛くらい、色が変わっても困らないし」

 カヒは前髪の毛先を引っぱります。上目うわめづかいでそれを見ようとしているようです。

「フレンズの中でも、カヒはメンタルが強いんだな」

 とハートタマがカヒをほめました。

 カヒは前髪、耳のそば、うなじあたりの髪の毛をぜんぶ引っぱって、カーリーヘアが本当に色が変わってきているのをたしかめました。

 ここで、重大な変化をハートタマがキャッチします。

 「なあ、おい、フレンズ!」

 緊張感きんちょうかんのある声でした。ハートタマは五人の頭より少しだけ高い位置をくるくる飛行しています。探し物をするような、思い出そうとすることがあるような、そんな動きに見えました。

 子どもたちの注意がハートタマに集中しました。トキトが「獣人の気配か?」と低い声で言うのに「いやちがうぜ」と答えてから、

「今、ピッチュの感応かんのうの力で、なにか声を受け取ったぜ。誰かが助けを呼んでいる。だいぶ小さい声だけどな……オイラには聞こえる」

 トキトが「助け」に反応しました。

「いいぜ。困っているんだったら、また俺が助けにいく」

 ハートタマは「ちょっと考えものだぜ、トキト」と言ってから、つけ加えます。

「トキトにドラゴンの力があったらよかったんだけどなー。助けを求めているのは、この岩山くらいでっかい『なにか』なんだ」

 その言葉を聞いて、子どもたちはいっせいに

「えええええーっ」

 とおどろきの声を上げました。岩山くらい大きさのある誰か。ここは無人のオアシスのはずでした。

 ハートタマが話を続けます。小さな声をひろうにはハートタマも苦労するようで、しかめっつらに似た表情を作っています。

「でかい何かの言うことにゃ、かなり弱ってるみたいだ。そいつはでっかい……機械……で、金属や有機物ゆうきぶつをもらいたい……って言ってるな。ユウキブツってなんだろ」

 ウインは気づきました。みんなに向かって言うのです。

「ねえ、その声ってもしかして昨日のあの……」

 仲間たちもわかったようで、トキトがウインの言葉に続けます。

「ドンブリカンジョーとかいうロボットかもな!」

 と叫びました。

 パルミがすかさず口をはさみます。

「ドンキー・タンディリーっしょ、これだからトキトっちは」

 このやりとりでみんなの緊張がちょっとだけゆるんだようです。そんなパルミにウインが笑って言います。

「パルミが言い間違いの指摘してきするー?」

 パルミはトキトと同じか、もっと多くの言い間違いをしていましたから。パルミの場合は、わざとふざけて言い方を変えることのほうが多いかもしれません。

 カヒが、みんなに同意を呼びかけます。明るい声でした。

「ね、トキトの言う通りだと思うよ。ドンキー・タンディリーの声が、ハートタマにとどいたんだよ」

 アスミチも同じ考えのようで

「となると、ドンはずっと助けを求めていたのかもしれないね。ぼくたちに聞こえなかっただけで」

 と自分なりの考えをつけ加えました。パルミがやる気を出して、

「んじゃんじゃ、早いとこ助けに行ってやらないと。ドンの字のやつ、ポンコツ度合どあいがかなーり『きちゃってた』じゃん」

 このあたりから、子どもたちは、ドンキー・タンディリーをちぢめて呼ぶようになってきました。「ドン」とか「ドンの字」とか。声が聞こえるなら、会話ができるかもしれません。短いよび方ができると助かります。

 トキトは昨日あったできごとを思い出します。

「あのとき俺の頭の上に外装板がボコンと開いたのは、やっぱり俺たちへのメッセージだったのかも……」

 ウインもその考えに同意でした。

「きっと、そうだよ。気づかなくてごめんね、ドン」

 カヒが気がくらしく、トキトのうでを外に向かって引っ張ろうとします。

「トキト、助けてやれるんでしょ、行こうよ」

 カヒは弱っている小さな生き物を放っておけない性格でした。今回は生き物かどうかも疑わしいのですが、カヒにはきっと同じように感じられているのに違いありません。

 カヒに引っ張られてトキトはほんの少し苦笑くしょう気味ぎみの顔をしていました。大きすぎるドンキー・タンディリーに、トキトがしてやれることがあるのでしょうか。

 仲間たちは、水辺に移動します。

 上半身を岸に乗り上げて倒れているドンキー・タンディリーは、見た目の変化はありません。

 五人にはドンキー・タンディリーの言葉は聞こえてきません。

 ドンキー・タンディリーの動きもありません。傍目はためには今まで同じに、壊れた機械が横たわり、板が外れかけているように見えるのでした。

 どうやら助けを求めているけれど、音声は出せないようです。ほんとうにかすかな心の声のようでした。ハートタマのすぐれた感応の力でやっと拾うことができるくらいに弱々しい声なのでしょう。

 そう思いつつ見てみると、なんだか巨大な機械の見え方が違ってきます。片腕を伸ばして倒れている姿勢も、助けのメッセージを帯びているように思えてくるのでした。

「まるで水没した鉄筋てっきんビルみたい……このままだと、つらいだろうね」

 とウインがつぶやきます。ハートタマを見やると、「こっちみてえだぜ」と空中に浮かんでみんなを先導せんどうしていきます。

 五人はロボットの胸部きょうぶ近くにきました。外装板がぱっかりと開いているあたりです。

 ハートタマがその開いた板を示して、

「ここだぜ。胸から、石やら有機物やらなにやらを『食べる』だってさ」

 と説明しました。カヒがいます。

「ねえ、わたしもドンの声を聞きたいよ。ハートタマ、こっちに声を伝えることはできないの?」

 ハートタマはやってみると言い、うなり始めました。

「伝えるぜ、フレンズ……」

 すると、ハートタマとはまた違う声が頭の中に届き始めました。

 小さな男の子の声、というイメージが子どもたち五人の心に浮かびます。

「……助けて、お兄ちゃん、お姉ちゃんたち……」

 これがドンキー・タンディリーの声なのでしょうか。思ったよりずっと機械っぽくない声です。

 ウインは、心の中で思いました。

 ――ドンキー・タンディリーだ。私の心の中にいたロボットの声に聞こえる。

 そう聞こえるのは、ウインのほうで、自分の心のロボットの声だと受け取ってしまうせいかもしれません。

 聞こえた、聞こえた、助けよう、と子どもたちは口々に言いいます。板の開いたところに石なんかを入れてやることは、できそうです。ウインも、その喜びの輪に入って笑顔をわかちあいました。

 子どもたちはあたりからドンの「食べる」ためのものを探すことにします。

有機物ゆうきぶつってことは、植物でもいいかな? 植物は、太陽をあびて、光合成こうごうせいによって有機物であるデンプンを作るわけだから」

 とアスミチが言うと、ハートタマが、

「いいみたいだぜ。植物もほしいってさ」

 と答え、さらに

「石とか岩とかも、中にある鉱物が体の材料になる、つってるぜ」

 とのことでした。カヒがひとつたずねます。

「石も食べるくらいだから、人間のようにきれいに洗ったり熱を加えたりしなくていいのかな」

「ああ、いいみたいだぜ。落ちてるもんをそのまま入れてくれ、つってる」

「おう、任せとけよ。昨日は俺たちを助けてくれたんだからな」

 と言うトキトに、パルミが

「そーじゃんそーじゃん。落ちてる木の枝に葉っぱに、石でいいのん? お安い御用ってやつよ」

 と調子を合わせました。

「そうだよ。ドンキー・タンディリー、ぼくたちは君の味方だよ。昨日はほんと、助かったよ」

 アスミチの声に、

「……さいしょに……落ちてきた、お兄ちゃん……だね……よかった、元気で「……」

 と声が返ってきました。

 カヒがきゃっと両足でねて、アスミチの両手をつかみます。

「すごい、ドンキー・タンディリーがアスミチを覚えてたよ! わたしたち、君を助けるからね、昨日は助けてくれてほんとうにありがとう!」

「ボクこそ、あ……りがとー……」

 そこでハートタマが

「なあなあ、アスミチ、カヒ、話はちょっとだけでも食わせてやってからにしねえか?」

 と言い、みんな「もっともだ」と動き始めるのでした。

 みんな、昨日のドンキー・タンディリーのパンチを忘れていません。空から落ちてきたとき激突しそうな岩をパンチでくだいいて助けてくれたのです。せめて元気になるのに協力したいと心の底から願っています。

 五人の中では力のあるトキトが石や岩を運ぶ担当をすると言ってくれました。同じ男子のアスミチも協力するそうです。

 五人で力をあわせて、石や岩を運ぶことになりました。布や棒を使えば効率よく運べそうです。学校で習った「てこの原理」で、重い石だって持ち上げられます。あとは昨日の水運びと同じように、やれそうでした。

 パルミとカヒは力のいらない作業をすることになりました。草や枝を、近くから集める仕事です。

 ドンのそばで、ハートタマは通訳つうやくをします。距離が近いほうが小さな声を聞き取りやすいのだそうです。

 ウインも、ハートタマとともにドンのそばに残ることになりました。

 ほかの四人が運んできたものを、外装板の内側に入れる人が必要でした。それには、背が高いほうがよかったのです。

 作業に入る前に、小さなハプニングがありました。

 ドンの外装板をチェックしていたトキトが、珍しく悲鳴ひめいをもらしたのです。

「ぎゃっ」

 短いさけび声でしたが、いちばん力も度胸どきょうもあるトキトの声に、みんなおどろきます。ちょっとしたハプニングでした。

 いつの間にかドンの外装版のすき間に小さなヘビが入りこんでいたのです。指をかけたトキトが、それにさわりそうになったのでした。びっくりしてうしろに大きくジャンプしたトキトです。

「うしろ幅跳はばとび、小学生の部、庵小柄あんこづかトキトくん、四メートル四十五センチメートル、優勝でーす」

 トキトの足元で大声を出したのはパルミです。手を高く上げて測定そくていするような仕草しぐさをしています。

 うしろ幅跳はばとびなんていう競技はもちろん小学校にありません。完全に冗談でした。

「パルミ、いつの間に?」

 おどろくトキトに、アスミチも

「ほんとにそんなに跳んだの? 後ろ向きで?」

 違うポイントにびっくりしていました。

「テケトー言ったに決まってんじゃん。アスっち、じゃくも持ってないんよ、あたしら」

「そ、それもそっか。でも、見たところほんとにすごく跳んだように見えたからさ」

 ハプニングをおもしろがっているパルミと、心配するポイントがずれているアスミチです。二人をよそに、カヒがトキトを心配します。

「危ない目にあわなかった? また何か落ちてきそうだったの? トキト」

 カヒの気遣きづかいにトキトは、

「ああ、違う違う。ヘビにおどろいただけだ。あんがとな、カヒ」

 全員がドンの外装がいそう板の隙間すきまを見上げました。

 ちょうど、トキトの触りそうになったヘビが顔をだしたところでした。子どもたちのひじまでもないくらいの、小さなヘビです。ヘビの色はきれいなクリーム色でした。

「ヘビから逃げるなんて、意外な弱点はっけーん」

 パルミがからかいの追いちをかけますが、トキトはヘビが苦手ということはありません。むしろ以前には山で素手すででヘビを捕まえたことさえあります。

 ウインが、パルミのおふざけに手のひらをせてせいするジェスチャーをします。

「パルミ、それくらいにしておいて。手を出さないのが正解だよ。ヘビは毒のある種類もあるから」

「あ、それもそっか。トキトっち、正解ー」

 子どもたちの騒ぎをよそにヘビはしげみの中に逃げていきました。

 地球でもありふれたサイズの、おそらく子どものヘビでした。

 トキト以外の子どもたちは野生のヘビを見たことがある者は少なく、大きいと感じたかもしれません。

「ヘビは鶏肉とりにくに近い味って聞いたけど……」

 とアスミチが言うと、

「ヘビとかカエルが鶏肉っぽいのは、ほんとだぜ。びっくりして逃しちゃったけど、次に見かけたら捕まえてみようか」

 とトキトが返します。怖かったのではないというのは本当のようでした。

 からかったパルミも、じつは少しもトキトがヘビを恐れたとは思っていなかったようです。

 そんな一幕ひとまくがありましたが、ドンに石や植物を食べさせる作業が始まります。


 ついに、巨大なドンキー・タンディリーが復活する小さな一歩が、み出されたのです。

 この小さな一歩が、世界を激変げきへんさせ、近世界の人類全体の運命を変えるうねりにつながっていくことを、まだ五人は知りません。

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