第15話 「もう一人の自分」とは出会わない

 月は、もう雲の中に身をひそめてしまいました。

 子どもたちは考えています。自分たちがどこにいるのか、ということを。

 カヒの声が野営地にそっと小さく空気をふるわせます。

「あの、念のためにウインとアスミチに聞くけど。ここって、日本じゃない外国……ということじゃないんだよね?」

 不安を隠せずにいるようでした。

 アスミチはいつものように理屈っぽく受け止め、答えます。

「外国ではないよ、カヒ。証拠がある。エルフがいて魔法があって巨大ロボット兵器がある。そんな場所はぼくらの地球のどこにも、ない」

 カヒは表情を固くして、

「そう……だよね」

 と小さく言いました。

 ただ、カヒもわかっていて言ったのでした。全員が気づいていたことでした。

 ウインは首を横に振り、もう一度、自分の考えを現実へと引き戻しました。

「アスミチの言う通り、魔法があることは説明がつかないよね。だから、ここが異世界なのは間違いないでしょう」

 と、アスミチの言葉のうち魔法だけを取り出しました。

「で、私たちのと同じ月があるから、もうひとつの地球の可能性が高い。私たちの地球に近似きんじしているけど、別の世界」

 アスミチとウインとでべつの可能性も話し合います。

「ねえ、ウイン。ここが同じ地球の未来とか過去とかの可能性も、あんまり考えられないよね? ほら、タイムスリップっていうやつの可能性……」

「ないよね。未来の地球だったら、月の説明はつく。けど、エルフと魔法というのは、ちょっと無理がある。同じ地球とは言えないよ」

「うん、タイムスリップじゃない。納得するよ」

 二人の会話を聞いたパルミが、ここで、ほっとしたように息を吐きました。

「そっかー。もうひとつの地球かー。でも安心した」

 と、彼女ははるか遠くの月に顔を向けたまま、つぶやきました。

 カヒが小さく

「え?」

 と疑問を投げかけました。

「べつの地球じゃ、おうちに帰れないのに……?」

 その気持はもっともで、ウインがいちばん警戒していることでした。仲間の心に大きくダメージを与える事実を言って、絶望したり、すべてを投げ出したい気持ちになってしまったら……と、心配していたのです。「安心」とは、意外な言葉です。

 パルミは、カヒに口角を上げてにっこりしながら答えました。

 ほかの四人が考えつかなかったことを、指摘したのでした。

「何万光年も向こうの世界とかさ、まったく別の世界ならともかく、もうひとつの地球だったら……」

 にかっと歯を見せる笑顔で言いました。

「生きていけそう」

 ――生きていく。

 その言葉が、どこか現実感のなかった会話の雰囲気をちょっぴり引きしめました。

 そして、パルミが感じている希望を、四人も共有しました。

 地球だったら、生きていける。そう言われると、そうだと思えるのでした。自分たちは幸運だったと考えることもできそうでした。

「たしかにな。パルミ、いいこと言うぜ。地球だったら俺たちが生きていける。海王星とかじゃないんだからな」

「海王星は遠すぎるよ。せめてお隣の火星くらいにしとこうよ、トキト。ヒトが将来住めるとしたら、火星これ一択いったくだよ」

「まあず、火星から考えてってか?」

「トキト、なんかダジャレの質が落ちてない?」

「マジか。だったらアスミチもダジャレに協力してくれ、つまり知恵

「ぶっ。つまらない!」

「笑ったじゃーん」

 男子二人もじゃれ合う会話を交わします。ウインが乗っかります。

「火星をばかにすんな、男子たち。火星にすでに文明があるかもしれないっていう話は、古典SFのころから語られてきた設定なんだぞー」

 ウインも、ここはパルミのナイスな前向きの気持ちに便乗びんじょうさせてもらおうと思ったのです。

 ――あはは。みんなが気落ちすることを心配していると自分で思っていたけど、違ってた。

 ――ほんとは、誰よりも自分ががっかりするのが怖かったんだ、私は。

 頭の片隅かたすみでそんなことを思うウインでした。

 さらにパルミが独特の発想を口に出します。

「ね、ね。もうひとつの地球なら、ここに、もう一人のあたしが住んでいたりして?」

 パルミは目を細めて笑いました。「にししっ」と。これもおもしろい考えでした。

 カヒもその考えに空想を刺激しげきされたようで、

「それおもしろい」

 と明るく言って「もしわたしがもう一人いたら……」と空想の翼を広げ始めます。

 まもなくカヒはなにかのイメージをつかんだようで、

「魔法が使えるわたし。魔法少女。変身!」

 と言ってまわりの子を笑わせます。すると、アスミチが

「ぼくは魔法の書物を集める大魔法使い」

 と続きます。どうやら「もう一人の自分」を「なってみたい自分」ととらえて空想を楽しみはじめてるようです。

 パルミもそれなら荒唐無稽こうとうむけいな空想でもいいんだと思ったようです。

「魔法がかかった金銀キラッキラのアクセとか、魔法で動く人形を集めていつでもハロウィン・パーティできるとか」

 と続きました。もしかしたらおもちゃが不思議な力で動き出す歌や映画なんかから連想したのかもしれません。

 トキトは「うーん」と考えて、

「巨大ロボットで無敵になる。あと、マシラツラより強いバトル能力とか」

 と言いました。マシラツラというのはベルサームにいたすぐれた体術を持つ男です。音もなく歩き、城壁を何十メートルも垂直すいちょくけあがることができるほどの動きを見せてトキトをおどろかせました。

「トキトっち、マジでマシラツラに対抗心を持ってんの?」

 とパルミがおどろきの声を上げました。トキトは

「もう一人の自分がそれくらい強かったら、おもしろいだろー」

 と笑います。たしかに空想ならどれだけ強い自分でもいいのでした。ウインは

「そうだなあ。私はもうイマジナリーフレンドのドンキー・タンディリーと出会ったからなあ。もう一人の自分がいたとしたら、ここでドンキー・タンディリーといっしょに楽しく暮らしていたかも」

 とひかえめな空想を言いました。カヒがそんなウインに

「ウインの心の友だちのドンキー・タンディリーも、あんなに大きかったの?」

 と聞いてきました。

「心の中だからサイズはべつになかったけど、しいて言うなら、人間大から、数十メートルまで、自由自在じゆうじざい千変万化せんぺんばんかってとこかなー」

 と笑って言うウインでした。トキトが

「数十メートルは、でかいな! ゲームだとボスキャラのレベル」

 と言い、パルミが

「ウインちゃんが敵ボスぅ? 巨大ロボの中身はポニーテール美少女だった!」

 と茶化すと、アスミチもカヒもパルミの想像に続くようです。

「意外に、ありそう……」

「アニメなんかでもほんとにいそうだよね。ウインがもう一人いたら巨大ロボに乗った敵になっちゃうかも」

 と冗談がふくらんできました。

 と、こんな他愛たあいもない空想を、このあとも話しながら、彼らは野営地の今日最後の作業を開始します。

 寝床ねどこの準備です。

 もう一度、床面の砂とほこりをはらいます。

 上着と枯れ葉を布団ふとんに、カバンを枕に、と手作りのとこを作ります。

 異世界に渡ってきたとき失ってしまった荷物は多いのですが、なんとか人数分、不格好ながら寝床が作れました。

「人形使いでもなんでもいいけどさ、もう一人のパルミがいたとしたら、やっぱり美人だろうなあー」

 ウインがそんなことを言いました。まださっきの会話がちょっぴり続いています。

「ほめてくれるのはうれしいけど、たぶんハロウィンっぽいお化粧けしょうしてると思うよん。パルミかどうかわかんないくらい濃ゆーいやつ」

 夢の話と聞いてカヒも混じってきました。

「わたし、夢の中でなら、別のわたしになって冒険したことあるよ。軍隊が村にやってきて逃げた」

 男子二人も夢の話に興味を引かれたようです。

「カヒみたいに夢の中でいろいろできたらよかったなあ。ぼくはテレビのアルティメット人間の世界を冒険したいよ」

「眠っているときの夢の世界が本物で、起きているこっちが夢だった、みたいな話を聞いたことがある気がするぜ」

 五人は楽しい空想のうちに眠気の強まりを覚え始めています。

 今このひととき、パルミの「もう一人の自分」という空想が、話題を広げてゆきました。

 「もう一人の自分」に出会うというというの、あくまで空想の産物です。ついに冒険の最後にいたるまで、そんなおどろくべきハプニングは彼ら五人に起こらないのでしたけれども。

 しかし、自由な想像を楽しむ時間を持つことができました。

 それに、この世界が自分たちの生きていける場所だと思えることは、なんだかお腹の底がどっしりと落ち着いたような気持ちになれることでした。

 かまどの火を小さくして、就寝しゅうしんします。

 子どもたちは思いついて、もう一度スマートフォンの電源を押してみました。

 通信はできるはずがないとわかっているのです。けれど、習慣になっていて、電源ボタンを押さずには落ち着かないのです。

 しかし、思った通りです。

 スマートフォンはこわれてしまっていました。

 画面に電子の明かりがともることはありませんでした。画面をタップしても、なんの反応も示しません。

 トキトとウインが外側へと体を横たえることになりました。年少のカヒ、アスミチ、パルミの三人は奥に寝床をとります。

 野営地は五人で使うにはちょっとせまいのですが、おかげで体をくっつけるようにして寝るしかなく、なんとなく家族の団欒だんらんに似た温かい雰囲気です。

 トキトが自分が眠るときの頭のわきに金属棒を据えます。今日これを拾って以来すっかりお気に入りとなりました。

 旅行に来たのだとしたら、こんなふうに寝るのはとても楽しかったことでしょう。

「人間ウエハースみたいじゃん」

 とパルミが元気よく言いました。

 ウインが笑いながら話を拾います。

「お菓子のウェハースね、たしかにそうだね。内側の層がアスミチとカヒとパルミ、外側の層がトキトと私だね」

 トキトが、

「日本人ならここは川の字って言うんじゃねえの?」

 と故郷の表現を会話に加えました。

「家族で寝るときによく言うよね、川の字」

 アスミチが指で空中に「川」の三本の線を書きながら言うと、カヒが楽しい空想のつづきみたいに言うのです。

「わたしたちも、今は家族みたいなものじゃない?」

 と。

 いちばん年下のカヒやアスミチが家族と感じていることに、年上の三人も胸がほかほかと温かまる気がしました。

 五人は今までの通学班の関係から、変わってきています。もっと強くおたがいが結ばれていく感触があるのでした。

 「家族」

 そんな気も、たしかにするとほかの四人も思いました。


 翌朝、新たに二人の仲間が増える前の、五人だけの心細い夜でした。

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