第34話 バノの裏切り

 カヒが悲鳴のようなさけびをあげます。

「トキト、乱暴なことしないで! バノは、仲間だよ!」

 カヒの視線はトキトに向いていました。

 トキトは、カヒの言葉で身を固くしました。彼はいつのまにか立ち上がり、扉を自分の身体でふさいでいます。金属棒きんぞくぼうに手をかけた姿勢です。

「カヒ、お前がやさしいのは俺も知っている。でも最初の最初に聞かなきゃなんねえ」

 身動きせず、みんなと、その中心にいるバノに厳しい目を向けています。

「バノ、俺たちのことを知っているのは、何人くらいいるんだ? ベルサームも俺たちがここにいることをすでに知っているのか?」

 続いて、ウインがカヒに謝ります。そのうえでトキトの態度をかばうのです。

「ごめんね、カヒ。私も、トキトがそれを聞いてくれてほっとしてる。そこは、最初に私もバノちゃんに聞きたいことだよ」

「う、うん」

 カヒも、トキトを止めようと立ち上がりかけていた自分の体を、戻しました。

 バノは強いトキトの視線から目をそらさずに答えます。仲間たちには二人が視線同士で火花を散らしているかのように思えています。それくらい、バノの瞳もまた射抜くような力を放っていたのです。

「手短に言おう」

 バノの体は、手も足もふくめて、もとの位置からまったく動いてません。

 ウインは思います。

 ――バノちゃん、動こうとしない。たぶんトキトに伝えているんだ。戦うつもりはないって。

 ――だのに、あんなに強い目でトキトを見てる。ふたりとも、命がけっていう感じだよ。ううん、ほんとうに命がけで、今、話しているんだよね。

「私は密偵みっていから直接、メッセージを受け取って、この胸ひとつに秘密をとどめたまま、ここに来た。私も密偵も、君たちのことを他人にらすことはない。そして密偵は君たちがここにいることまでは知らない。私はべつの情報源から、君たちの出現場所をここに当たりをつけて、自分の身の安全と、運命をかけて、ここにやってきた。したがって、ベルサームに知られた心配もない」

 かまどの火よりも強く燃えるような強い意思が、ひとみに宿っていました。

 ごまかしや嘘でこれほどの強い意思を込めることができるとは思えない。ウインたちは直感でそう感じていました。話している内容も、あいまいな部分がありましたが、それを取り繕わないところが、バノの正直さのように思えています。

 きっとトキトの心も、同じ思いだったのでしょう。

 ようやく、トキトの顔が少しゆるみ、全身の筋肉に張りつめていた力も抜けたのでした。その顔をちらっと横目で見たあとパルミが言います。

「バノっち、嘘じゃないとあたしも思うけどさ、証拠とか、あんの?」

 むしろトキトのがわに立った発言です。ただし、パルミの口調からは警戒心をうかがわえません。この質問は、信じるためにする質問なのでした。

 バノはしぶい顔で答えます。

 パルミの質問の意図がバノへの厚意こういから出ていることは理解できていました。しかし、それに答えることがバノにとっても難しいことなのです。

「順番をだいぶ飛ばして、いきなりこんな話になっちゃったからね。誰も知らないという証明は、とても難しいんだよ。……その代わり、私の命取りになる情報を君たちに伝えよう。ほんとうに命をかけてここにたどり着いたということを信じてもらうために」

 バノは、ゆっくりとベルトから大切な紫色の本を外して、自分から離れた位置に置きました。

「この本は紫革紙面しかくしめんと名付けた、高度な魔法の道具だ。戦いの道具にもなるから、私の身から離しておく。証明はできないが、私自身以外の人間の自由にできる範囲にこれを放置したことは、近世界で生きた二年間、一度もない。君たちには、命をかけて私の身の証明をしたい。その表れだ。べつにこの紫革紙面しかくしめんについては信じてくれなくてかまわない」

 誰も返事をしません。バノは続けます。

「私は二年間を王子として過ごしたラダパスホルンを今、はっきりと裏切る。これで逃げ道をち、もし捕まれば命の保証のないことを理解してもらう」

 ひとつひとつのことを子どもたちがしっかりと受け止めたか、表情を見ながら、バノは少しずつ言葉を継ぎます。

「密偵の情報によれば、我がラダパスホルン……いや、もう我が国ではないので、かの国ラダパスホルンが、ベルサームをリュストゴーレム部隊で襲撃しゅうげきしたおり、君たちもその場にあわせたんだったな」

 ウインは背筋をぶるっと震わせました。怖かったからです。

「そうだよ……バノちゃん、本当に知ってるんだ……」

「私にとって君たちの信用を失う可能性を高めることだが、あの襲撃作戦は、私の立案りつあんだ」

「うげっ」

 とパルミ。

 おそらくウインとパルミだけではなく、全員が同じショックを受けていたことでしょう。

「魔法の話を先にしておいて助かった。そこからつなげていこう。ベルサームにはかなり強力な魔法使いがいる」

 トキトが今にも歯をむき出しそうな、ウインでも見たことがないような凶暴きょうぼうな表情で言います。

「知ってるぜ。エトバリルというエルフだ」

 バノと出会ったときより何倍も強い警戒と威嚇いかくの姿勢を隠そうともしていません。

「……やはりエトバリルはエルフか。トキト、ありがとう。そこは確信がなかったところだったのがはっきりわかった。魔法使いは、戦争に加担することも、他者を魔法で傷つけることも禁じられているという話をしたばかりだったな」

「あ、そうだね、そこからつながっていくんだ」

 とアスミチ。同じ男子ながら、トキトとは違って、落ち着いた声です。おそらくアスミチの好奇心が、警戒心や不安よりもまさってしまっているのでしょう。

「ベルサームは、明白な違反をおかした。魔法使いとして認定されたエトバリルを軍事ぐんじ顧問こもんの座につけたのだ」

「それがやばいってことは、俺たちにもわかるぜ。エトバリルは、メイク魔法をばんばん使えるんだろ。生き物の命をかんたんに奪うような魔法を……」

 そう言うトキトのほうにバノは顔を向けて、

「そうだ。やってはならない違反を、それと知ったうえで、ベルサームはみこんだのだ。だが、ベルサームが悪だなどと言うつもりはない」

「ど、どういうこと?」

 今度はウインが言ったのでバノはまたウインのほうに顔を向けて、

「そうせざるをえないと考えるようになった原因は、ラダパスホルンにあるからだ。もっと言えば、私に起因している」

 ウインは驚きを素直に出して、

「えーっ、バノちゃんが原因? どうしてそうなっちゃうの?」

 バノはウインの理解力に期待して、長い説明をします。

「ラダパスホルンの王子、デンテファーグというのが私の二年間の身分なのだが――これはきばのこ・はのこをもじって作った名だが、ともかくラダパスホルンではそう名乗っていた――ベルサームを襲撃したリュストゴーレムよりも、さらに強力な兵器を、私が、この手でラダパスホルンにさずけた」

 まず先にラダパスホルンが強い武器を手に入れた。そしてバノがそれを手引したということを言っています。

「もともと対立関係にあったベルサームが、ルール違反をしてでも対抗しなくてはならないと追い詰められた気分になったのは、間違いなく、私デンテファーグのせいなんだ」

 流れはほかの五人にもわかりました。ただし、強力な兵器、というところが五人の心に引っかかりました。兵器を作る人は悪い人じゃないんだろうか、という思いがちらっと脳裏のうりをよぎるのです。

「バノが、地球からいろんな知恵をもってきたとか、異世界にない科学でなにかしちゃったとか、なのかな……」

 とアスミチが言います。

 今の話から、地球の技術を持ちこんだという連想をするのは自然なことでした。

 しかしバノは否定します。

「近いが、違うんだ。私は、地球から持ってきた技術ではなく使、魔法使いたちの大戦争よりさらに前にあった、超兵器を復活させた」

 カヒが反復します。

「ちょうへいき……」

 カヒには兵器や戦争のイメージがうまく浮かばないのでしょう。言葉を理解するのに苦労しているようです。

「ルヴ金属という、魔法にも無類の強さをもつ金属で作られた人型の巨大兵士、メルヴァトール。私はラダパスホルンで発掘された無敵のメルヴァトールの十機体を、動かした」

「ひえっ」

 短く悲鳴を挙げたのはパルミでした。

「今から、すべてではないが、メルヴァトール復活の秘密を言う。これをらしたという事実が、私には重大な命の危険につながる。君たちが私の命を奪おうと思うなら、これを漏らしたことをラダパスホルンに伝えればいい……」

 超兵器をイメージするのが難しいカヒも、秘密を言えば裏切りになるというのはよくわかることでした。

 カヒはパルミと同じように、大きなショックを受けて声を漏らします。

「やだ、怖いよ。バノ、無理しないで、わたし、信じる」

 トキトがカヒの目の前に片手をかざして制止しました。

「カヒ、もう今からは引き返せないぜ。俺たちは、秘密を打ち明け合うしかない。たぶん、な」

 命に関わるかもしれないやり取りに、トキトの感覚は鋭敏えいびんです。直感のようなもので、信頼関係を築くためには秘密を言うことが必要だと、わかっているのでしょう。

「トキトの言うとおりだ。もう引き返せない。メルヴァトール復活にはある物体を注入する必要があった。私は地球からそれを所持してこの世界に渡ってきた。その物体は、だ」

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