第32話 イシチョビ
カタ、と音がしました。
子どもたちと、さらにその場にいるハートタマも目を
いくつかの石と石とがくっつき、まとまって動き始めたのです。
中央の大きな
胴体で、さきほどバノが刻んだ『5日エ』がほのかに白く光っています。
かまどの赤い炎と違う、熱を持たない白い明かりが、子どもたちの顔をゆらぎなく均一に照らしました。それはこちらの世界にわたってくる前には毎日当たり前に受け止めていた文明の光――発光ダイオードや
カタカタという音を立てながら、ぎこちない動きで、小さな石の人形は立ち上がり、ぺこっと体を前に折り曲げました。おじぎをしたようでした。
子どもたちが夢中で見つめるなか、人形は今度は折り曲げた腰をまっすぐにして
「コンニチハ……ボク、チビッコノ、ゴーレムダヨ……」
「およよよよよ! しゃべった、ゴーレムがしゃべったよ?」
パルミがおどろく声を出しましたが、その背中をウインがちょんちょんとつつきます。
ウインが示した先で、バノが耳を赤くしてこっちを見ていました。
「ゴーレムはしゃべらないんだ。今の台詞は私がしゃべりました……ごめんね、パルミ」
「ゴメンネ、パルミ」
口を閉じてゴーレムの声を出しましたが、明らかに閉じた口がもごもご動いています。
「バレバレの
「バノは、腹話術ができるんだね」
と言うと、アスミチが冷静に
「いや、カヒ、口が動いているのは腹話術って言わないよ……」
「ソウダヨ、イワナイヨ」
ゴーレムがやれやれ、といったふうに両手を持ち上げるジェスチャーをしました。
「バノちゃん、それ楽しくなってきてない!?」
ウインが笑いながら指摘しました。
「ねえ、あなたのお名前はなんていうの?」
とカヒがゴーレムに話しかけました。
「カヒっち、だからそれバノっちが話しているだけ……ってあたしも、なんかゴーレムに命があるような気がしてきているんだよなぁ」
腹話術ではないと言われてもカヒは気にしないようで、パルミもそんな気がしてきたようでした。
「ナマエ? ナマエハ ナイヨ。ツケテオクレヨ、ボクノ ナマエヲ」
ゴーレムの声が答え、ジェスチャーでふるふると体を横に
「おもしれーじゃん。石のかたまりだから、イシタロウ」
トキトが名付けに一番乗りすると、ウインが
「あはは、トキト、昔話みたいだよ、それ」
と言い、ウインは自分では名前を挙げてみせることはしません。アスミチが二番手になります。
「英語でストーンジャックにしたら?」
すかさずパルミが笑って言います。
「そんな大層なもんでもないでしょ、この石チョビは」
「お、パルミ、イシチョビいいな、イシチョビっていう感じがするぜ」
トキトが言い、ウインとアスミチが続きます。
「そうだね、イシチョビちゃん」
「小さいサイズのゴーレムだからチョビっていう名前にしたの、パルミ?」
「アスっち、あたしもそんな深く考えてないって。自然に出てきた? つか、無自覚だし」
パルミは友人の名前の呼び方もほかの人と違っているし、名付けのセンスがあるのかもしれませんね。
ゴーレムのイシチョビは短い時間、体操のような動きを見せました。やがて、
「コレデ、ボクノ ヤクメモ オワリダヨ……ジャアネ」
小さな体で、ゴーレムはくるりと後ろを向きました。いったいなにをするつもりでしょう。
そのまま石の人形はてくてくと歩き、かまどの中に入っていこうとしています。
かまどにはあかあかと火が
「ちょっと、バノちゃん、そっちはかまどだよ! 危ない」
「タノシカッタヨ……」
声とともに石人形は燃えるかまどにトコトコ歩いて入っていきました。
「イシチョビー!」
「トキト、危ない、やけどするっ」
両腕を火の中に突っ込もうとするトキトをウインが引っぱって止めました。
「ねえ、バノ、方向間違ってない? かまどに入ってっちゃったよイシチョビが」
トキト、ウイン、アスミチがあわてている横で、バノは両手で口をマスクして、
「ナーンチャッテ! イシ ダカラ アツクナイヨー」
と腹話術のマネをしました。かまどからイシチョビが歩いて出てきました。
「石でも熱いよ。石焼きイモ作ったことあるもん」
とカヒが冷静に言っています。
「アツイケド ヘイキ ナンダヨー」
そう言ったところで、ころんと地面に転がりました。糸の切れた
「残念。私の
とバノが腹話術をやめて自分の声で言いました。
「え、あの、死んじゃったのかな、イシチョビ」
とウインが悲しそうな顔をしています。
「もともと生きてはいないんだよ。見えない魔力の糸で動かしただけで。でも念のため、ゴーレムを無に『返す』方法を教えておこう」
「返す? おまじないっぽい……」
とウインの興味もそちらに移ったようです。
「真ん中の文字を消す。命、冷たい土へ」
鉄筆で真ん中の『日』に見える記号を削りました。石の表面の文字は『5 エ』という表記になりました。
気のせいか、石からすうっと温もりが失われたように見えました。
「イシチョビ、さよなら……」
とカヒが石の表面をなでようと手を伸ばします。その手をバノがやさしく押し返しました。
「かまどに入ったから、あとでね、カヒ。やさしい子なんだね」
「私も、もうただの石に見えないよ。バノちゃん、演技上手だった。イシチョビ、かわいかったよ」
「ありがとう、ウイン。腹話術師の才能が自分にあったとは知らなかった」
「いやいやいや、バノっち、口が動いてたから腹話術は才能なさげっすよ?」
「うん、あれじゃ金は
「……パルミとトキト、今のはジョークだから、本気で否定しないでほしい。意味もなく落ちこむじゃないか」
「みんな、それより、魔法の話の続きでしょ。バノ、魔法はどうやって使うのか、その説明のために見せてくれたんでしょ」
とアスミチの催促で、魔法講義の再開となりました。
「私が紙に書いた文字も、石に鉄筆で刻んだ文字も、君たちは読めなかった、意味がわからなかった。これは体験したね?」
「おお、たしかにそうだったぜ」
とトキト。
「なぜだと思う?」
とうながすバノに、今度はパルミが真っ先に答えます。
「バノっちが書いたの、あたしも見たし……あ、そかそか、そっかあー、わかった」
パルミに続いてカヒも、
「バノが書いたのを見ていたのに、読めない。翻訳されていないんだね……っていうことは……ええっと」
と理解しようとしています。
バノが言います。さきほど文字を書きつけた紙を顔の横にかかげ、子どもたちとハートタマに文字をひとつずつ指で示しながら、
「ゆっくり文字を発音してみよう。シーガマ……イプシラ……イオーア……。意味がわかったかい?」
ほかの子どもたちは首を横に振り、わからない、という意思を伝えます。
「次に、早く発音すると意味がわかるはずだ。
みんなの顔が明るく輝きます。トキトが興奮して、言います。
「おもしれー、耳ではどっちも同じ音が聞こえてるのに、早く読んだときだけ意味がわかった。なあなあ、バノ、どうしてなんだ?」
「ぼくに考えさせて? ね、いいでしょ」
トキトが解説をほしがっているところに、アスミチが割りこみをかけました。
「きっとバノがレット魔法を使ったどうかで、ぼくたちが理解できるかどうかが決まるんだ。文字を書いている瞬間には、読んだ人に理解してほしいと思っているけど、ぼくたちが読む時はもう書き終わったあとになるから、レット魔法が効いていない。また、ゆっくり読んだときはたぶんバノは言葉としての意味を考えずに、文字を発音記号みたいにして読んだんだ」
バノがにんまりと唇のはしを持ち上げて満足そうにしています。きっと正解だと言いたいのでしょう。
続いてカヒも、自分なりの理解を言葉にしてあらわそうとします。
「わたしもわかってきた気がする! 外国語、英語でも、エフ、アール、アイ、イー、エヌ、ディーって一文字ずつ読むとわかりにくいけど、フレンドって読むと友だちっていう意味がわかりやすい。ちょっと似てるよね」
ちょうどフレンドという言葉は、ハートタマが使っていたので、連想しやすかったのでした。ほかの仲間たちにもわかりやすい例だったことでしょう。
「たしかに似てるな。で、俺も説明はわかってるぜ。アスミチ、続きよろ」
トキトもしっかりわかっているようで、アスミチが続けます。
「うん。最後に早く読んだときは、バノは、生命、あふれでる、冷たい土っていう意味を頭で理解しながら読んだんだと思う。そうすると……」
トキトが言葉をはさみました。
「レット魔法ってやつの、理解させたい相手に理解させる条件がそろうわけか」
はー、なるほどなーと、ひとりごちています。
「神様が言葉を翻訳してくれているという説明だと、この違いがおかしいだろう?」
バノの落ち着いた声音に、パルミが少し興奮した高い声で応じました。
「さっすが、バノっち。ばっちし理解できたよ。ね、カヒっち、トキトっち」
「うん。しゃべるとき意味を伝えようとして、無意識に魔法になるんだね、この世界は」
「してみるとさ、ベルサームで俺たちがほかの人と会話できたのって……」
ウインが引き取ります。
「そうだよね。きっと、私たちもレット魔法を知らず知らずに使っていたってことだと思う。そうでしょ、バノちゃん」
バノはにっこりと大きな笑顔で、満足そうにほほえみます。
「君たちのチームワークの勝利だ。私が説明しようとしていたことはすべて君たち自身が気づいてくれた。ウインやトキトでさえ私より四歳も年下なのに、ましてパルミがそれより一つ年下、アスミチやカヒは二歳も年下だそうじゃないか。素晴らしい子どもたちだな、君たちは」
と
五人は満足そうにお互いの顔を見合わせます。ハートタマも
「そーゆーことかー、へえー」
と、理解したようでした。
「でもオイラはきっとすぐ忘れちまうだろうけどな」
ピッチュの記憶の仕方はヒトとは違うのかもしれません。食べられる植物なんかは忘れていなかったのですが、文字や魔法の説明は記憶しつづけるのが難しいのでしょう。
そして、バノのこのときの言葉が、今日何度目かわからないおどろきを、またも子どもたちにもたらします。
年齢もすっかり自分たちと同じくらいだと思っていたウインとトキトは、
「四歳……も年上なの、バノちゃん!?」
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