第7話 センパイの野営地

 この世界にはけものとヒトをあわせた生き物がいます。それが「獣人じゅうじん」なのでした。

 地球では狼男おおかみおとことかライカンスロープとか呼ばれるのが獣人です。この異世界においては、彼らはヒトとして生活していたり、獣人だけで集落を作っていたりするとされています。

 この荒野のオアシスでは、グレンフェ・チカニコッコという名前の獣人が岸に足跡あしあとをつけました。わずか数時間前のことです。

 カヒが見つけたのは、彼の足跡なのでした。

 グレンフェ・チカニコッコはすでにオアシスを立ち去って、自分のやとぬしのところへ報告ほうこくにもどっていっています。血にえた凶暴きょうぼうな獣人ではなく、知性があり、他の人間とうまくやっていくタイプの獣人です。子どもたちはこのことを前もって知ることはできません。

 ついさっき、甲冑ゴーレムの落下の轟音が鳴り響きました。これを聞いて、彼は、一度は離れたオアシスにふたたび向かってきているところです。

 獣人チカニコッコと、五人の子どもたちが戦いという危険きけんな出会いをするまで、まだもう少し時間があります。


 五人が合流し、ウインは提案ていあんをします。

「話がそれちゃったけど、今からみんなでシェルターの場所探しをしない?  水は、水筒すいとうの残りの水があるし、近くに湖の底の砂から水がき出ているところがあったよ」

 足跡にあれこれ考えをめぐらしていたとき、湧水ゆうすいを見つけていたのでした。地下から出た水のほうが比較的安全です。

 ウインは立ち上がりました。なるべく足の感覚のにぶいのを気取られにくいように気をつけました。

 ――まだ少しは歩けるし。歩かなくちゃいけないし。

 見回りから帰ったトキトが明るい声で言いました。いい報告があるのです。

「シェルターならさ、おあつらえむきの場所があるかもしれない」

 この言葉に、湖に残っていた三人の顔がぱっと明るくなりました。

 四年生のカヒが喜んで、

「わ、わわ、すごいね。シェルターが作れたら安心だよね」

 そう言うと、パルミとウインも「だね」「やった」と同調どうちょうしました。

 トキトは指をくいくいっと動かして自分たちが見てきた方を示します。

「一度みんなで見ておきたいんだ。もしかすると、むかし、そこに人間がいたかもしれない」

「キャンプみたいなあとが少し遠くに見えたんだよ」

 とアスミチもうれしそうに続けました。

「カヒが見つけた謎の足跡の持ち主に気をつけながら、行ってみようぜ」

 トキトの言葉にみんながうなずきました。足跡のことは、気をつけること以外にできることもなさそうでした。

 ちょっと歩くと、いちばん近い赤い岩山のふもとに着きました。岩山とは言っても大きいものではなく、せいぜい学校の校舎こうしゃくらいの高さです。

「もし誰かがいた跡が見つかったら、ウインが教えてくれたシェルターに使えるだろ? そこで野営やえいできれば苦労をはぶける」

 とトキトが説明します。野営という言葉をひろってアスミチが、

「軍隊じゃないから、野営っていうのは大げさだけどね。どっちかっていうと野宿のじゅく?」

 と言いましたが、トキトが

「野営でもいいんじゃね? 俺たちは五人チームで敵のいる土地に潜入せんにゅうしたみたいなもんだし」

 自分たちをそのように見立てるトキトでした。

 パルミが小声で、「ウインちゃん、もしかして足がつらくなったの? 背中をパルミが押そうか?」と言ってくれました。ウインは「まだ大丈夫、ありがと、パルミ」と答えました。そのあとパルミがウインの背中にふれるかふれないかくらいに手のひらを当ててくれたのを、ウインはとてもうれしく思ったのでした。

  午後のかたむきかけた光が地表をこするように広がり、岩山を照らしつけています。シェルターになるかもしれない場所を見てみるしかないと五人は判断してそこに向かいます。

 岩をみしめると、足音がカリッと高くなりました。

 ウインの声に不安の色が混じります。

「もし、今から見に行く場所がシェルター向きじゃなかったらどうする?」

 トキトは考えがあったようですぐに答えます。

「考えたんだけどさ、俺たちの乗ってきた甲冑かっちゅうゴーレムが落ちたところまで見にいくのがいいと思う。水場から遠くなるけど」

 ウインはトキトの発想にうなずきます。ウインと同じ六年生のトキトがちゃんと考えていてくれたことがうれしくもありました。

「なるほど。大きなものが落ちたから、地面がえぐれてシェルター向きの場所になってるのかもね」

 ウインが肯定こうていすると、アスミチがさらに言葉をぎます。

「シェルターにするかどうかに関わらず、一度見に行っておきたいよね」

 そう言ってから、

「見つからないようにかくす必要があるかもしれないし」

 そのアスミチの言葉に、全員が同意しました。

 ――トキトも、アスミチも、五人みんなで生きのびることを真剣に考えてくれてるんだ。

 ウインの心にかよった温かいものは、きっとほかの子の胸もあたためたことでしょう。

  五人が異世界にわたってきてから、とんでもなく不運なことも、同じくらい幸運なこともありました。空から落ちるはめになったこと、巨大なポンコツロボ、ドンキー・タンディリーが助けてくれたこと、不運と幸運とはたがいちがいに組み合わされたように続いています。この小さな岩山には、どちらが待っているのでしょうか。

 野営のためのよい場所が、岩山のくぼみにありました。

 明らかに人の手が入っている、古い小さなかくです。木の枝を集めた壁と、出入り口になるとびらが作られています。その奥には岩壁が大きくえぐれていて、ちょっとした部屋ができていました。

 それらいずれもが、ほこりをかぶり、古びています。何年ものあいだ、ここを使ったものがいないのは明らかです。

 風や雨をしのぐにはこれほどいい場所はないように見えました。きっとこの場所を選んだ昔のだれかも同じように考えたのでしょう。ここを寝泊まりする場所に作り変えたのです。

 その景色に五人は目を輝かせました。ウインが足の不調を忘れて言います。

「すごいじゃない、トキト、この場所って……」

  トキトは扉を開けて中を確認しながら、

「うん、前に誰かが使っていたっぽいな」

 と確信した口調で言いました。

 アスミチも喜びの声を続けます。

「それにさ、昔の誰かが、ここで生きていられたってことだよ!」

 パルミとカヒがその言葉に反応しました。

「そーじゃん、このオアシスで暮らせるってことじゃん」

「やったね、みんな。わたしたち、助かるんだね」

 シェルターが見つかったのでした。幸運がひとつ、積み重なりました。

 湖のき水からそれほど遠くないのもいい点です。ここまで歩くときも、じゃまな林を突っきるのではなく、茂みぞいに大きめの石がごろごろとしているところが通れます。つまり道があります。便利さと安全とを備えているよい場所です。

 危険な生き物がいないかうかがってから、中に入ります。

 五人が寝る場所にしても十分に広い平らな場所になっています。

 木の枝を組み合わせたすき間だらけの扉から、陽の光がななめに入ってきています。太陽によって岩のくぼみがシマウマの背中みたいにまだら模様もようらされていました。

 地面は乾燥かんそうした土で、おそらく自然にたまったものです。

 空気にちょうどいい湿度がありました。

 壁ぎわには大きさのそろったつぼならんでいます。食料を入れるものでしょうか。壺から少し離れたところに石積みのかまどらしきものがあり、灰が中に残されています。

 アスミチはおさえきれない好奇心を示します。

「だいぶ古いけど、道具が残ってるね。もう間違いない。ここは誰かの野営地だったんだ。しかもぼくたちみたいな子どもじゃなくて大人、そして一人で暮らしたんだね」

「たぶん男の人だね。そーゆー感じがするもん」

 とパルミが返します。ほかの子もアスミチやパルミと同じ印象を受けたようです。

「あっちの奥がベッドかな? 少し土が盛り上がってだんになってる」

 カヒがアスミチの視線の先を見て言いました。

「そうなんだろうね。あれがベッドだとすれば、やっぱり一人分だ」

「にゃるほど。なんで土を盛って高くしてんだろうね」

 パルミのその疑問にはウインが答えました。

「たぶん、雨水、湿気、虫なんかをけるためじゃないかな」

「あっ、ここって建物の中じゃないもんね、なるほどねー」

 子どもたちはめいめい、気になるところを見て回ります。

 パルミがふうっと深く息をして、感慨かんがい深そうに言うのでした。

「昔、ここに住んでたセンパイがいたんだねー」

 ウインはおおいに共感をおぼえました。パルミの表現をめます。

「パルミ、その呼び方いいね。野営地を先に使っていた人だから、センパイだね」

 パルミはおそらくわざと変わった言い方をする子です。それがしばしば球技のシーンみたいに、ほかの人の心の真ん中にボールをずばっとほうりこむのです。

 トキトもセンパイという呼び名を使って続けます。

「この土埃つちぼこりのかぶりっぷりだと、今はもう住んでないよな……センパイの野営地、いい感じだな」

 アスミチがみんなの気持ちを代表して言いました。

「ここ、使わせてもらおうよ」

 カヒも「怖い」とは感じないようで、笑顔で言うのです。

「わたしも、ここなら安心できる気がする」

 こうして五人の子どもたちはセンパイの野営地を使わせてもらうことになりました。どこの誰かもわからない、いつまでここを使っていたのかもわかりませんが、いい場所を残してくれました。

 ここがしばらくのシェルター、避難所ひなんじょです。

 まずは、数時間後にやってくる夜をすごす準備に取りかかったのでした。

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