第6話 無人のオアシスに誰かの足あと

 ウインが話題を先に進めます。

「食料も大事だよね。みんなも気になっていると思うけど」

「はーい、ウインちゃん! お菓子も食料に入りますかー?」

 と、ここでパルミがおちゃらけて言いました。学校の先生に質問するみたいなパルミにウインも少しつきあって答えます。

 ――暗い気分でいるより、こんなやりとりがあったほうが気持ちが楽になるってものだよね。

 と考えながら、

「お菓子も食料に入りまーす。パルミ、悪いけどあなたが持っている『きばのこ・はのこ』も、みんなの食べ物にしたいの。いい?」

「あたりきしゃりきのレンリツフトー式!」

 と、パルミはさっそくかばんから出したものをごそごそしはじめます。連立不等式というのは小学校では習いませんが、数学の言葉ですね。

 パルミの巾着きんちゃくにお菓子のパッケージが入っています。お弁当箱べんとうばこも出しました。

 ほかの仲間も持っていた食べ物を取り出していきました。学校で食べるはずだったお弁当は中身までれておらずいたんでもいないようです。

 『きばのこ・はのこ』をはじめとするお菓子は、しばらく保存しておきたい、と話し合いました。一度集めたお菓子を、同じくらいの量になるように分けることになりました。

「こういうのは分散しとくんだ。誰かが荷物を落っことしても問題ないようにさ」

 と言うトキトにアスミチがつけ加えて

「リスク分散ぶんさんって言うんだよね」

 と、いつものうんちくぐせが出ました。

 ここで、トキトがそろそろ見回りをしておくべきだと言い出します。

「なあ。今もう午後だろ? 暗くなるまでは時間がありそうだけどさ、今すぐ周りを見回っておくほうがいいよな。食料になりそうなものが見つかるかもしれない。ま、最初は十分か十五分くらいでざっと見てくるのがいいと思う」

 さっきもトキトがこの場を動かずに周辺しゅうへんをうかがっていました。それに加えて、危険がないかどうか、そもそもこの岸辺きしべ以外はどういう地形になっているのか、知っておく必要がありそうです。もしも食料になりそうなものが見つかれば、さらにいいことでした。

 ウインは無意識に自分の動かない脚をさすっていました。

「うん、トキトの言うとおり。周囲の見回りを先にしておくほうがいいよね。で、悪いけど、見回りはトキトとアスミチにお願いしていい?」

 トキトがアスミチを連れて見回りをすることに決まって、いよいよサバイバルの第一歩がスタートです。

 行動まであまり時間がかからなかったのは、年長であるトキトとウインの経験が生きたからでした。

 トキトが野生児やせいじと言っていいくらい野外でたくさんの経験をしていました。自然の楽しさも知っています。同じくらい、危険きけんも知っているのでした。だからひろった金属棒きんぞくぼうを頼みに、率先そっせんして見回りに向かおうとしています。

 またウインは、物語をたくさん知っていました。無人島でらす物語や、子どもだけで生きていく物語も、本で読んだことがありました。サバイバルの本だって読んでいました。

 サバルバル生活では、いちばん最初が、いちばんたいせつでした。同時に、いちばん危険でもあるのです。

 見回りの前に、食べ物以外の持ち物も、みんなで確認しておくことになりました。

 サバイバルに役立つものがあればよかったのですが、子どもたちのカバンに入っているのは教科書やノート、文房具などで、今すぐに役立つものではなさそうです。

 カヒが、ウインが文房具にしては奇妙きみょうな物体をカバンから出しているのを見て、質問しました。

「ねえウイン、それなに? 小さい黒い棒になわがついてる……?」

「カヒ、いいものに目をつけたねえ。これはあとで役に立つよ。夜になる前には使うから、楽しみにしていてね」

「サバイバルに役立つものなの?」

「そうなの! これサバイバル講習が楽しみで、買っちゃったんだ。でも今は、見回りに役立つものが先だよ」

「うん。あとでね、見せてね」

 五人の子どもたちにとって便利でたいせつな物といえば、スマートフォンでした。 

 電源ボタンを押してたしかめます。しかし、五人の持っていたスマートフォンを始めとする電子機器でんしききは悲しいことに、どれもこわれてしまっていました。

 五人の体を丈夫じょうぶにした異世界いせかい効果こうかがほんとうにあるのだとしても、機械は頑丈がんじょうにならないようです。

「あの勢いで落ちて水没すいぼつしたんだ、無理もねえよな……」

 トキトの声も元気がありません。

 五人はそれぞれ未練みれんがましくスマートフォンを見つめ、くり返し電源を入れようと試みます。けれども、ひび割れ、湖で浸水しんすいしてしまっています。文明の利器りきは二度とよみがえらないに違いないのでした。

 もしもスマートフォンの電源さえ入ればば、通信はできなくとも、中に入っている辞書じしょなどのデータで、役立つ情報が手に入ったかもしれません。

 家族の写真も、見ることができたでしょう。過去のメッセージを読むこともできたはずです。それができたらどんなに心があたたかくなったか。

 今はかなうことのない、むなしい望みです。

 ウインはまだ高い太陽と、自分たちの足元の短い影を見て、思います。

 ――ベルサームを脱出したとき夕方だったのが、今は正午を少し過ぎたくらいの太陽に見える。十数時間も経つのって、おかしい気がする。

 とはいえ、言っても答えがわかるはずもないし、サバイバルに必要なことでもありません。

 ――ゲートなんていうもので別の空間に飛ばされたんだから、そういうこともあるのかもしれない。

 と、自分でひとまず疑問をたな上げにしたのでした。

 時間をこえた移動。

 この世界の秘密の核心かくしんに、ウインの疑問はつながっているのでした。しかし、ウイン本人は気づかないまま、この疑問はのちのちまで思い出すこともなく、忘れてしまいました。

 ともあれ、太陽がいちばん高い位置を過ぎたとはいえ、まだ行動の時間はありそうです。

 二手のグループに分かれます。

 トキトとアスミチが二人で、オアシス周辺の森を見回りです。ベルサームから追いかけてきた兵士がいたりしないかという不安もあがりましたが、ウインの考えによれば「ゲートを使うしかないくらい、この荒野とベルサームは遠いはず。だから今すぐに追いかけてきたりしていないと思う」ということでした。

 ほかの四人にも、考えは正しいように思われました。ただ、ベルサームがいないとしても、ほかの危険があるかもしれません。

 トキトが先ほどひろったおどろくほど軽い金色の角棒をぶんぶんって出発します。アスミチがトキトに続き、二人は樹木のしげみに消えてゆきました。

 残った三人、ウインとパルミとカヒは、サバイバルに使えるものを確認する作業をすることになりました。トキトとアスミチが置いていったカバンもふくめて、上着を毛布もうふに使ったり、ハンカチを包帯ほうたいにしたりすることが必要になってくるかもしれません。食べ物の仕分けもここでやっておくべきでした。

 ここで、カヒが小さな発見をします。

 彼女たち三人がいる岸の砂の上に、なにかのあとがあるのに気づいたのです。 地面をじっと見て、

「ねえ、ウイン、パルミ。ちょっと見てくれない?」

 とカヒは六年生のウインと五年生のパルミを呼ました。自分より年上の二人なら、わかることがあるかもしれません。

 カヒの指差す砂の上を見ますが、二人には最初はなんのことかわかりませんでした。

足跡あしあとに見える」

 とカヒが言うので、ようやくそれらしいものが見えてきます。

 たしかに砂の上に足跡のようなへこみがつけられています。点々とつづいているところを見ると、ほんとうに足跡なのでしょう。靴のあとではありません。

 ヒトとけもののどちらの特徴とくちょうも持っているように見えました。ヒトのものよりも小ぶりです。

「しかもね、ほら見て。歩幅ほはばがすごく広いんだよ」

 カヒが足跡と足跡をつなぐように、ちょんちょんと指差ゆびさしました。

 たしかに、一歩が一メートル以上の幅があります。

「人間でも、走っているときは歩幅が広がるけど……それでも普通はここまで広くならない気がする」

 ウインもだいぶ気になってきました。

「大きな獣の足跡、っていう気がするの。こわいよね」

 カヒはもともとは怖がりなのではないのですが、この異世界いせかいでは何度も本当に怖い目にあっているのです。それで何度も「怖い」と言うはめになっています。

「あたしが、いっちょ足跡にならんで走ってみるよ」

 パルミが足跡の真横でとんとーんとステップをふみ、軽い走りを見せました。

「どうかにゃ?」

 三人で見てみると、やはりパルミより謎の足跡のほうが歩幅がだいぶ大きいようです。十一歳のパルミより足は小さく、歩幅は大きい、ということになります。

「なんの足跡なんだろう……」

 カヒがつぶやき、パルミが

「スーパーあしながおじさんが、裸足はだしレースしたんかな?」

 とジョークを飛ばします。たぶんパルミなりに、変なことを言ってカヒの緊張きんちょうやわらげようとしているのでした。ウインも、パルミの明るさに乗っかることにしました。

「いやいや、逆にさ、パルミがスーパー短足たんそく美少女だっていう可能性は……うん、ない。パルミはあしもすらっと長いタイプの美少女だ」

 カヒががくり返します。

「うん。パルミはすらっと美少女だ」

「やめてー、ウインちゃんもカヒっちも美少女じゃん。ってこれ、め褒め合戦がっせんだった?」

 持ち物整理をして、足跡の話をしているうちに、トキトとアスミチが帰ってきました。

 三人は足跡のことを男子二人にも教えました。トキトの野生体験でも、アスミチの図鑑ずかん知識でも、足跡について思い当たることはないようでした。

 トキトが、

身軽みがるな、ヒトくらいの大きさの獣が走った。湖の岸に沿って、向こうまで……っていうことくらいしか、わかんね」

 と言って、足跡のつづく先を指でしめします。

 そちらを見たアスミチが気づいたことを口にします。

「あっちの、反対岸のほうだね。なんか、向こうは樹木の感じが違って、木がれてる。林がまるで白いほねみたいになっているように見える」

 残っていた三人は、あまり遠くのことを気にしていませんでした。トキトとアスミチに言われて始めて、湖の反対側が木が白骨化はっこつかした一帯いったいになっていることに気づいたのです。

 仲間たちは、足跡のことは「要警戒ようけいかい」ということにしました。


 じつは、この足跡のぬしは、獣人じゅうじんです。

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