第5話 ミロスト大陸・子どもだけのサバイバル


 異世界いせかいで五人でのサバイバルのはじまりです。


 太陽の高さから、今はおそらく正午しょうごくらいに思われました。日が暮れるまで何時間かありそうです。

 五人の仲間は、これからこのオアシスで新たに出会う人や生き物のことを、まだ知りません。命にかかわる大きな危険がせまってきていることも、気づいていません。

 今は、一日いちにち一晩ひとばんを過ごすために知恵ちえをしぼるのが先でした。


 ここは地球ではない世界。そのなかのミロスト大陸の一角いっかくです。

 子どもたちに正午を教えた太陽が、オアシスのあるダッハ荒野を、そして荒野をふくめたミロスト大陸をらしています。

 ダッハ荒野を南東にずっと進んだ先には、大国がひしめくエリアがあります。英雄えいゆうの建てた国ラダパスホルン、商業国家ブリムア、文化国家ソイギニス、軍事国家ベルサームなどです。

 西は山脈をへだてて、海岸ぞいに南北にわたってひしめく国々があります。センドオークス国家群です。ほかにも南西には遊牧民ゆうぼくみんがつくったスルーマ国、北東のはるか遠くには冷たくない氷の土地アウサイスがあり、ドナグビグというドワーフの国があります。

 子どもたちがいるダッハ荒野は、東と西を山脈にはさまれています。東がカシジャ山脈、西はキトセト山脈。荒野は乾燥かんそうしていますが、その地下には水の流れがあります。カシジャ山脈の雨や雪どけの水が流れこみ、深く伏流水ふくりゅうすいとなって流れているのです。川はありません。ただし、伏流水が地表に出てうまれたオアシスがいくつかあります。

 ダッハ荒野に広がるのは砂と石の景色です。あまり平らではなく、ゆるやかな起伏きふくがある広大な乾燥した場所で、野生動物たちの土地です。

 人はあまり住んでいません。ぽつりぽつりと、開拓民かいたくみんの集落がいくつからばっているのと、東と西とを結ぶ移動商人がいるのみです。

 子どもたちがいるオアシスは、荒野の南のあたりに位置しています。

 地下を流れる水脈すいみゃくがこんこんとわき出て、小さな森を作っています。

 森の中にも周囲にも赤っぽい岩が小さな岩山を作っていました。

 大きなけものの気配は、ありません。ときおり遠くから鳥の鳴き声がピイーピイー、ヂッヂッヂッと聞こえます。


 巨大ロボットへの呼びかけを終えると、五人の胸には急にこころもとない気持ちが浮かび上がってきます。

 することがありません。けれど、なにもしないでは、きっとダメなのです。

 あのドンキー・タンディリーともしも会話ができていたなら、いろいろと教えてもらえることもあったかもしれないのですが、今はその期待もできなくなってしまいました。

 アスミチが地面にへたりこみました。

「……それにしてもさ。どうすればいいんだろう、ぼくたち」

 『どうすればいいのか』。全員が思っていたことでした。アスミチが続けます。

「なにも知らない土地。持ち物は通学カバンだけ。なにができるのかな」

 ウインはみんなの気持ちがしぼんできてしまったのを感じ取りました。

 ――しまったなあ。われに返ったら、心細い気持ちになっちゃうよね。

 カヒは、アスミチをはげましたいのでしょう、となりにしゃがんでやさしい声で言いました。

「アスミチ、きっとなんとかなるよ。あんなに高いところから落ちて、助かったんだよ、だから、これからだって……ね?」

  続けてパルミが不安げに言います。

「でも、でもさ、カヒっち。まだ助かったかどうか、わかんないじゃん。ここは地球じゃない異世界だし。あたしたち子どもだけだし。だれも知っている人がいないし」

 ちょっと周囲を見ても、人がいるどころか、人が作った小屋こやだの小舟こぶねだのさえありません。湖に魚の影が見えるばかりです。

 パルミの感じているのは、不安と無力感むりょくかんなのでしょう。

 ウインは、みんなの顔にパルミと同じ気持ちがあるのを感じます。

 ――異世界で生きのびるために、まずは現状確認げんじょうかくにんだよね。

 ウインはトキトの顔を見ました。なにか言ってくれるかと期待して。

 トキトとウインは、五人の中では年長です。かつての通学班ではトキトが班長を、ウインが副班長をしていました。

「どうしたらって言ってもな……どうしたらいいんだ?」

 トキトは言ってから「あれ、俺、おんなじことくり返してる」とかわいた笑いをもらしました。でも、ほかの仲間は笑いませんでした。

 さきほど空から飛び降りたときに見せたトキトの行動力は、今は引っ込んでしまっているようです。

「ウインちゃあん……本で読んだり、そういうなにか、知らない? なんでもいいからさ」

 とパルミがウインに片手かたてを上げておがむ仕草しぐさをしてきました。

 ウインは、パルミの「おがむむ」ポーズに、

 ――パルミはちょっと大人のこういう仕草を知っているなあ。

 と、うっすら思いながら、答えます。本の知識だったらウインの本領発揮ほんりょうはっきです。みんなを元気づけることができるなら、いくらでも話そうと思うウインです。

「うん。小説ではね、一人で無人島で生き残る話もあったよ。家族で無人島に漂着ひょうちゃくする話もね」

 ウインの知識にみんなの期待が集まります。

「ほかにも、子どもたちだけのサバイバルの話も読んだことがあるよ」

 この「子どもたちだけ」という言葉に、仲間の興味きょうみが、ぐっと引き付けられました。そのサバイバルの内容は、参考にできそうに思えたのです。

「飛行機が墜落ついらくして、大人のいない島で暮らす話も。子どもだけで、十人以上で、助けがくるまでたいへんな思いをして生きのびようとするんだよ」

 ますます、自分たちの置かれた状況じょうきょうと重なります。

 疑問を感じたカヒに、けげんそうな顔で

「子どもだけで飛行機に乗っていたの? 墜落ついらくして? 大人は、助けにきてくれたの?」

 そう問われて、ウインはくわしいことは語らずに、

「うん。操縦してくれた大人は墜落ついらくで助からなくてね。で、最後には軍艦ぐんかんに乗った大人が助けに来てくれた。私の読んだ、創作そうさくの話の中ではね」

「お話の中でもいいの。助けにきてもらえて、よかった」

 カヒが笑顔になりました。ウインは少し心が痛みました。ウインは、あえて言わなかった部分があったからです。

「ウイン、カヒ、それからほかの二人もさ。物語の子どもたちは助かってよかったかもしれないけど」

 と、トキトがそこでひとつの指摘してきをします。重要なことでした。

「俺たちは、そこんとこ、事情がちがうよな」

 ――よかった。悲しい、つらいできごとを言う前にトキトがわりこんでくれたよ。

 ウインの心の声は誰にも聞こえません。トキトは続けます。

「忘れてないだろ、俺たちは大人たちから逃げて、ここまで来たってこと……」

 トキトの言いたいことが理解できたウインが言います。

「そうだね。私たちはベルサームという国から新兵器しんへいきぬすんで逃げてきたんだもん」

 そうだったのです。

 ひとつの国が開発した恐ろしい甲冑かっちゅうゴーレムという新兵器を、盗んできたのです。五人がもといた地球でたとえれば、新型の戦車せんしゃを一台まるまる盗んでの逃亡とうぼうということになります。大問題です。

「もし大人に見つかって、ベルサームに私たちのことが知られたら……」

 と続けたウインに、 アスミチがうなずきます。

「たしかに、命の危険きけんすらあることだよね」

 パルミも同意の気持ちを言葉にします。

「そだそだ、大人に見つかるのは、ヤバいってことだよね」

 どうやら、物語と同じように助けてもらうのはむずかしそうです。

「少なくとも大人に見つかりたくないよね。その人がベルサームと関係ないって確認できないうちは、さ」

 とウインが結論を言い、みんながうなずきました。

 物語と違って、大人に発見してもらうことが解決になるとは限らない。そんな事情が、仲間たちにはあること。それを五人がみんな納得なっとくしました。

  ウインは話題を変えようとしました。

 今から話す内容は、仲間にとっても役に立つで、たいせつなことのはずでした。

「みんな、聞いてくれる? トキトと私は、じつはサバイバル講習こうしゅうっていうのをもうんでいたの。連休にボランティアの大人にいろいろと教えてもらえる講習なんだ。サバイバル、つまり人間のいない山とか砂漠さばくとかで生き残るにはどうするか、ということ。それが役に立つかもしれない」

 この新情報に、物語のことはみんなの頭からっ飛んでしまいました。

 サバイバルの知識こそ、今の彼らにいちばん必要なことだと思えたからです。

 ――あれ? 「申し込んでいた」っていうことは、まだサバイバル講習を受けていないっていう意味?

 パルミの頭の中で疑問が浮かび、彼女は素直にそれを言葉にします。

「ウインちゃん、サバイバル講習を受ける前だしょ? サバイバル知識、あるのん?」

 パルミの疑問はもっともでした。

「うん。講習は、残念だけど間に合わなかったね。でもね、サバイバル講習のガイドブックをもらっているの」

 そう言うウインの話に、仲間たちの心がいくぶん軽くなります。ガイドブックだけでも役に立ちそうに思えたからです。

「わたし、ウインとトキトから教わりたい。サバイバルのこと、教えて?」

 とカヒは、頭でサバイバル生活をする自分たちを想像しながら、前向きに言いました。森から食べ物を集めたり、湖の岸で調理したりするようすが思い浮かびます。

「うん。小学生向けのサバイバル講習だから、大事なことだけにしぼってあったよ。ガイドに書いてあった中で覚えていることをを、今から説明しようか?」

 ウインが提案ていあんするとトキトがこんなことを言ってきます。

「さすがウインだなあ。俺も知りたいから、説明してくれ」

「え、なんでトキトまで説明してくれって言ってくるの? トキトも同じガイドブックもらってるでしょう? 読んでないの?」

 ウインの問いかけに、トキトは少しだけためらい、でもはっきりと

「ごめん、読んでない!」

 告白こくはくしました。

 ウインはふうっとため息をついたものの、彼の正直さに、軽く笑うことしかできませんでした。

「そうなんだ。いさぎよすぎてなにも言う気になれないから、いいよ。じゃあ、カヒ、トキト、パルミとアスミチも聞いてね」

 ウインは集まる四人に向かって、覚えているかぎりの重要じゅうようなポイントを説明しはじめました。

 それはこんな内容でした。

 第一に、安全なシェルターを作ること。 

 シェルターとは安全な避難所ひなんじょのことです。家に帰れない以上は、休んだりねむったりするところが必要です。サバイバルの活動かつどう拠点きょてんにもなります。

 トキトとアスミチが「拠点、かっけえ」「秘密基地ひみつきちみたいだよね」と小声でひそひそ言い合いました。

 トキトのおもしろ発言に笑いさえ起こらなかったさっきとの違いにウインはほっとします。

 ――やった。ちょっぴり気持ちにゆとりが出てきたって感じだよ。

 シェルターについてウインはさらに説明を加えます。簡単なつくりでもでいい。たとえば地面に穴をる。ぬのや木のえだで屋根を作る。そんなことでもシェルターになります。

「私たちのばあいは、オアシスの森に岩がいっぱいき出ているのが利用できそうだよね」

 そうウインが言うのを聞き、カヒが思いついて答えます。

「赤っぽい岩、あるよね。小さな岩山も何個もあったよね。雨宿りしたり、できそうな場所、見つかるかもしれないね」

 アスミチとパルミがその言葉にのっかってきます。

「いいね天然のシェルター。秘密基地」

「アスっち、どうしても秘密基地を作りたいんねー。でもパルミもわかるよ。秘密基地。見つからないようにカムフラージュしてさ」

 第二のポイントをウインが説明します。それは、水でした。水ほど大事な物資ぶっしはありません。一人が一日に必要な水は二リットル。しかし、今は幸運にも湖が近くにあります。

「川や湖でくんだ生水なまみずは、できればろしたあと、煮沸しゃふつする。そうやってゴミや微生物びせいぶつを取りのぞくの」

 と、ウインは安全な水の手に入れ方をみんなに教えました。 アスミチが知識で補足ほそくします。

「煮沸っていうのはお湯をわかして、ぐつぐつ沸騰ふっとうさせることだね」

 ウインはうなずきを返します。

 そしてウインは、そのタイミングではっと思いついたことがありました。

「あっ、生水といえば! さっきの水辺みずべ、泳いだときに水を飲んじゃったりしてない? おなかをこわした子、いる?」

 五人はおたがいの顔を見回します。どの子も自分は大丈夫だけどほかの子はどうなんだろう、という顔をしています。

「俺も水にざんぶり飛びこんだときに水が口に入ったけど、なんともねえかな」

 とトキトが言い、ほかの子も同じような表情です。痛みをがまんしているようすもありません。

「いないのね。じゃあここの水はわりと安全かも」

 ウインはほっとした顔をして、説明を続けるためにゆったりひとつ息をきました。

 最後のポイント、食料についてに説明が移ります。見回りをする上でもおぼえておくべきことでした。

 この見回りのときに、危険な獣人の足跡が見つかります。

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