第4話 ぼくたちおかしいよ

 子どもたちが水にき上がったタイミングでした。遠くから、大きな振動しんどうがやってきます。

 まず大地がれました。ついで、かみなりのようなにぶくとどろく音がしました。

 おそらく甲冑かっちゅうゴーレムが遠くに落下したのです。恐ろしい音で、嫌な音でした。

 そちらの方を見ても、湖のまわりの木々にさえぎられて見えません。

 五人の子どもたちに、にわかに恐怖きょうふがよみがえってきました。自分たちは、ちょっと運命が違っていたら、あの音とともに大地に激突げきとつしていたかもしれなかったのです。そうすれば命がなかったことでしょう。

 ――ここまで、乗せてくれてありがとう。甲冑ゴーレム。

 心の中でウインはみじかくおれいの言葉を言いました。

 そして、早く岸辺きしべに上がりたくなりました。

 ウインたち五人の子どもは必死に泳ぎ、きしにたどり着きました。

「はあっ、はあっ、はあああー」

 ウインが大きく息をつきました。水から上がり、服の生地きじを手でしぼります。

「みんな、大丈夫? 岸に五人ともたどり着けたの?」

 と仲間に声をかけます。

「ひゃあ、はああ、はあ、無事だよ、ウインちゃん」

 つぎに泳ぎきり、返事をしたのはパルミです。

「わたしも、はあ、はあ、泳げたから」

 カヒも岸にやってくることができました。

「ふう、はあ、ふう、はあ、ぼくも、大丈夫だよ」

 とアスミチの返事もありました。

「トキトは?」

 ウインがあしをさすりながら言いました。六年生で、スポーツがとくいなトキトが真っ先に泳いで到着とうちゃくしていていいはずなのに。

 不安が胸にせり上がってきそうになったとき、トキトはウインのそばの水の中から、ぶわっと持ち上がってきました。赤みをびたトキトの髪の毛が、水から引き上げた海草を頭からかぶったみたいです。

「ぶはあああ。到着ぅー」

 トキトののんきな声でした。

「なななな、なんでトキト、なんで水にもぐってきたの? ふつうに泳いでこようよ!」

 と思わず問いつめるような言い方をしてしまったウインに、

「これ、ひろってきた」

 と、金色のかくばったぼう笑顔えがおき出して見せてきました。

「さっきのタンドリーチキンみたいな名前のロボから落ちた金属棒きんぞくぼう。おお、太陽の光に当てるとすげー光る」

 パルミがすかさずつっこんで言います。

金属棒きんぞくぼう? はあ? なんで」

「すっげえ軽い。アルミより軽いと思う。なんせ、水でしずまずに、魚みたいにただよってたしな」

 とトキトは棒を刀のようにり回しながら、その軽さや手応てごたえに夢中のようでしたが、すぐにパルミの質問に答えました。

「あ、なんで拾ったかって? 武器だよ、必要だろ。だってどんな危険があるかわからないんだぜ、このオアシス」

 トキトは屈託くったくない笑顔なので、仲間たちもそれ以上はめる気持ちになりませんでした。

 それに、武器が必要というトキトの言葉に、はっと気づかされたのです。

 空から見えた景色は、どこまでも果てなく続くかわいた大地でした。ここはオアシスで水がある場所です。荒野の真ん中よりずっと生きるためにてきしています。だといっても、しかし、安全であるとは限りません。

 トキト以外の四人の中にも、おそれる気持ちが芽生めばえはじめています。

「武器……なんだね。ベルサームでは戦いが起こっていたけど、この荒野の真ん中でも戦うはめになったりするのかな」

 とウインが言うと、

「まあな。戦いなんて起こらないほうがいいよ。俺はほんとはかっこいいから武器をひろっただけだし」

 とトキトが答え、ウインはあきれました。

「トキト……ガキんちょなの? 君も私と同じで六年生になったんでしょ」

 ともあれ、彼らは砂と小石のしきつめられた岸にたどりつき、ひとまず命が助かったのでした。

 さっきまでのはるか上空の冷たい空気とちがって、この湖にただよっているのはやさしい空気であるような気がしました。

 カヒが、こんなふうに言ってきました。

「あのさ、ここで一度、深呼吸しんこきゅうをして気持ちを切りかえない?」

 いい提案ていあんだとほかの四人は思いました。

 少し魚のにおいのようなものがしたのですけれど、あえて気にしないことにして、胸の奥まで空気を何度も入れえました。

 深く呼吸をするうちに、五人の気持ちも落ち着いてきたようです。

 落下のパニックでほっぺたやまぶたのはしについていた涙のあとも、水に流れて消えました。

 五人はあたりを見回します。

 風の音と鳥の声がする以外は物音はありません。

 湖と、樹木じゅもくしげった森もあり、砂利じゃりや小石のまじった砂浜もあります。

 今すぐには、危険はなさそうに思えました。

 気分が落ち着くと、自分たちの体の無事が気になります。

  アスミチは眉間みけんにしわを寄せて、いぶかしみます。

「うそだ……あのいきおいで落下したのに、怪我けがひとつしていないよ、ぼく」

 と不可解ふかかいそうな顔つきで、つぶやきます。

 トキトも言われると不思議に思えてきました。ためしに自分のかたを回し、こしをゆすって、ひざを曲げて屈伸運動くっしんうんどうしてみています。

えだをバッキバキにくだいて落ちたのに、俺もすりきずひとつないぜ。体、固くなった? 体が固いのって、ラジオ体操たいそうをしていないせい?」

 パルミがトキトのゆるいセリフに即座そくざにツッコミを入れます。

「その体が固いと違うっしょ。これだから男子は………」

 彼女の言葉に、カヒがくすくすと楽しそうに言います。

「パルミも元気だね。怪我けがなくてよかった。わたしも、どこも痛くない」

 カヒの心に安心の火が点ったようです。

 アスミチが首をかしげつつ、

「ますますおかしいよ、全員が怪我けがをしていないなんて……」

 奇妙さにぶつぶつとひとり言のように言います。

 トキトがアスミチの疑問にひとつの考えをべました。

異世界効果いせかいこうかじゃね? なんか俺もこわいっていう気持ちがうすれてた気がするんだ。そういうの異世界に来たせいじゃねえかな」

 ついでパルミがあきれた、という調子で

異世界効果いせかいこうかぁ? 思いつきで、いい加減かげんなことを言ってね? これだから……」

 と言いかけたところで、ウインが大きな声を出しました。

 一つの考えが彼女の頭をよぎったのです。

「それ! 異世界効果いせかいこうか、ほんとうにそうかもしれない! 体が頑丈がんじょうになったり、怖い気持ちが薄れたり……不思議な声が聞こえたり」

 そんな仮説かせつが立てられそうに思ったのでした。

「ウインちゃんにあらためて言われてみると、ちょっとずつ変なことあるかも。異世界効果ってあるんかもね」

 とパルミは受け入れたようでしたが、

「……ちゅーても、トキトっちがこわくないってとこは、トキトっちがスペシャルにぶちんだっていう可能性も、あたしはてきれないんだけどさあ」

 冗談じょうだんっぽくパルミらしい一言をつけ加えます。

 トキト本人が、そんな彼女の言葉に同調どうちょうして、

「たしかにそうだよな、俺のは気のせいかも」

 とうなずきました。それを聞いてカヒが彼のジョークに笑いながら、

「トキト本人が認めちゃうんだ」

 と言いました。

 五人のあいだに笑い声がちていきました。

 やっとみんなで笑うことができました。

 ウインは、仲間の笑いに囲まれながら、心の中で地球にいた頃のトキトを思い返してみました。

 運動神経抜群うんどうしんけいばつぐんで、スポーツ万能ばんのう幼馴染おさななじみの小学六年生の男子。柔道じゅうどうだか剣道けんどうだかをおじいちゃんに教わっていたトキトです。だから、ウインよりも度胸どきょうがあったり、いざというときに体が動くのはわかる気がします。

 が、それでも、疑問が残ります。

 かんたんに恐怖の気持ちを忘れるなんてできるでしょうか。

 雲ほどの空から飛びりるという判断を平気でできるほどだったでしょうか。

 勇敢ゆうかんを通りこして無謀むぼうとさえ言えるような決断けつだんでした。これまでのトキトがあっさりそれをできたとは思えないのでした。

 ――トキトの怖い気持ちが起こらないのも、やっぱり、異世界の効果だっていう気がする。

 そう強く確信する気持ちでした。

「私たちが少し奇妙きみょうな体験をしているのは、たしかだと思う。いろんな謎もそのうち解けるといいね」

 とだけ、今は言っておきました。

 子どもたちは、自分たちを助けてくれたロボットのことがどうしたって気になります。そこで五人は、まずロボットを調べてみることにしました。カヒは、会話できることを確信しているようで、

「お話ししてみたい」

 と言いました。

 子どもたちは、おっかなびっくり、ロボットの上半身に近づきます。

 トキトは自分が見た光景をまざまざと思い出します。

「このロボット、だいぶあちこちこわれてポンコツだよな。でも、こいつが俺たちが岩にぶつかりそうなのを助けてくれた。あの左手で岩をぶちってくれたんだ」

「助けてくれた、だから、味方のロボットだよね?」

 とアスミチが小声でトキトに言います。

 カヒは、自分の言った通りの行動をためしてみることにします。

 彼女は一歩前に出て、ロボットに話しかけるように言いました。

「ねえ、ロボットさん、聞こえる? 動けそうなの?」

 静かな沈黙ちんもくだけがつづきます。応答おうとうはありませんでした。

 パルミが冗談じょうだんめかして声を張り上げました。

「おーい、ポンコツロボ、返事できたらしてみろー」

 それを聞いたウインはあわててパルミを止めました。

「わっ、パルミ、なんで悪口言うの?  助けてくれたのに、怒らせたらダメだよ」

 とパルミの前に出て両手をぶんぶんります。

  しかしパルミは悪びれることもなく言い返しました。

「ほら、あれっしょ、タヌキの死んだふりみたいに、グースカ寝ているマネしてるかもだから。ちょっと怒らせたほうが、起きてくるかもよん?」

「ら、乱暴らんぼうだよ」

 ウインはますます慌てふためきます。

 そこでパルミがふと思い出したように言いました。

「つかさー、今思い出したんだけど、ウインちゃんロボの名前を呼んだっしょ、さっき。ロボの名前なんだっけ、ドンダラダンス?」

 また違う名前に変化しています。

 ウインは少し顔を赤らめながら、答えることにしました。質問されるだろうとわかっていました。

「ええと、その、言ったのは………ドンキー・タンディリー、って名前」

 つづけて説明します。

「あのロボットというより、私のイマジナリーフレンドなんだけど……えっと、イマジナリーフレンドっていうのは……うあ、同年代どうねんだいの友だちに説明するの、れくさいなあー」

 ウインは、いくぶんもじもじしながら、イマジナリーフレンドを説明してゆきました。心の中の友だちロボット、という説明で、わかってもらえるか自信はありませんでした。が、ほかの子どもたちが

「ああ、アニメにもいるじゃん、そういうの。未来の世界のトモダチねこロボットとか、ハイ、異次元ポシェットー!って」

「アメリカ映画のマシュマロロボもいいよ。オプションパーツが強そうだしさ、ああいうのいいよねー!」

「わかるぜ、そかそかー、アニメや漫画みたいな感じのキャラをウインが創作そうさくしたってことか?」

 とあっさりわかってくれました。ウインはほっとします。

 カヒがふたたび巨大ロボットに話しかけます。さっきよりも声をり上げました。

「ねえ、ドンキー・タンディリーさん。ロボットさん。返事してよ……あ!」

 カヒはここで「気づいた」という顔でウインに振り向きます。

「そうだ。ウイン、あの巨大ロボを、ドンキー・タンディリーってんでもいい?」

 と聞きました。ウインは

「うん、ドンキー・タンディリーってんだら、助けてくれたんだもん、この名前はあのロボットにプレゼントしたいよ」

 と答えます。さらに続けて、

「ちゃんと、もとの名前とか、型番かたばんがつけられていたら、そっちで呼ばないといけないと思うけど、それまでね」

 と、カヒと、ほかの仲間に伝えました。

 仲間たちのあいだで、ロボットの名前はドンキー・タンディリーということになりました。ちぢめると「ドン」。そのうち、このポンコツロボットはあだ名っぽく「ドンの字」とか「ドン助」とか「ドン次郎」とか、呼ばれることもふえていきます。

 しかし、今、かんじんの巨大ロボットは眠ったか死んだかしたようなまま。そのあとだれが呼びかけてもなんの反応も返ってこないのでした。


 なぞがたくさん残りました。

 ――なぜ巨大ロボットことドンキー・タンディリーは五人の子どもたちを助けたのか。

 ――そしてなぜこわれかけのポンコツ状態で大地に打ちてられていたのか。

 ――そもそもどんな目的で作られた、どんな国の、あるいはどんな組織の所有するロボットなのか。

 ――正式な名前あるいは型番は、何なのか。


 今は、まったくわからないままです。

 それでもドンキー・タンディリーと名づけてみると、親しみがわく気がしてきます。

 すべての謎がけるときがやがてくることを、まだ子どもたちは知りません。

 今はただ、自分たちを助けてくれた存在がいたことが、大切でした。

 冒険ぼうけんの中でひとかけらの希望が、今はドンキー・タンディリーだけです。

 五人はこのポンコツロボにただ話しかけるだけで、少しだけさびしさがまぎれる気がするのでした。

 今はなにもできることはありません。

 とりあえずそのままにして、またあとで呼びかけをしてみたり、調べたりすることになりました。

 今は急いで自分たちの状況確認じょうきょうかくにんをすることにします。

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