第65話 二匹のウサギ
パルミの口調が、いつものおどけた感じをひそめています。
「このチョーカーチャームがあたしを守ってくれるっていうのは、本当だったね。ドンがほしかった貴金属だもん。だから……」
その声は強い響きをおびていました。自分の大切なものをさし出す覚悟を決めていました。
パルミがそこまで言ったとき、ウインも叫びました。
「私も、貴金属を持ってる!」
ウインの手にあったのは、壊れたスマートフォンでした。冒険のあいだも手放さず、大切に持ち続けていたものです。
――友だちと、家族と、みんなとつながるための大切な道具だったから。だから、これだけは手放せなかったけど。
水没によって全員のスマートフォンは壊れてしまいました。それでもウインたちはそれを手元に残してきたのです。
ウインは知っていました。
「スマートフォンには
時間さえあったなら、パルミのチョーカーも、ウインのスマートフォンも、食べ物にする必要はなかったのでした。明日にもドンには金属をたっぷり使ったベルサームの甲冑ゴーレムを与える計画がありました。
しかし、今、状況はあきらかに変わっています。
ヘクトアダーの前に飛び出していったトキトの命を守らなくてはいけないのです。
カヒもまた、自分のスマートフォンを取り出していました。壊れているとわかっていながら、カチカチと電源ボタンを押しています。
「もしかしたら」と思いながら、地球でくり返していた動作をしてしまうのでしょう。
いく度かの試みのあと、カヒの表情が落ち着きました。
「うん、だめみたい。ドンの食べ物になってね、スマホさん」
静かな声でつぶやきました。その短い言葉に、あきらめの気持ちがこめられていました。
ウインもカヒにならい、壊れたスマートフォンの電源を押します。しかし結果は同じ、画面は暗いままでした。
続いてパルミも、
「あたしもスマホ、食べさせるからね。壊れちゃってるし」
言いながら、自分のスマートフォンを取り出して電源を押しました。
すると――。
「……ああ、あああああ、どうしよう……」
しゃがみこんでしまうパルミ。
パルミの体がふるえ始めます。
「どうしたの、パルミ?」
おどろいたカヒがパルミの手元をのぞきこみ、その目に映ったものに言葉を失いました。
ウインもいぶかしく思い、カヒの視線を追います。そして、二人はパルミの衝撃と
パルミのスマートフォンだけが、電源を復活させていました。
光っている画面。
表示されたのは、待ち受け用に設定されていた写真――。
パルミと五歳の妹のルクル、二人が満面の笑顔で並んでいる画像でした。思い出の写真にちがいありません。パルミと妹は牧場の「ふれあい広場」にいます。二人くっついてしゃがみ、小さなウサギを
「ああ、ああああ、ルクル……お姉ちゃん、これ、ドンにあげないと……でも、待ってよ、あああああ、でもトキトが死んじゃうよ……」
彼女が毎日大切に見ていた画像でした。
パルミの苦悩を目の当たりにして、ウインとカヒの心も揺さぶられます。
――スマートフォンをあきらめろ、なんて言えるはずがない。
たとえそれが正しいことだとしても、言うことができませんでした。
なんてことなのだろう、どうしてこういうことになっちゃうのだろう、とウインもカヒも心の中に嵐が巻き起こっていました。
「なあ、オイラに少しだけ、おせっかいさせてくれねえかな、パルミ」
その声に三人は顔を上げました。
ハートタマが静かに続けます。
「三人とも目をつぶってくれ……ほんのちょっとの間でいい。今、時間がねえのはわかってる、
今までフレンズと話しかけていたのが、キョーダイに変わっています。
ハートタマの言葉はぶっきらぼうでしたが、真実味がありました。その頼みごとに、三人はまぶたを閉じます。
「オイラのできることは大したことじゃねえけど……でも、みんなの心をつなぐのだけは、得意なんだぜ?」
ハートタマの口調には、どこか暖かさがありました。
パルミのまぶたの裏に、ほのかに明かりが
「えっ、これ……」
パルミがおどろいて声をあげました。三人の目に同じ光景が浮かびました。
そこに映し出されていたのは、さっきスマートフォンに表示されていた姉妹の写真です。
「見える。ハートタマが、見せてるの?」
「これってパルミの待ち受け画面の写真だよね……」
ハートタマが説明します。
「まあな。オイラの記憶、パルミの記憶、ウインとカヒの記憶をつないで、心にある画像を見てもらっているんだぜ。どうかな、パルミ。さっきの機械みてえに、正確に、いつまでも見せることができるわけじゃねえと思うが……」
いつもより少しだけおだやかな声のように、三人には感じられました。
ハートタマが言い終える前に、パルミは突然笑い出しました。
「にゃははははは!」
その声は、空へ響き、彼女の胸をおおっていたふさいだ気持ちを吹き飛ばすようでした。
遠くで思念波を通じて様子をうかがっていたバノとアスミチもおどろいて、目を見開きました。
トキトは背中に仲間たちの声を聞く気がしていました。彼を助けようと必死になっている仲間に支えてもらっている。
そんな感触を心に抱いて、ヘクトアダーの目につく位置にトキトは身を
パルミは仲間たちににお礼を言います。
「ありがとう、ハートタマ。ありがとう、ウインちゃん、カヒっち。みんな」
両目からは涙があふれ出ています。
「そしてあたしのスマホちゃんも、ありがとう」
と手の中の機械にお礼を言いました。
「今、電源が入ったから、見せてくれたから、ウインちゃんたちの記憶にも残ってくれたんだよ。それって、ドンに食べさせてあげてっていうことだよね」
パルミはドンに向かって背伸びしました。
両腕をのばす先は、ドンキー・タンディリーの開口部です。
ドンがこのときパルミに話しかけてきました。
「パルミお姉ちゃん、いいの? 本当に?」
パルミは決意を固めると、スマートフォンとプラチナのチャームを握りしめ、ドンの開口部へと差し出します。
「いいの。いつかお家に帰れば、妹のルクルもいる。画像データもあるよ、弟のドンは心配しないでいいよ」
と目をつぶって、スマートフォンを握る手を開いてゆくパルミ。
プラチナのチャームと、スマートフォンをそこにそうっと落としました。
コイン型のチャームが、最後にきらっと太陽の光を反射しました。それはウインとカヒにとてもまぶしく映ったのでした。
落ちていくチャームの裏側には、ウサギが二匹彫刻されているのが、見えました。それらは姉妹のウサギに違いなかったのでしょう。目で直視しているのが辛いほど輝いて、そして、寄り添ったウサギは暗い空間に吸われていきました。
ドンの開口部に投じられたスマートフォンとプラチナのチャーム。
木や石を取りこむときと同じく、まったくの無音でした。
それでもたしかに、それらはドンの体の中に入ったのです。
「パルミお姉ちゃん、ありがとう。貴金属、大切なもの。とっても助かるよ……」
ドンが静かな声でお礼を言いました。
その声に、三人の心は少しずつほぐれていきました。
――やっぱりドンは弟みたい。機械なのに、不思議な子だな。
カヒはそう感じています。
ウインはパルミの背中にそっと手を当て、優しく問いかけます。
「パルミ、大丈夫? 辛くない?」
パルミは涙をぬぐうことなく、しかし力強くうなずきました。そして、泣き声を含みながら言葉をつむぎます。
「そうじゃん、ドンの字も生きているんだから、食べ物が必要じゃん? 貴金属はドンの血になるみたいなもんなんでしょ? 今あげたのは、食べ物じゃん、そうじゃん」
ちょっぴりいつものふざけ口調を取り戻してきました。彼女の言葉は少し混乱しているようにも聞こえましたが、仲間たちにはその気持ちが伝わりました。
パルミは自分の心の中で折り合いをつけようとしているのでした。
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