第2話 空の上で、それは割れた

 まずトキトが、それからほかの子も次々に気がつきはじめます。

 トキトが目と口をいっぱいに開いて、

「おおおおおおっ、ウイン、俺たち落ちてるよな、空から落ちてるよな」

 なぜか恐怖きょうふ半分はんぶん、わくわく半分みたいな声でさけびました。

 ――なんでちょっとうれしそうな感じなの? こわがっている私のほうが変なの?

 せまい空間はハチのをつついたような大さわぎになりました。

「ウインちゃああああああん、あたしたち死んじゃうよ死ぬ死ぬ死んじゃうよ!」

 落ちると知ったパルミのさけびは、さっきのウインとそっくりです。

「パパ、ママ、なにこれ、助けてっ」

 カヒの声は引きつっています。両親に助けを求めますが、ここは地球ではない異世界いせかいです。

 トキトは一人、元気です。小窓をのぞいては、そこに鼻が変形するほど顔を押しつけて、自分の目でまわりのようすをたしかめようとしています。

 ――トキトなりに、助かる方法を探しているんだ。

 トキトは、前向きです。ウインは自分も落ち着かなくてはと思うのでした。

 ただし今の五人の状況じょうきょうは気楽なものとはとても言えません。

 高い空から落ちているのです。

 なにもしなければ、この体験たいけんで人生が終わりになるのです。

「ダメダメダメ、死ぬ、これ特撮番組とくさつばんぐみの最終回とかで主人公しゅじんこうが死ぬやつ」

 アスミチの声も上ずっています。

 年下のカヒとアスミチが怖がっているのを見て、パルミも自分が落ち着かなければいけないと気づきました。

「まっ、まだ助かるかもしれないじゃん! 墜落事故ついらくじこでもたしか何パーセントかは助かるはずっしょ!」

 ウインがそこにあわせて仲間をはげまします。

「そうだよ。カヒもアスミチも、手伝ってくれない? いろいろためすんだ」

 操縦席そうじゅうせきは、スイッチ、レバー、ペダルといったものが数えきれないほどありました。この機械を動かしたときに使ったレバーとペダルはまったく反応してくれません。

 ほかのものを手当たりしだいにためしてみました。しかし、何もおこらず落下を止めることもできそうもありません。

「ゴレムっちょ、もう完全にダメになっちゃったわけ? 無視むししすぎっしょ、なんにも反応ないし!」

 甲冑かっちゅうゴーレムを「ゴレムっちょ」とかわいらしくびながらぼやき始めたのはパルミでした。

「パルミ、あきらめないで。甲冑ゴーレムさん、もうほんとうに動いてくれないの? 命令。返事して!」

 と、ウインはパルミと甲冑ゴーレムの両方に言葉をかけます。

 その時、アスミチもさきほどとは別のレバーを見つけました。小さなレバーですがシートの下にかくれるように置かれています。いかにも操縦者そうじゅうしゃ脱出だっしゅつさせるためについているように思えるものでした。

「ねえ聞いて。シートのそばに小さいレバーがある。脱出用だっしゅつようじゃない? 引っぱれそうだよ」

「トキト、どう思う? ほんとうに脱出用だっしゅつようでパラシュートみたいなのが出るなら……いいけど」

 とウインが言うと、トキトが答えて、

「わからねえけど、当たってくだけろだよな。アスミチ、やってみようぜ、それ思いっきり引っぱってくれ」

 せまいところにみんなでまっているのでトキトの手はとどかないようです。

  アスミチはレバーに手をのばし、全力で引っぱりました。

 顔をしかめながら力をこめます。が、小さなレバーはガンコ者でした。ゆかにくっつくようにているレバーを引き起こしたかったのですが、びくともしません。

 そこにカヒが応援おうえんに加わります。

「わたしはぜんぜん力がないけど、おおきなゴボウの絵本みたいに、二人でがんばれば動かせるかもしれない」

 アスミチとカヒは力をふりしぼりました。

 そして、小学四年生らしい高い声で

「ぶっこぬけー! ひっこぬけー!」

 とかけ声を上げて、力を合わせました。

 パルミも二人にはげまされたようです。

「おおきなゴボウなら、もっと人数がいるっしょ。アスっち、カヒっち、あたしも引っぱるよ」

 カヒの手をおおいかくすように手を重ねると、三人でレバーに容赦ようしゃなく力を加えて引きました。

 まだ動かないわからずやのレバーにパルミがごうやします。

「動けって、このガンコレバーめ! アスっち、カヒっち、もう一度おおきなゴボウ!」

 わずか一学年ですが、パルミのほうが年上です。アスミチとカヒはパルミにタイミングを合わせます。

「ぶっこぬけー! ひっこぬけー!」

 ぐうっと力をこめるほんの一瞬いっしゅんだけ、音のない時間があり、やがて変化がしょうじました。

「動いた!」

 うれしそうなカヒの声とともに、レバーがぐいっと持ち上がります。

 はたして、脱出用のレバーという期待のとおりだったのです。

 動いたのは、操縦席をおおっていた金属のふたです。くす玉がわれて紙ふぶきが飛び出すときみたいに、割れて大きく開きました。

 自動車のうしろの重いハッチをひらくときみたいにゆっくりとせり上がっていきました。

 パラシュートではありませんでした。しかし、脱出だっしゅつのチャンスです。

 そして、これがアスミチとウインの、落下の原因げんいんになるのです。


 ハッチが開いたとたんに、猛烈もうれつな風が子どもたちを冷たい流れにさらします。

 ――うわ、風に体を持っていかれる!

 ウインの両手に力がこもります。風にあおられて落ちるわけにはゆきません。

 びゅう、という音とともに、空気が子どもたちをうしろに引っぱります。

脱出だっしゅつのためのレバーというのは正解だったな」

 のんきな感想としか思えないセリフを言うトキト。

「そうかもだけど! 前が開いて落ちそうになっている現実げんじつを見て!」

 ウインもつい強めにつっこんで言ってしまいました。

 さっきまではせまいところにしこめられて動けない状態でしたが、ハッチが開放かいほうされた今はぎゃくです。体を固定しないと落ちてしまいます。

「やばやばやばげきヤバくん! 落ちる、ピンチ、落ちるってば!」

 パルミは恐怖きょうふから言っているのですが、ちょっとおもしろい表現になってしまっています。

 ウインはこのとき、両膝りょうひざに力がうまく入らない感じがしていたのです。うでだけでふんばりますが、足を使えないというのはこわくて、がまんできずにウインはさけび声を出してしまいます。

「お、お、落ちそうだよ、うわわわああ」

 アスミチ、カヒの年下組も叫びます。

「ぼくこわい怖い怖いいいい」

「やだよやだよ」

 トキトだけはやはりあまり怖さを感じないようで、

「高いなあー! 俺でもここから落ちたら命のひとつやふたつはなくすぞ」

 と言いました。

 パルミがすかさず、

「ひとつやふたつって、命はひとつしかないよ! って、冗談じょうだん言ってる場合じゃないっしょ、これだから男子はああああ!」

 のどがさけるのではないかと思うほど全力で叫びました。

 パルミは男子には当たりが強い性格でしたが、今はウインから見ても「ほんとうにその通りだよ、トキトは!」と思える状況じょうきょうでした。

 トキトとしては、みんなの気持ちをくじけないようにしたいと考えての冗談だったのです。

「冗談ぬきで言うと、このままじゃ地面に激突げきとつして、俺たち全員が一巻いっかんの終わりだ」

 言い直したトキトに、パルミが心の底から大声で叫びました。

「そんなんわかってるって! どうすればいいのか考えてよおおおお!」

「けどさ、パルミ。お前とアスミチとカヒが、前を開けてくれたから、いいもんが、見えたぜ」

 ――こんな性格だったっけ、トキトって。

 そんな疑問ぎもんがふっと心に浮かびました。けれどそれを口に出すことなく、ウインはトキトに聞きます。

「な、何が、見えるの、トキト!?」

 ウインは風と恐怖に負けないように声をはりあげました。

「おお、待ってろウイン。いろいろ見えるから」

 トキトは体を操縦席そうじゅうせきから引きぬき、鞍馬あんば競技きょうぎのように両足を上にすっとのばいしました。そのまま開いたハッチに足を引っかけて逆さりの体勢になってしまいました。

 こんな状況じょうきょうでトキトが平然としすぎているように、ウインにはますます疑問に思えます。アスミチがあわててトキトを呼びます。

あぶない、危ないよ、トキト! 風強いからっ、こっちに降りてもどってきて」

「あっちでなにか光った気がする」

 トキトが逆さにぶらさがったまま、ナマケモノのように首をめぐらしました。

「光るもの? 人工物とか?」

 と問い返すアスミチに短く

「違う」

 短くつぶやいたあと、少し声を大きくして、

「アスミチ、ウイン。今、降りるぞ」

 と簡潔かんけつきわまる返事をするトキトでした。

「お、降りるんだ。こっちはせまいけど、ぎゅっとなれば、かえって安定、するから、ゆっくりとね」

 と、ウインがトキトを心配して言います。

「で、でもこの機械、ゆっくり回転して、おしりのほうが上にせり上がってきてるよ、ウインちゃん。うひ、地面見えるっ」

 とパルミ。さっきまでより気持ちが落ちついてきているようでした。

 甲冑ゴーレムのおしりがせり上がる。そして前半分はハッチが開いている。これは、危険きけんなことです。

 そして、まもなく二人の仲間が、ここから落下してしまう運命にあるのです。

 じつは、ここまでの会話には誤解ごかいが生じていました。

 トキトは「みんなで外に飛び出して、地面まで落下して降りる」という意味で言っていたのでした。

 しかし、「降りる」という言葉はほかの子どもたちは操縦席そうじゅうせきのもとの位置にもどるという意味だと誤解していました。

 五人が乗った甲冑かっちゅうゴーレムの卵型たまごがたのボディはゆっくりと回転しています。

 車輪が回るように、前のめりになっていくのです。前が下がると、四人のいる場所は後ろが持ち上がってゆきます。

「わ、わ、わたし怖いよ」

 とカヒが何度目かの「怖い」を言い、ウインが

「このままだと私たち、カゴからこぼれるみかんになっちゃう。ころころ転がり出ちゃうー」

 と言ったとたんに、恐れていたことが現実になりました。

「わ、わ、落ちる、ぼく落ちるっ」

 あせりの声を上げたのはアスミチでした。

 彼はなにかベルトのようなものをつかんでいたようなのですが、そのベルトがだらっと長くれ下がり、アスミチのうでが座席をはなれてしまいました。

 今、アスミチは両足で操縦席のシートをはさんでいます。ふんばりがかない体勢です。

「アスミチ!」

 ウインは手をのばしましたが、アスミチをつかめません。

「どうしよう、ウイン、ぼっ、ぼく落ちる」

 さかさになっているために頭に血が上ってきたようで、アスミチの顔はホオズキのように真っ赤にまっています。

 九歳の軽い体とはいえ、足ではさんでいるだけでは、そう長くもたず、落下するでしょう。


 アスミチとウインが落ちたととき、地上にもしもドンキー・タンディリーがいなかったら、きっとほんとうに命がなかったところです。

 今、巨大ロボットのドンキー・タンディリーの体は、はるか下で眠りについています。目覚めるまで、あと少しです。

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