第18話 きばのこ・はのこの歌
ハートタマは「フレンド」という地球の言葉を知っているのです。
ウインは思い出しました。英語ではて二人以上のことを「S」(ズ)をつけて表すのです。
「英語の言葉だから、みんなに使うときにはフレンズっていう言い方になるのね」
そう言って不思議な生き物とコミュニケーションを続けます。
「オイラも自分でどうしてフレンズっていう言い方になっているのかわかってねえんだけどな。ま、地球のこととか、思い出したらすぐ教えるぜ」
アスミチが
「協力的で助かるよ、ハートタマ」
と笑いかけました。
「おう、協力するとも。フレンズはこっちのことをよく知らない感じだよな。オイラが役に立てることあるか?」
「いっぱいあるぜ。心強い味方だぜ、ハートタマ」
とトキト。
「知識がいろいろもらえたら、今のところすごーく、ありがたいよ、ハートタマ」
ウインが両手を合わせて片目をつぶってみせました。お願い、というジェスチャーです。
ハートタマは一同を見渡し、それぞれの顔に目をとめ、
「
と胸にあたる部分をいくぶんか
こうして、頼りになるような、頼りにならないようなピッチュのハートタマと、知り合うことになったのでした。
ハートタマはこのあと長く五人の子どもたちと歩むことになります。
二日目の荒野のオアシスでの子どもたちは、初日に比べて明るい
五人は朝食の続きをします。
ハートタマにカヒが「食べる?」と聞きましたが「オイラはそんなに食べないんだ」とのことです。水をいっぱい飲んだので、しばらく食べなくてもいいそうで、そんなところも地球の生き物とちがうのでした。
アスミチが
「ハートタマ、これからいろいろ教えてね」
とあらためて頼むと、
「ああ、オイラのできることはする。けど、早く人間を見つけて助けてもらうのがいいと思うぜ、フレンズ」
とハートタマはもっともなことを言いました。人間の大人に助けてもらえるならそれがいちばんいいに決まっています。
けれども、今の五人には事情があります。ウインはピッチュの言葉に首を振り、
「それはそうなんだけどね……ちょっと事情があるんだ、私たち。今は、人間のほうがむしろ危険かもしれなくてね」
トキトがウインの言葉におぎなうように言います。
「ああ。ベルサーム国に見つかったらやばいよな」
パルミが言葉をはさみました。
「そそ。トキトっちの言う通りー。あたしらは、大人に助けてほしい。けどけど、だけど、ベルサームと関わりがない人じゃないと困るんよね」
アスミチがハートタマに向けて問いました。
「ハートタマは、人間の国とか、民族とかわかる?」
飲んだ水が今やすっかり体にゆきわたったようで、ハートタマは元気な動きで「国がどうかしたか?」と言いながらアスミチに向き合います。
「あのさ、ハートタマ。ぼくたちはベルサームという国から逃げてきたんだ。だからベルサームに見つからないようにしないといけないんだよ」
アスミチに重ねて、カヒも聞きました。
「教えて、ハートタマ」
ハートタマは人間そっくりに「うーん」と低いうなり声を出しながら、頭を――といってもハートタマの丸っこい体には頭と胴体の区別がむずかしいのですが――ぐるぐると回して記憶をさぐるような
「すまねえ、フレンズ。ベルサームって言葉に聞き覚えがねえな。ただ、ここは人があんまり住んでない土地だってことは知ってる」
ハートタマは宙を飛んで、野営地の壁のそばでふわふわと
「ここはな、人間からはダッハ荒野と呼ばれているところだぜ。だだっ広い、どこまで続いているかもわからねえ場所だ。ベルサームとかいう国は近くないと思うんだけどな」
ウインはほっとした気持ちになることができました。
「ありがと。ここはダッハ荒野っていうんだね。そして、そうだね。私たちの考えでも、ベルサームから遠いんだろうと思っていたから、それで合ってると思えてひと安心できるよ」
「人があんまり住んでいないってのも思ったとおりだな。空から見ても街も村も見えなかったからな」
とトキトも記憶と
ハートタマは奇妙に思うことがあったようです。
「空から?」
たしかに空から来たと言われたら疑問をおぼえることでしょう。
「いったいフレンズはどうやってここまで来たんだ? ウマや野牛やトリに乗ってきたんじゃねえのか?」
そこで、子どもたちはこれまでの出来事を簡単にハートタマに説明することにしました。ハートタマがどこまで理解したかはわかりませんが、「壊れた乗り物で空から落ちた」「五人はこの世界のことも、このオアシスのこともまだはっきりと知らない」ということはわかってくれたように思われました。
「ダッハ荒野の南半分。つまり今いるここいらへんは、たしか、ラダパスホルンという国の持ち物だ。人間たちのあいだでは、そうなっているらしいぜ」
と、ハートタマは自分の覚えていることを教えてくれようとしています。ラダパスホルンは五人も聞き覚えがある国です。子どもたちがいたベルサーム国と戦っていた国の名前でした。
パルミがちょっと声を低くして言います。
「うにゃー、ラダパスホルンってのもちょっちヤバげじゃね? ベルサームと戦争してる国っしょ」
ウインとトキトも「たしかに」と答えました。あまり長くオアシスにいるのは好ましくないように思われます。
それからハートタマは、いろいろと教えてくれました。
ダッハ荒野はほとんどが乾いた砂の多く起伏に富んだ地形であること、人間はあまり住んでいないこと、ただし遊牧民グーグー族というのがしょっちゅう荒野を
ここで年上組の三人は、野営地のまわりと水辺を見回りに出ることにします。
トキトが
「ラダパスホルンよりも
と言ったのはもっともなことでした。
三人が出かけると、アスミチとカヒが残って、ハートタマからもっと聞けることを教えてもらうことになりました。
カヒとアスミチは、真剣に耳を傾けています。ハートタマの語る内容をなるべく頭の中に知識として
ハートタマがしゃべり疲れたようで、言葉がとぎれました。
そこで、タイミングを見計らっていたアスミチが、尋ねました。
「ねえ、ハートタマ。ちょっと変なことを聞くようだけどさ。ダッハ荒野にエルフの村とか、エルフを見かけることがある場所とか、あったりする?」
アスミチの
と。ハートタマは空中でくるくると回転し、人間ならば首をかしげる仕草に似た動きをしました。
「アスミチ、おもしろい言葉を知ってるな。エルフはいる……らしいが、オイラは見たことがないし、ダッハ荒野にエルフの村なんてないと思うぜ」
と彼は言いました。
カヒも質問を
「エルフってあまり見かけない種族なの?」
と。ハートタマは岩に体を下ろして、動きをちょっとのあいだ止めて考えます。
「オイラたちピッチュはあんまり人間に関わろうとしねえから、よく知らないけどな。会話のできる種族の中で、エルフとドラゴンは、今はいない。大昔には誰でも見たことのある生き物だったらしいが、ぱったりと、姿を消したらしい。エルフの方は、たまに、目撃したとかいうやつがいるから、少しはいるのかもしれないな」
アスミチは、ベルサームでの体験を思い出します。
「あのエトバリルっていうベルサームの軍人が偉そうに『私はエルフなんだぜ、えっへん』みたいな態度だったのも当然だったんだね。エルフがほとんどいないから」
年上組は、なにごともなく帰ってきました。
「怪しいヤツとか、危険そうな生き物は、見当たらなかったぜ」
とトキト。
「カヒが見つけた足跡も気になったし、ハートタマが逃げるのを見たといった獣人も
ウインが
「獣人つったらあれっしょ、
ハートタマが即座にパルミに返します。
「パルミの言うとおり、狼男ってーのは、獣人のことだろうな。獣人は、人間と獣の姿をどっちにも自由に変えられるってえ話だ。オイラが見たときは、脚だけ、なにかの獣にして、すごい速さで遠ざかっていったぜ。ま、変身に夜とか昼とかは関係なさげだな」
はじめての情報にトキトが目を輝かせます。
「な、なんだそりゃ。姿を自由に変えるのかよ。かっこいいじゃん!」
アスミチまで同調して、前のめりで、
「自由に変身? 自分の好きな部位だけ変身って、すごいよ。この世界、すごい」
たしかに地球の伝説にいる狼男は、満月の夜には意思と無関係に変身してしまうことになっていました。それとくらべると自由に、部分だけ変身できるのは便利でしょう。
男子二人が変身に食いついてしまいました。そうなると、ウインが現実的な話をするしかないようでした。
「ほらほら、ふたりとも。今は、危険かもしれないから獣人に気をつけようねっていう話でしょう。出会わなかったのはよかったじゃない」
「それもそうだね」
「言われてみればそうだな、さすがウイン」
とアスミチとトキトが感心したように言いましたが、
「忘れないでよ、見回りしたのは獣人とかの危険をみつけるためだったでしょうがー!」
とウインはつい強めに言ってしまいました。
パルミがすかさず、
「これだから男子は!」
と言いました。カヒがそれを聞いてくすくす笑いながらハートタマに教えます。
「あのね、パルミの
「おっ、パルミは
ウインたちにも、自動翻訳でハートタマのしゃべる意味がわかりましたが、ピッチュがべつの世界の言葉とはいえ、「跳ねっ返り」という言い回しを知っていることが、ちょっと不思議に思えることでした。
――たぶん、私たちくらいの年齢だと、パルミみたいに元気に男の子とやりあう子が、こっちの世界にもたくさんいるんだろうな。
とウインは胸のうちで考えました。
ひとしきり、やいやい言うのが収まると、あらためてハートタマはじっくりと彼らを見渡します。声を、おそらくピッチュにしては低くして、語りつづけました。
「獣人は、逃げたからしばらく放っておくとしてだな。エルフの話の途中だったんだ。トキト、ウイン、パルミも、ここから聞いてくれな」
その言葉で顔をぱっと輝かせたのはウインです。
「エルフ! エルフの話をしてたの。んもー、私も聞きたかった、私も聞きたかった、私もエルフの話を、聞きたかったああ」
さっき変身の話題であきれられたトキトが、
「おいおい、今度はウインが食いついちゃったよ」
「トキト、ウインはファンタジー小説とかよく読むみたいだからさ、エルフっていうワードは大好物なんだよ、きっと」
トキトとアスミチが冷静という構図で、さっきとあべこべです。
「大好物、ですっ! さあさあハートタマ、語ってください、存分に。水、飲む? お湯、もっとほしい? なんなら、貴重なお菓子『きばのこ・はのこ』もあげちゃうけど?」
エルフの話は横道ではありません。エトバリルに知られる危険をのぞいてもエルフの情報はあったほうが子どもたちのためになるはずでした。
なぜなら、エルフとドワーフの秘宝だけが、地球に帰る手段だからです。
ゲートを操ることができる秘宝は、エルフの「カロカツクーウ」、ドワーフの「ダロダツデーニ」だけだと聞いています。今のところそのどちらかの能力で地球へのゲートを開いてもらうしか、家に帰る方法がありません。
だから誰もウインが突っ走るのを止めることはありませんでした。
「お菓子? くれるっつーんなら、ありがたくいただくぜ。ピッチュはあんまり食わないが、お菓子にありつくチャンスを見逃すわけにはいかねえからな」
ピッチュもお菓子というものは知っているようです。
「はい、ウイン。『きばのこ・はのこ』だよ。これはみんなが好きなお菓子なんだよね」
カヒが、自分のカバンからお菓子を取り出します。
「むふふー。どうぞ、ハートタマ。おいしいよ」
ハートタマは地球のお菓子を受け取ってしばらくながめていました。「ピッチュに危険な成分はないようだぜ」と言うと、小さな口でぱくりとやって食べました。ゆったりと
「うわ、なんだこりゃ、いいな、これ、このお菓子、なんつったっけ」
どうやらお気にめしたようです。
「『きばのこ・はのこ』だよ」
とカヒがあらためてその名前を教えます。
さらに「きばのこ・はのこの歌」を口ずさみはじめます。
よくテレビのコマーシャル・ソングとして放送されていた歌でした。
「きばのこ・はのこ、元気のこ。ほろにがカリっと、チョコレート。小麦畑とカカオの子。大地のいいとこ、プレゼント」
「きばのこ・はのこ、逃げ出した。さっくりクッキー、音立てた。じいちゃん、ばあちゃん、おかあちゃん、すりぬけ窓から ぴょんと出た」
「きばのこ・はのこ、つかまった。残業帰りのおとうちゃん。ただいま告げたその口が、向かった先に開いていた」
「きばのこ・はのこ、笑顔のこ。なかよし家族の、ハーベスト。これからずっと、そばにいて。きばのこ・はのこ、大好きだよ!」
途中から、他の仲間たちも一緒に歌い始めました。
みんなで歌い終わると、カヒはまだまだ歌い足りなかったようで、「どんぐりころころ」の節で続けます。 とちゅうから「ひなまつり」の節に変わったり、好きにアレンジして歌います。
「あははは、七五調だから、いろんなメロディーで歌えるんだよね」
ウインが、小さいカヒが歌うのをおもしろそうに解説しました。
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