第17話 ピッチュ(精霊)のハートタマ

 ――ダッハ荒野のオアシス二日目――


 ウイン、トキト、カヒ、パルミ、アスミチの五人は新しい日をむかえました。

 貝のスープで朝食を取りました。かばんに残った食料には手をつけずに保存します。

「『きばのこ・はのこ』を取っとけるねえ。いざっていうときに食べようね」

 パルミが食料管理担当のカヒに話しています。『きばのこ・はのこ』は日本のお菓子かしです。五人みんなが大好きな、チョコとクッキー生地きじを組み合わせた歯ごたえのいいお菓子で、発売後何十年も売れているロングラン商品です。

「今日のおやつに食べないの? あんまり取っておくといたむんじゃない?」

 カヒがもっともなことを言いました。

 五人の仲間は、新たな日を過ごすための準備を始めました。

 だれも口に出して言うことはしませんでしたが、もしも準備をせずにいたら、遠からず困難こんなんにでくわすでしょう。もしかしたら、重大な命の危険にさらされることだってありえるのです。できることはしておくべきでした。

 昨日は、空から落ちても水に助けられ、謎の巨大ロボット、ドンキー・タンディリーに助けられました。

 そしてまたセンパイの野営地やえいちを見つけることができたので、夜を安全に過ごすことができました。

 運がよければ、この場所で生きられるかもしれません。でも彼らはベルサーム国から逃げてきたことを忘れていません。見つかれば、二度と地球に帰れなくなるかもしれないのです。

 ここにずっととどまることは、できないのです。

 新たな朝をつげる太陽が、ダッハ荒野に光をそそぎ始めています。

 オアシスの水面も、木々の濃い緑も、金色に染め上げられていました。

 五人は木の器で温かなスープをすすります。野営地のかまどにくすぶらせておいた熾火おきびで火を起こしたのです。

「具がなくなっても、水分とミネラルの補給ほきゅうのために一滴いってきも残さず飲むこと」

 ウインが副班長ふくはんちょうとして命じるように言いました。もっともなことなので、ほかの仲間もその命令に反対したりはしません。

 みんながセンパイの残した木の器に口をつけたその時、カヒが突然とつぜん、おどろいたような顔をして動きました。きょろきょろと周囲を見まわし始めたのです。

「あれ? なんだろう? 誰?」

 なにかを警戒けいかいしているというより、野営地のゆかといわず天井といわず、探し物をしているように視線を動かします。ウインが気づいて、

「カヒ?」

 と声をかけました。

 カヒの目は細まって、見えないものを見透みすかそうとするような表情を作ります。

「ウインも聞こえない?」

 と言い、今度は耳に手をあてて、ゆっくりと立ち上がりました。

 カヒは少しだけ不思議なところを見せることがありました。

 草のかげでケガをして命を落としかけているネコの鳴き声を彼女だけがき取ることができた、ということがあったのです。

 今回もカヒだけが何かを聞いたのにちがいありません。カヒにつづいて、ウインもその音に気づきました。

「あっ、私にも聞こえた。しゃべってる? 『来てくれ』って言ってる?」

 とウインは興奮こうふん気味ぎみにカヒにたずねました。カヒはうなずきます。

「うん、そうだよ。岩山の上だと思う」

 パルミが「岩山の上」という言葉に反応します。

「ありゃりゃん? 岩山って変じゃね? だって、声が聞こえるって言ったら昨日の巨大ロボットのドンドン・ドン次郎じゃないのん?」

「ドンキー・タンディリーだよ、パルミ」

 いつものようにツッコミ役をしたのはアスミチでした。

 五人は食事を中断しました。不思議な声への好奇心にられ、野営地の外へ飛び出しました。「来てくれ」は、もしかしたら助けを呼ぶ声かもしれず、心配の気持ちもあります。

 トキトとアスミチの二人が岩山に登り始めました。声のする方向へトキトがどんどん進んでゆきました。アスミチは危険をおぼえて途中で引き返し、トキトだけで「誰か」の救出きゅうしゅつ作業を行いました。

 やがて、声の正体がわかります。

 奇妙きみょうな生き物が見つかったのです。

 その場所は木の枝が入り組んだところでした。

「おーい、みんな。ここ、木の枝が重なったところに生き物が入り込んでる」

 とトキトは下にいる四人に告げます。ぱっぱと枝を切り払って生き物を助けました。使ったのはすっかり手になじんだ金属棒です。

 しばらくの後、トキトは降りてきました。片腕でぬいぐるみのような生き物を抱えています。

 それはバスケットボール大で、桃色ももいろびた生き物でした。地球にはどうもこれに似た生き物はいないようです。異世界ならではの不思議な生き物なのでした。

 形は、少しハート型に近いでしょうか。

 やわらかな短いうぶ毛が生えています。

 びろうどのような短いやわらかい毛が、おろしたてのタオルみたいです。

「弱ってるみたいだ。助けてやろうぜ」

 というトキトの言葉にみんなで作業をはじめます。少しおおげさに言えば、救命きゅうめい作業さぎょうです。 

 パルミとアスミチは、タオルで体をふいてやりました。マッサージをかねています。体に血が通うようになって元気が出るかもしれません。

 カヒとウインはハンカチに白湯さゆを染みこませ、トキトが腕にかかえた生き物の口元に押し当てました。頭とか顔とか胴体のくべつはないようですが、目と口はあるのがわかりました。

「えっとね、ウイン。いきなり口に当てるとおどろいちゃうかもだから、くちびるのそばにハンカチを当ててみて」

「くちびるは……ないけど、言いたいことはわかったよ、カヒ」

 そっと、慎重にハンカチを口のそばに当てて、それから水分を取りやすいように口と思われる部分に重ねます。

 一口、また一口と、生き物は水分を吸い取りました。

 生き物はやがてハンカチなしでも飲めるようになりました。

 水筒すいとうを近づけてやると、口をつけて喜んで白湯を吸いました。どうやら元気を取り戻したようでした。救命作業、成功です。

「助かったぜ、フレンズ。オイラの名前はハートタマ」

 五人の子どもたちの耳に言葉が届きました。口を動かして、音声でしゃべっています。「ハートタマ」という部分は最初の「ハ」にアクセントがあり、「コードレス」「ミュージカル」のような言い方でした。

 パルミがおおげさに両手をあげて言います。

「およー、不思議な生き物ちゃん、ハートタマ、しゃべれるじゃん。やった、すげっ」

「それに、意味がわかったよ。これも神様の自動じどう翻訳ほんやくってやつなんだろうね」

 アスミチは人間以外の生き物の言葉がわかるおどろきに気持ちが高ぶっていました。

 カヒも、おどろきと喜びの点ではアスミチと同じです。その生き物、ハートタマにうれしそうに言います。

「ちゃんとお口でしゃべれるんだね、ハートタマは」

 生き物は自己紹介をはじめました。

「しゃべれるぜ。オイラたちピッチュの中にはしゃべれるのもいるし、しゃべれないのもいるけどな。そして、ピッチュは飲み食いをあんまりしなくても、人間よりは長い時間、生きていられるんだ。けど、岩の上は日照りがひどくてな、動けないままじゃ、そのうちお陀仏だぶつだったろうぜ……」

 会話が可能だというだけではないようでした。かなりおしゃべりな生き物のようです。

 パルミは気になったことを質問します。

「ハートタマってよれよれになってたけどさ。どれくらい長い間、木の枝にはさまってたのん?」

 ハートタマは、答えました。

「だいたい丸三日だな……なんだか、へんてこな人間に出会ってびっくりしちまってさ。人間に出会ったも久しぶりだったうえに、あんなヤツだったからな」

 人間に出会ったと聞いて、子どもたちは耳をそばだてました。

 カヒがおそるおそる質問します。

「へんてこな……人間……がいたの?」

「フレンズみたいな子どもと違ってたぜ。大人サイズの人間だ。そいつが突然現れたんだ。オイラは驚いて逃げ込んで、絡まっちまった」

 トキトが補足します。

「木の枝の奥で動けなくなってたぜ。もちょっとぺったんこの姿で」

「あの奇妙な人間から逃げたくて、体を平べったくしたのがよくなかったな。奥に入りこみすぎちまった……」

 それを聞いて、ウインはその奇妙な人間というところが気になりました。ここまでの体験から、なにかピンとくるものを感じます。

「そのへんてこな大人って、カヒが見つけた、昨日の足跡の正体じゃない?」

 ウインが言うと、カヒが答えます。

「そうかもしれない。怖い」

 トキトが金属棒を握りしめ、ハートタマに質問します

「なあ、ハートタマ。その大人はどんなやつで、どこへ行ったんだ?」

 トキトはそう言いながらも、扉をうすく開けて野営地の外を見回しています。

けものとヒトの中間みたいな姿だった。ありゃ獣人じゅうじんだな。けど、あいつの方もオイラにド派手はでにおどろいて、身長の二倍は飛び上がってた」

「それで? どこへ?」

 アスミチにうながされて、

一目散いちもくさんげてったぜ……なんだったんだ、ありゃあ」

 大人の獣人が逃げたと聞いて、少し安心して力が抜けた五人でした。

 その一方で、獣人とはなにか、ベルサームと関係がありそうか、聞きたいことは今の会話の中だけでもたくさん生まれたのですけれど。

 逃げていってしまったのなら、仕方がありません。

 しばらくハートタマとの会話が盛り上がり、皆が楽しく交流しました。

 ピッチュというのは地球での言葉「スピリット(魂)」「スプライト(妖精・精霊)」にあたるもののようです。つまりハートタマは異世界の精霊ということになります。

 アスミチが

「ピッチュという言い方も、スピリットに少し似てるね。地球のいろんなものがこっちの世界に来ているって聞いたから、あんがい言葉も影響してるのかも」

 と言うと、ウインも「それはありそうだよね」と答えました。

 ハートタマは、座ったままのトキトの膝の上に移動し、リラックスしていました。

 カヒはこの小さくて不思議な生き物が気に入ったようです。

「助かってよかったね、ハートタマ。呼んでいる声がわたし、聞こえたよ」

 と、彼女はピッチュに親近感にあふれた温かい目を向けました。

 ハートタマはカヒを見つめながら、

「オイラの思念波しねんはをキャッチしてくれたんだな。オイラたちピッチュは感応かんのうの力がすぐれてるんで、声を届けられたんだぜ。フレンズにも、ピッチュほどじゃなくても、似たような力があるのかもな」

 と言いました。

 カヒはほほえみながら応じ、

「カヒだよ。加藤カヒ」

 と自己紹介しました。

 ウインの声はいたずらっぽい笑みを含みながら、

「ほんとにカヒはハートタマの思考をキャッチしたのかも。カヒは地球にいたころ……」

 と、いつかの怪我を負ったネコを助けた話を始めようとしましたが、

「地球って言ったかい、フレンド。それ聞き覚えがある」

 とハートタマにさえぎられました。ハートタマの声は少しおどろきを含んでいましたが、地球を知っていると聞いた子どもたちのおどろきはそれ以上でした。

 ウインは、興奮こうふんかくしきれずに言いました。彼女の目は期待に輝いています。

「ええっ、地球のことを聞いたことがあるの? ハートタマは地球を知ってるの?」

 ハートタマは答えようとします。昔の記憶をさがそうとするのか、その目は天井のほうを何度かさまよいました。

「誰か人間から、いつかどっかで地球って聞いたかもしれねえ。オイラたちピッチュは人間と会話できる種族だからな……」

 と語りました。

 その言葉に、五人全員がこのピッチュの語る話に引きこまれていました。

 アスミチが次の言葉で疑問を投げかけます。

「えっとさ、誰から教わったとか、そういう情報ないの?」

 ハートタマはアスミチを見て答えました。

「すまねえな、そこまでは今は思い出せねえ。オイラたちの頭のつくりは人間と違うんだ。記憶ってのが、どうもうまくあつかえないんだな。ところで、フレンド。名前は?」

 アスミチは自己紹介がてら、いつも好奇心を隠しもせずに質問を追加します。

「アスミチ。甲野アスミチ。フレンドっていう言葉も地球の言葉のまま言っているよね、ハートタマ。それも誰かから聞いた言葉なんでしょ?」

 と言いました。

 ハートタマは自信なさそうな内容を、自信ありげな声で言います。

「そうだとも、たぶんな。覚えていないけど、ずっと前から使ってた言葉だな、フレンズ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る