第53話 「宇宙巨大竜オメガナーガ」

 パルミが声をかけました。前に出ていった三人の背中に、いつもの愉快な口調をちょっとおさえ気味にして。

「バノっち、あたしらも隠れていたくない。できることない?」

 カヒも続いてさけびます。

「なんでも、するよ!」

 彼女は「怖い」という言葉をつけるのをがまんしました。のどまで出てきていた「怖い」をおなかに飲みこんで消し去りました。

 パルミとカヒがいるのはドンの近くです。ヘクトアダーから近い順に、バノ、ウインとアスミチ、ドン、その巨体に隠れてパルミとカヒ。こういう配置になっています。バノはパルミとカヒだけはなにもするな、などとは言いませんでした。

 貴重な戦力です。たとえヘクトアダーと直接戦ったりしないとしても。

「じゃあ、ドンの助けを続けてくれ。食べれば修復時間が短縮できるかもしれない」

 バノが短く指示を出しました。カヒが答えます。

「そうだね、ドンが動けば、トキトをヘクトアダーの口から出すことができるかもしれないね」

 できることがあるというのは嬉しいことでした。パルミの声にも軽快ないつもの調子が戻ります。

「あのサイズだし? 岩をこなごなにしたパワーだし? ドンなら不可能じゃないっしょ! 動くのが間に合えばやってくれるっしょ!」

 いちばん助かる可能性が高いことをする。それだけでした。

 さっそくパルミとカヒはドンに食べさせる作業を始めます。ドンも、

「急ぐよ。トキトお兄ちゃん、耐えていて!」

 と意志を伝えてきました。

 ハートタマも役割を果たします。

「オイラも連絡役に集中するぜ。おい、トキト、生きてるんだろ、返事してくれ」

 ウインの腕の中から思念を飛ばします。

 ヘクトアダーという大きな生命の口の中にいるトキトには、心の声が届きにくいもののようでした。

 仲間は行動しはじめています。

 アスミチはバノのいるヘクトアダーに近い位置に寄りました。

 二人は巨大なアダーに魔法を使おうとしています。バノが自分の体のまわりの水を細かい粒にしてヒモ状に変化させていました。

「アスミチ、私と同じことをしてくれ。アダーを冷気で攻撃する」

 冷気の魔法は、バノが目の前で見せてくれたばかりでした。

「一応、聞くけど、攻撃魔法ではヘクトアダーを傷つけられないんだね?」

 口に傷をつけてトキトの脱出口を作れたら、と考えてアスミチが聞きました。

「攻撃魔法は無効だ」

 バノは、アダーが冷気に弱いという仮説を立てて行動しようとしています。

 もしヘビと同じ爬虫類はちゅうるいの特徴を持っているなら、正解のはずでした。ヒトと違って、体温を自分でコントロールすることが苦手なのです。

 ドラゴンの亜種であるヘクトアダーが爬虫類と同じかどうかは、わかりません。ただ、その仮説が正しいと信じて行動するしかありません。

 アスミチはバノの意図をすぐに理解し、「うん」とうなずきました。

「やっつける必要はない。力を弱めてトキトを脱出させるんだ。アダーには魔法は通じない。だが、その周囲の空気は別だ」

 彼女の目はアスミチではなくアダーの頭部を見ています。強い感情のこもったにらむようなバノの目でした。

「私と同じように、冷えろという意志を伝えるんだ」

 彼女は呪文をつむぎます。言葉は波となって空気をらし、流れてゆきます。バノの周囲にあった水が空気とともにヘクトアダーへ向かって小さな流れを作って伸びてゆきます。太陽の光で銀色にきらめいて、アスミチの目には

 ――水晶の小川がさらさらと空へ伸びていくみたいだ。

 そんなふうに映りました。水はアダーのそばに至るとこまかくこまかく分かれて空中で見えなくなりました。

てよ風、くちなわこごえ身すくませ、蒸気じょうきよ白くこごえて凝華ぎょうかせよ」

 バノが自分の命令を、ヘクトアダーの首の周りの空気に伝えます。

 アスミチは言葉を一字一句そのまま繰り返していきます。彼のくちびるは、新しく覚えた言葉の形を違うことなくなぞります。

てよ風、くちなわこごえ身すくませ、蒸気じょうきよ白くこごえて凝華ぎょうかせよ」

「上出来だ」

 バノの声には、アスミチの必死の努力を認める色がありました。

「記憶力だけは自信があるからね」

 アスミチは小さな笑みをこぼします。

 ふたりの手元からかすかな光の粒子が空気中に舞い上がりはじめます。バノの魔法と合わさって、残った水のロープにまとわりついて昇ってゆきます。

 アスミチのひとみはおどろきの色に広がりました。自分にも魔法が使えたからです。

「光った! この世界はすごいんだね」

 視界の先が白くなりました。

 水流が細かく散らばって、それが白く凍てついて氷に変わってゆきます。

 ――しかも、これは二番目の魔法、ハヴ魔法だ。いきなりだ。すごい。

 濃い緑の木々の葉の上、ぬうっと巨大なヘビの頭が突き出しています。

 白い氷のスクリーンが現れ始めています。へクトアダーの頭のほんの少し下の空中です。顎の下にガーゼを敷いたかのように氷の雲が広がります。

 ヘクトアダーの顎から首にかけての空気がますます白く色をおびてゆきました。

 ――バノが野営地で作ったのと同じだ。氷ができてるんだ。

 アスミチはバノに教えてもらった呪文をくり返します。

 ――魔法は、言葉に乗せたほうが効果が高い、だったよね。

 ハートタマがそのようすを伝えます。魔法が、口の中のトキトがヘクトアダーから脱出する助けになるでしょうか。

「トキト、どうだ、魔法でアダーのあご先をバノとアスミチが冷やしてるぜ」

 トキトからすぐに返事がありました。

「おお、魔法を、アスミチも! すげえな。でもまだ、力が弱まらないぜ。ヘビは、冬に動けなくなるっていうのにな……」

 ヘビが冬眠することは、トキトも知っていたようでした。

 このまま続ければチャンスがやってくるでしょうか。それともほかにできることはあるのでしょうか。そう思ったのはバノとアスミチだけではなかったようです。

「バノちゃん、アスミチに続けて冷やしてもらって、バノちゃんは違う魔法を使うのはどう?」

 とウインがハートタマ経由けいゆで伝えてきました。

 バノが思案しますが、はかばかしくないようでした。

「ほかの魔法か……私はアダーに通じるほど魔法の力はない」

 そっか、と思いつつ、ウインは引っこみたくありませんでした。なにかないか、考えつくことを口にします。

「あれは? 昨日見せてくれた、ゴーレムを作る魔法で、ゴーレムを動かしてアダーの口を開けるとか?」

 残念ながら、その新アイディアも却下きゃっかされてしまいます。

「十メートルもの高さには、私の作るゴーレムでは、何もできることがない……とても届かない」

 バノの時間を取らせるだけの結果になってしまいました。ウインはそのことを謝ります。

「ごめん! よけいなことを言っちゃったね」

「いや、ウインの言うことは正しい。冷やし続けてアダーを弱めるのでは足りない。なにか、別の手段があればいいのだが」

 たしかにいつかヘクトアダーの口を開けられるとしても、トキトの限界のほうが早いに違いありません。足りない。今のままでは。

 アスミチが、魔法の合間に

「ううううううー」

 うなりを挙げています。苦しんでいるのではなく、頭を回転させています。必死に自分の知識をそうざらいしているのです。

 しかし、バノとアスミチも、安全なところにいるわけではありません。

 今まさに、ヘクトアダーの目が二人に向けられていました。魔法で冷やしている二人が意識に入ったのでしょう。

 首を振りながらも、あいまあいまに、黄色いふちどりの黒い瞳孔で二人の姿をとらえています。

「気に入らない小さな生き物だ」

 とでも思っているような冷たい目です。

 不愉快に思っているのです。そうなると、恐ろしいヘクトアダーが標的を変えて、バノとアスミチをおそうかもしれません。

 バノはしかし、不安と逆の気持ちであるようです。にやっと笑みを浮かべました。

「少なくとも、今の魔法は不愉快なんだな。お前にとって嫌な攻撃だということだな!」

 バノは二人の魔法が無効むこうではないことを理解したのでした。

 アスミチは心の中でバノから学んでいます。

 ――なるほど、そういうふうに考えるべきなんだ。

 ヘクトアダーにまるで通じていない攻撃ではないとわかりました。けれども、トキトが脱出する助けになったわけではありません。

 アダーがにわかに攻撃のきざしを見せました。胴の筋肉が今までと違う方向にぐいっとうねります。

 今やはっきりと怒りが満ちていました。

「来るぞ、逃げろ!」

 バノのさけび声がアスミチの耳をしました。

 巨大なアダーが乱暴に半身で円を描きます。バノとアスミチのいる方へと体を横に振ったのです。

 太い木々が何本もなぎ倒されて、嫌な音を立てました。

 かろうじてよけることができたバノとアスミチでしたが、地面は大きく揺れて二人に衝撃を与えます。

 ドオオオン、という音とともに、二人の体はアダーの起こした振動で一瞬、空中に浮き上がってしまいました。すぐにまたぎりぎりの距離を取ります。すぐ後ろにいたウインも同じだけ下がりました。

 地上にアダーの怒りが振りまかれようとしていました。

 二人が攻撃をよけることができたのは、幸運なことでした。距離を置いていたとはいえ、トキトならいざ知らず、バノもアスミチも運動能力は高くないのでした。

 ――カヒだよ。アスミチ、やったね。きっと、アダーの体が冷えてたからよけられたんだよ。

 ――そそ。パルミも見てたかんね! アスっちハボ魔法、使えたじゃん!

 二人の言うように、冷凍魔法で動きを少しにぶくさせることができていたのかもしれません。

「ハ、ハボではなくて、ハヴ魔法だけどね」

 アスミチはやっとそれだけ言いました。

 言ったことでほんの少し気持ちが楽になりました。けれど今の攻撃で恐怖がアスミチの心臓を鷲掴わしづかみにしたように感じています。

 アスミチは呪文を唱えて息がとぎれがちです。けれど、しわがれたような声で、自分自身に言い聞かせます

「体、しっかりしろ」

 彼は足はふんばり、倒れこまぬようにしながら、死にものぐるいで頭を使っています。

 二人が逃げると、アダーはふたたび自分の頭部を振り始めました。バノとアスミチを追ってこないようです。いちばんわずらわしいのは口の中の人間、というわけなのでしょう。冷凍魔法も一度ここで途切れてしまいました。

「どうする……もしも頭部で攻撃してくるなら一か八か、食われてトキトのいる場所から内部を……魔剣ならダメージが通る……だがトキトを呑みこまない限り口は開くまい……」

 バノも悩んでいます。

 ウインも、トキトを必死に励ましながら、考えています。

 そして、バノとウインがいくら考えても思いつかなかった方法を、ここでアスミチが思いつくのです。

「バノ、ウイン、ほかのみんなも、聞いて」

 アスミチの声はまだ震えているように聞こえました。怖いからか、もしかしたら、違う理由かもしれません。

「もしかして、使える手段があるかもしれない。図鑑で得た知識だ。聞いてくれる?」

 アイディアが通じるかもしれない。そう思っての武者震いというものがアスミチに起こっていたのかもしれないのでした。

 アスミチは思い出した内容を手短かに思念で伝えます。それはこんな内容でした。


 ――ヘビはくしゃみをする。


 アスミチの好きな特撮テレビ番組『アルティメット人間』シリーズのお話です。

 「宇宙巨大竜オメガナーガ」の回をアスミチは思い出したのでした。こんな回でした。

 ある宇宙人の文明が、怪獣に滅ぼされました。その星から地球にやってきた怪獣オメガナーガが無人島に着陸し、繁殖はんしょくして地球の生命をらいつくそうとします。恐ろしい侵略しんりゃくを、精神体となった宇宙人からのメッセージを受け取り、地球人とアルティメット人間が食い止めようとします。

 このオメガナーガはヘビの姿をした怪獣です。

 オメガナーガと同じ大きさに変身したアルティメット人間が止めようと戦います。彼がオメガナーガを倒したとき、体中のエネルギーを使い果たしていました。そこに新たに生まれたオメガナーガの子が現れて、アルティメット人間が絶体絶命のピンチになる……という回です。地球防衛部隊は遠い無人島に台風にはばまれてまだ到着できません。

 無人島に旅行にきていた地球人の子どもたちが、アルティメット人間を助けます。

 なんと、胡椒こしょうを使い、怪獣にくしゃみをさせるという手段です。オメガナーガがくしゃみをして行動不能におちいったのです。

 ちなみに、オメガナーガは極小ごくしょう生物惑星の生き物だということがこのとき明かされます。地球のウナギくらいの大きさしかなかったのです。

 オメガナーガを宇宙巨大竜と呼んだ宇宙人は精神体でした。地球人とのサイズの違いがわからなかったのでした。生まれ故郷の惑星では巨大竜だったオメガナーガは、くしゃみで動きを封じられました。怪獣と同じサイズにしかなれないという故郷から受けた制約で苦しんだアルティメット人間にかわって、地球人の子どもがオメガナーガを倒す結末となりました。

 アスミチの頭のデータベースには、大好きなテレビ番組『アルティメット人間』のことならなんでも入っているのです。

「アルティメット人間シリーズの怪獣は、現実の生き物を参考にしていることが多いんだ。ヘビに似た怪獣がくしゃみをしたから……」

 そこにカヒが、言葉をはさみました。

 パルミとともにドンに食べ物を与える作業を続けながら、

「わたし、アスミチにその話を何度も聞かされて、調べたことあるよ。料理のときに胡椒コショウでくしゃみが出たとき、そういえばヘビがくしゃみをするのかんsって……」


 カヒが調べた結果は――


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