第57話 ぼくらのドンキー・タンディリー

 トキトが振り返ると、高い空にとうのようにそびえるドンキー・タンディリーの姿がありました。

 くすんだ黄金こがね色の大きな体が堂々と空に立っています。その雄姿ゆうしに仲間たちは歓声かんせいを上げます。

「すげええええ!」

 トキトが叫びます。その肩にかつがれていたバノとアスミチも興奮こうふんをおさえきれず、感謝の言葉を口にしました。

「素晴らしいぞ、ドン!」

「ありがとう、ぼくらのドンキー・タンディリー!」

 水辺にいたパルミとカヒも手を大きく振りながら声を張り上げます。

「すごいじゃんすごいじゃん、ドンの字!」

「ドンキー・タンディリー、助けてくれたんだね!」

 湖の上からはハートタマが興奮気味に声を飛ばしました。

「ドン助おめえ、かっこいいな!」

 一方で、ウインは膝の力がぬけてその場にしゃがみこみました。胸にあふれる安堵の気持ちが、まぶたの裏を熱くしました。涙をこぼさないようにしながらウインはドンに声をかけます。

「また、助けてくれた。ドン、ありがとう……トキト、バノちゃん、アスミチ、今、本当に危なかった。よかった……」

 ヘクトアダーが放とうとした毒の息――その恐ろしいブレスに、全員が飲みこまれる寸前でした。ドンは動き、間一髪のところで仲間たちを救ったのです。その行動は全員の命をつなぎました。

 ドンキー・タンディリーのがんばりはもちろんのこと、協力して食べ物を与えたウインたちの成果でもありました。

 ――ドンが、もし、ここで乗り物になれそうなら、理想的なんだけどな……。

 ウインは心の中でそうつぶやきました。もしドンがこのまま乗り物としても機能すれば、遠く安全な場所まで仲間たちを連れていけるかもしれません。獣人にも追いつかれず、恐ろしいヘクトアダーからも逃れられるでしょう。

 しかし、現実はそう甘くありませんでした。ドンの動きが止まってしまったのです。

 エネルギーはまだ残っているはずでしたが、体の修復が追いついていませんでした。二度の攻撃で消耗しきったドンは、ヘクトアダーを殴りつけた姿勢のまま動けなくなっていました。

 ウインの胸に不安が押し寄せます。

――まさか、死んじゃったり、また何年も眠りについたり、しないよね?

 彼女が心配に耐えられなくなったそのとき、ドンの声が心に流れてきました。

「ちょっとだけ、動けた……けど、だめみたい」

 ドンの声には弱音が混じっていましたが、それも無理はありません。彼の巨体には数々の損傷が見られます。

 二十メートル近い体を覆う外装板は、ヘクトアダーを殴った衝撃で裂け始めていました。使用した左腕からは黒い金属の破片が次々とこぼれ落ちています。動かない右腕は元々の損壊そんかいがひどく、こぶしはケーブル一本でつながっているありさまでした。

「あんなにボロボロだったんだ。動けなかったのも無理ないよ……」

 涙を手の甲でぬぐいながら言うウインでした。

 その声に続いて、カヒとパルミも湿った声で叫びます。

「もっとボロボロになっちゃうよ、ドン、しっかりして!」

「うわばみをやっつけたらさ、あたしらがまたいっぱい食べさせるから! ドンちー、死なないで!」

 必死の声援せいえんも、今度はドンを動かせないようでした。

 ドンの体はむしろ壊れていくばかりでした。

 左腕は外装の裂け目からさらに損壊が進み、ついには関節が逆に曲がり始めます。

頭部にも異常が起きました。ドーム状の頭がおかしな角度でボコっと一段持ち上がります。まるで加熱された金属の薄板がふくらんだときのようです。

 そして、ついにドンの巨体がゆっくりと傾き始めました。

「おい、ドン、こらえろ」

「ドンが倒れる!」

 トキトとアスミチの叫びに続き、仲間全員のなげきの声が響きました。

 ドンキー・タンディリーの黄色っぽい大きな体は、次第に前のめりになります。


「あ、ああ、あああああー……!」


 落胆らくたんとも悲しみともつかない、なにかの感情を乗せた声が、全員の口かられました。

 ドンが正座をするみたいに両膝を地面につきました。ゴオンと大きな音が響き地面が揺れました。

 ドンキー・タンディリーの巨大な体は、膝をついたまま前のめりになっていきます。ついに地面にしました。外装の隙間すきまから大量の部品をまき散らしながら。

 ズズズズウウウン……。

 ドンキー・タンディリーの倒れるその音は仲間たちの悲しみと気落ちを象徴しょうちょうしていまsた。

 仲間たちの時間が止まってしまったようでした。

 バノが最初に動きました。

 彼女はトキトの肩をぽんぽんと叩き、アスミチと共に地面に降ります。

「なんとか、もう少し動くことはできないか、ドンキー・タンディリー……できれば乗り物になってもらいたいが……」

 バノの握った手は汗で湿っていました。

 ウインやパルミ、カヒ、ハートタマもドンのそばに集まります。彼らの視線の先には、無言のままのドンキー・タンディリーがいます。

「そうだ、ヘクトアダーは……?」

 アスミチの言葉に、仲間たちも振り向きました。

 倒れたヘクトアダーは腹を出したまま、頭の方は森の茂みに突っこんでのびています。巨体を前に、紫色の煙がかすかに漂っています。

 捕食者ほしょくしゃは本当に死んだのでしょうか。

 アスミチがバノに尋ねます。

「ヘクトアダーはまだ……生きているのかな……?」

 風が湖面を渡り、トリたちが飛び立っていく音が聞こえます。

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