第50話 討伐隊は超兵器メルヴァトール

 ハートタマが帰ってきました。

 見回ったのは、次の場所です。

 岩山のまわり。

 かまどのある水辺。

 そこから少しだけ離れたドンキー・タンディリーのいるき水のあるあたり。

 森の中には、入っていません。危険かもしれないと、トキトとバノからメッセージを伝えたからです。

「ヘクトアダーの姿は見えなかったぜ」

 ハートタマの報告に、みんなは胸をなでおろします。

 ひとまずヘクトアダーの脅威きょういが過ぎ去ったようでした。

「でも、オイラの感知では、気配だけはずっと濃厚のうこうなままなんだ。でかくて近すぎるもんで、どこにいるかはわからねえ。でも、遠くに行ってないと思うぜ」

 トキトが考えを口にします。

「どこかの狩り場のエサがなくなって移動してきたんだろ? まだそのへんで空きっ腹をかかえてるぜ」

 アスミチが続いて、

「希望を言うとさ。森の中でべつの獲物を見つけて、満腹になって、どこかへ戻っていってくれればって思うよ」

 それほど楽観的になれないウインが言います。

「ヘビは賢い生き物だと思う。木の上に登っていってトリの巣の卵を食べたりするし。かんたんにあきらめないと思うから、油断大敵だよ」

 バノがウインの悲観的な見方に言葉をそえます。

「賢い生き物だから助かる可能性もまた、ある。見つけられないと思えばあきらめるし、手ひどく反撃を受ければ逃げることもする。あくまで可能性だけれどね」

 カヒがほっと息をついて、

「そうだよね。わたしたちが逃げ切れば、いなくなるよね」

 と言うと、パルミも声を挙げます。

「カヒっちもわかってるじゃん。あのおおうわばみが、どれくらいであきらめるのか、それが知りたいよねー」

 報告を聞き、子どもたちは活動を開始しました。

 もはや一日だって、このアダーのオアシスにとどまっているわけにはゆきません。

 生き延びる可能性がいちばん高いのは、やはりドンキー・タンディリーに回復してもらって、乗り物になってもらって出発することです。トキト、バノ、アスミチは、三人で協力して、水に沈んだロボット、ドンキー・タンディリーへの食べ物を運び始めます。

 急がば回れという故郷のことわざを、六人の子どもたちは思い出しています。

 彼らが運んだのは、木々、草、そして石でした。

「いちばん足りないのは、金や銀やプラチナなんかの貴金属なんだけど……」

 ドンは何度目かになる訴えをしました。心細い声に聞こえます。

 どうしても貴金属がなくてはならないのでしょう。

 アスミチは同情ぎみの声で言います。

「金や銀なんて、そこいらの石の成分に入っていそうにもないよね」

 続けてアスミチは、石の成分を思い出して挙げていきます。

「地球の場合、岩石に含まれている元素は、ケイ素、アルミニウム、鉄、マグネシウム……そう図鑑で読んだよ」

 ドンによれば、それらは食べた石の中にも含まれてるとのことでした。石を食べることは重要なのだそうです。

 それでも金や銀といった元素は石の中にはほとんどないようです。

 バノがドンにもう一度確認します。

「スクラップヤードにすぐにでも移動したいが、ドンの体が直るのを待たないといけない。ドン、貴金属があっても、修復にかかる時間は短縮されないんだったね?」

「うん。移動のための修復だけ今やってるんだけど……。時間のほうは、貴金属があっても……変わらないかも。あとはエネルギーしだい、かな」

「それならやはり、貴金属はいずれ交易して手に入れることにしよう。もしもほんとうに緊急の場合には……貴金属については、考えがなくもない」

 バノは貴金属も持っているようです。が、手放せない事情もあるのでしょう。

 トキトはドンキー・タンディリーにまなざしを向けました。

「木や石を食べて、明るいうちに動けるようになりそうか、ドンの字」

「うーん、わかんない。でも、やるしかないよね。みんなで、ヘクトアダーから離れて荒野へ出発するためなんだから」

 ドンは、しっかり事情がわかっているようでした。

 バノが願いを口にします。

「ドンが協力的で助かる。トキトの言うように今日のうちに動けるようになってくれれば最善だ」

「体をもっと直してみないと、なんともわかんないや。待たせちゃってごめんね」

 ドンは協力的ですが、ポンコツの体はまだまだ思うようにならないようです。

 アスミチはくやしそうに言います。

「こんな事情じゃなければ、ぼくたちが金属をスクラップヤードから運んでくることもできたのにね」

 カヒが答えます。気持ちは同じでした。

「今はバノからもらった折りたたみ風呂敷があるものね。でも、今は、危なくて、とても遠出はできないよね」

 二人がトキトを見ると、会話が聞こえていたのか、いかめしい顔でうなずいています。遠出を許すことはできないという顔です。

 ヘクトアダーの気配はなくならないままです。全身の毛穴がぴりぴりするような感触がずっとつきまといます。スクラップヤードどころか、森の中も安全とは言い切れません。

 水辺で見つかるものだけをドンに与えることになりました。

 トキトが一番力が強い上に、投擲とうてきのコントロールも得意だったので、彼は力いっぱいドンに向かって「食べ物」を投げ込んでゆきます。

 アスミチがトキトの負担を気にかけて、

「ねえ、トキト。腰に下げた金属棒が重くない? 地面に金属棒を置いたら、楽なんじゃない?」

 そんな風に言いました。

 しかし、トキトはにんまりとした笑顔のあと、すまし顔を作ります。

 金属棒に片手を添え、芝居しばいがかった声で答えるのです。

拙者せっしゃ、モノノフのタマシイを手放すわけにはまいらぬ」

 アスミチは言葉の意味がわかったみたいで、

「モノノフのタマシイ……つまり、さむらいの心って言いたいわけ? ああ、金属棒を刀に見立てているんだ」

 ハートタマが陽気に言葉をはさみます。

「おお、いいねえ。時代劇っぽいぜ、トキト」

 地球人の、日本人のことをあまりに理解しているハートタマです。その不思議にバノも言います。

「ハートタマは日本の時代劇とか侍とかの知識もあるのか。変わったピッチュだな」

 感心したようなバノの声でした。

 興味を引かれているのはたしかです。しかし、今はそれを追及している時間はありませなん。

 ハートタマは得意げにほっぺたをふくらませながら答えます。

「ふふん。特別なピッチュか、自分ではそんなこと思ったこともねえが、悪い気はしねえな」

 アスミチが「どこで覚えたの、ハートタマ」と聞くと、

「んー、オイラが知識をどこで手に入れたか……まるで覚えちゃいねえがな」

 ハートタマは記憶を探るかのように首をかしげる仕草をしました。首は持たない生き物なので体全体がかしげました。

 トキトが急に動作を止めました。

 彼らの心をざわめかせている怪物の名前を口にします。

「そういえばバノが言っていた、ヘクトアダー以外の危険が二つ残っていたよな?」

 会話にまぎれて心の底のほうまで沈められていた不安が、ふたたび舞い上がったようでした。

 不穏な空気の中でバノは目を閉じ、重いため息をつきました。

「ああ、残りの危険……ある意味ではヘクトアダー以上に危険な生き物だな」

 アスミチは目を見開き驚きの表情でバノに尋ねます。

「ヘクトアダーよりも危険な生き物? あれ、だってあとの二つって獣人と……」

 バノの目がアスミチを見すえます。わずかな時間、彼女はアスミチを待つように見えました。

 しかしすぐ、静かに断言しました。

「とびっきり危険な生き物だよ。その名前は……ヒトだ」

 ハートタマはその言葉を聞くと、おどけた笑い声で腹をかかえながら飛び回ります。

「あっはっは、オイラにはわかるぜ。ヒトじゃないからな。ヒトはたしかにいちばん危険で恐ろしい生き物だぜ」

 トキトがなにか言いかけて、すぐに口をつぐみました。

 しゃべるかわりに、無言で当たりを見回します。

 警戒し、自分の背後の水面をじっと見つめるトキトですが、とくには何もありません。

 トキトはバノに向き直り、質問を投げかけました。

「俺たちにとって危険なヒトっていうのは……昨日言っていた討伐隊とうばつたいか? それともまさかベルサームが近づいているのか?」

 バノは視線をトキトに移し、肩をすくめます。

「ベルサームについては私もわからない。だが、ラダパスホルンについては確実だ。もうあと何日かで討伐隊がここに到着する予定になっている」

 それを聞いてほかの五人は、ほっとしました。ヒトに警戒するべきだというのは、小さい頃から「知らない大人についていってはいけません」と教わってきましたから、ある程度は納得いきます。

 そうであってもなお、ベルサーム国の人間と比べれば、ほかの人はひとまず危険とは言えない気がしています。彼らはベルサームで新兵器である甲冑ゴーレムを奪って逃げてきたのですから、絶対に出くわしたくないのです。

「討伐隊といってもドラゴンに匹敵するヘクトアダーが相手だ。亜竜相手にも勝てる戦力を送ってくるだろう」

 アスミチがくり返しました。

「亜竜に勝てる、戦力……」

「おそらく、超兵器メルヴァトールがやってくる」

 バノの言葉は重く響きました。

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