第51話 一人目の犠牲者

 カヒの目は暗く沈みます。

「怖いよ、ヘクトアダーに勝てる戦力って。爆弾ばくだんみたいなもので攻めてくるっていうこと?」

 その不安げな言葉に、バノがコメントします。

「カヒが爆弾と言ったので、伝えておこう。この世界では物理法則に不可解なところがあって爆発物はきわめて作りにくい。戦いで爆弾が使われることは、ない」

 バノは解説します。懐かしい場所、あるいは遠くを見つめるような顔でした。

「メルヴァトールとは、ロボット兵士だ。君たちの知る甲冑ゴーレムより倍以上も大きい。人が搭乗して操る。アニメに出てくるスーパーロボットのようなものだな」

 アスミチからも前のめりの姿勢で、質問が出ます。

「巨大ロボットなら、ドンキー・タンディリーに近い感じの機械なのかな? そのメルヴァトールって」

 バノは返事をします。おおむね肯定のようでした。

「アスミチの言うとおり、ドンキー・タンディリーと近いサイズのロボットだ」

 その上で、相違点を述べていくのでした。

「だが見た目はかなり違うぞ。ドンは、建設機械なんかの重機みたいに角ばっているだろう? メルヴァトールはもっとなめらかな曲線が主体だ」

 ここでドンキー・タンディリー本人から心の声が伝わってきます。

「メルヴァトールというのは、ボクと違うんだね。ボクの仲間がいたらよかったのになあ」

 カヒがやさしい調子で心の声に気持ちを乗せます。

「そうだよね、ドンにも仲間がほしいよね」

「うん、ボク、ずっと一人だったから……」

 ドンの声も沈んでいるようでした。

 トキトがぶっきらぼうに割りこみます。

「ドンの仲間ならもういるぜ。ハートタマも含めて、頼もしいのが七人もさ」

 口調がちょっと乱暴な感じなのは、怒りではなくて、照れているのが仲間たちにもわかります。

 ドンもカヒも、「そうだね」と明るく答えました。

 バノが続けます。

「メルヴァトールがこっちを見つけたら、厄介やっかいなことになる」

 仲間たちの顔をひとつひとつ見渡します。「厄介」の説明をしようとしているのです。

「君たちは地球人だ。珍しい存在だ。捕縛ほばくされる可能性がある。まして、ヘクトアダーのオアシスにいる理由を向こうは知りたがるだろうしな」

 もっともなことだと仲間たちは納得します。

「見つかったら、逃れることはおそらく不可能だぞ。ヒト相手では、隠れてやり過ごすことも難しい」

 ハートタマが「そうだぜ」と言いました。

「ヒトの知恵を使えば、野営地に隠れているフレンズなんぞ、見つけるのは簡単なことだろうぜ。ヘビとはちがう」

「そうじゃん、ヒトがいちばん恐ろしい相手だって、わかるわー」

 パルミが言い添えました。

 ともかく、今、ヘクトアダーが近くにいないのは幸運なことでした。

 仲間たちは、甲冑ゴーレムのスクラップをドンキー・タンディリーに与えたいと願っていました。

 アスミチがわかっていることながら、聞かずにはいられない質問をします。

 バノに、紫革紙面に収納した品物に貴金属があるのかという質問でした。先ほどの会話が気になって仕方がないのでしょう。

 すると、バノははっきりとは答えず、クイズの問題を小出しにするような言い方をしました。

「貴金属がいくらか、あるにはあるが、今後私たちが生きていくのに欠かせない物品だ。スクラップを食べさせるのが、いちばん確実な方法だと思う。ドン本人も、貴金属が手に入っても時間の短縮にならないと言っているしな」

 ドンからふたたび補足が入り、

「今は体の全体を直すのが遅れてるから……貴金属は伝達系にほしいけど、時間がかかっているのはそこじゃないんだよ。エネルギーがたくさんあるほうが、時間短縮になると思う」

 ということでした。

 ウインが「エネルギーってことは有機物、つまり木や葉っぱがあるほうがいいんだね」と仲間にわかりやすく言い換えます。

 さきほどの質問にはっきりと答えてくれないのがもどかしく「ううー」とうなるアスミチに、バノは軽く笑って、

「君の知識をもってすれば十分に推理できるはずだよ」

 と、それ以上は言いませんでした。 アスミチは気になるあまり、

「推理できるってことはぼくが知っているもの……魔法道具じゃないんだね……うー、うー、うー……」

 うなりつづけて頭をかかえ、作業が中断してしまいました。

 カヒにおしりをつつかれて、アスミチはあわててドンの食べ物を運ぶ作業を再開します。

 アスミチの質問にはっきり答える代わりというわけでもないのでしょうが、バノは魔法の力を使って仲間を助けます。

「オニテッポウムシの助けを借りよう」

 カミキリムシの幼虫をテッポウムシと言います。バノは日本語で言いましたが、現地ではロビホムという名だと教えてくれました。

 虫をレット魔法で補助して、木を何本も切り倒すことができました。

 ゆるやかな傾斜に倒した木を転がします。植物の繊維やツタをバノがロープに作り変えてくれました。仲間たちは自分たちの胴よりも太い木を、ドンの倒れている岸辺に運ぶことができました。

 トキトが水の中にバシャバシャと入ってゆき、丸太となった木をドンに食べさせるために向きを変えます。てこの原理を使って、ロープを引いて波打ち際に木を立たせます。

 ウインが丸太の影を顔の真ん中に落としながら見上げます。

「運動会の『棒たおし』みたいだね。まっすぐ立った大きな丸太」

 それを今度はドンの開口部に入れるように倒してゆきます。

 丸太を縦回転させるみたいな動きです。トキトとウインが丸太が転がっていかないようにおさえ、ほかの仲間がロープを引いてドンの上まで持ち上げます。

「疲れるけど、綱引きみたいで楽しいね」

 カヒがドンの胴体ごしにロープを引っぱりながら笑います。パルミとアスミチが答えます。

「ね、ね、カヒっち、アスっち、あれ思い出さね? こないだの大きなゴボウ」

「あ、ぼくとカヒとパルミで甲冑ゴーレムのレバーを引っ張ったやつだね。似てるね」

「あは、そうかも。ぶっこぬけー、引っこぬけー」

 年少組もそんなふうに楽しく作業することができました。

 ドンもうれしそうです。

「うわあ、こんなにたくさんの有機物を食べさせてもらったら、エネルギーは足りると思うよ! 時間だけ、明日くらいまでかかるけど、スクラップヤードまで行けると思う」

 バノが尋ねます。

「伝達系の材料は、これまでにある程度は手に入ったのかな。ドンキー・タンディリー」

「うーん、そっちはやっぱりほとんどないんだけど、移動だけなら今のままでも大丈夫。たぶん」

 どうやら大事な持ち物を食べさせることはしなくてすみそうでした。ドンの修復が早まりそうなのも安心のよりどころです。

 ただ一方で、この作業のあいだ、不安を抱えている者もいました。

 ウインは、小さな不安が胸の中で嵐のように吹き荒れるのを感じていました。

 というのも、トキトの動きが気になるのです。トキトはさっきからふとした拍子に肩ごしに振り向きます。何度も、何度もです。トキトにはどうしても後ろを見てしまうようでした。何かが感じられているのかもしれません。

 ドンがあと少しで動けるようになるというところでした。だのに、ウインの不安はふくらみます。

 ウインに続いてカヒが、そしてアスミチが、トキトの様子がおかしいのに気がつきました。カヒとアスミチの手が止まります。ドンを元気にするというやりがいのある作業中でしたが、集中することができません。

 パルミが二人がよそ見をしているのを不審に思ったようです。

「ど、どしたん? カヒっちに、アスっち……」

 ヘクトアダーを見つけたのか、という言葉は思いついたものの、口に出してしまうことが恐ろしくてパルミの中に飲みこまれました。そして、カヒとアスミチが見ているのがトキトだと気づいたようです。

 アスミチのひとみにかげりが生まれます。

「どうかしたの、トキト……」

 言葉が口をついて出たとたん、異変が起こりました。

 アスミチの目の前の光景がゆがんだように見えました。レンズを通して見た景色のようにアスミチは感じます。水が、重力に逆らってみるみるせり上がっていきます。

 ――これ、ドンキー・タンディリーが現れたときに似てる……!

 水が大きなかたまりとなっているようでした。水がまとまって、ゆっくりとした動きで、揺れた。そんなように、見えました。

 アスミチは叫びました。眉間みけんに深くしわが寄り、口を全開にしています。

「危ないっ、後ろ! トキトっ!」

 ほとんど悲鳴でした。声が空気を切り裂き、トキトへの警告を伝えました。

 波打ちぎわに姿があったはずのトキトの姿は、水のうずに置き換わってしまいました。一瞬で足の下に大きな水のへこみが生まれ、かかとのあたりをすくい上げるように持ち上げられて、トキトは後ろに倒れこむ姿勢で、水に落ちたのです。

 水がせり上がって、トキトを連れ去った、というようにアスミチには見えました。

 最後に見えたのは彼の両脚と靴の裏でした。せり上がった水に、ヘクトアダーの大きな口が見えていました。その口が作った渦の中に靴が没すると、トキトがそこにいた痕跡こんせきはもうなに一つ残っていませんでした。

 バノは、すばやく判断し指示を飛ばします。

「アダーがひそんでいた! アスミチ、水から離れるんだ!」

 彼女の声が、生き物の逃げ去った森の静けさに吸われてゆきました。

「トキトが!」

 アスミチの声は絶望に満ちていました。

 その時ハートタマが彼の肩を強く押します。ほとんど力はありません。

「今は自分の身をなんとかすんだよ、アスミチ!」

 短い言葉を伝えました。アスミチの命を救うために、押してもびくともしない肩をハートタマが全力で押しています。


 トキトはヘクトアダーにみこまれてしまいました。

 声も残しませんでした。

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