第7章3話 配役変更

 フレデリカが劇団長に呼び出されたのは、式典が始まって舞台の本番が迫る最中さなかだった。



「──え? 台本の変更? こんな土壇場どたんばで……何、耄碌もうろくした戯言たわごと言ってるんですか!」



 勢い余って机をたたいたフレデリカに、団長も弱りきった顔で額の汗を拭いた。



「……なに、クライマックスの配役がちょっと変わるだけだ。君のリゼル役やシャルライン役は、舞台のそでで立っているだけでいい」


「でも……っ」



 クライマックスの配役の変更──ヒロインであるリゼルの恋人レオナルドが、忘却レテの河の亡者どもを率いる闇の軍団長パーシバルに戦いを挑む場面だ。


 レオナルドはパーシバル相手に善戦するが、最期には亡者どもに取り囲まれて忘却の河にのみ込まれてしまう……。


 ヒロインのリゼルが死んだ恋人を再び亡くす悲劇のシーンだが、それ以上に、強大な敵に立ち向かうレオナルドの華麗なアクションが見所な場面だ。



「大事なシーンなんです。そこらから連れてきた役者に生半可な演技をされたら舞台の魅力が半減するわ。それを……っ」


「なんでも国王陛下を喜ばせるためのサプライズ演出って話でな。心配しなくても、向こうも大事な式典でそうそう下手なことはしないだろう。……わかってくれるな?」


「…………っ」



 フレデリカはこぶしを固めて……ぐっと押し黙った。

 今、自分たちが何を騒ごうとこの決定はくつがえらない……。



「変更は、舞台上にいる君たちにしか知らせていない。……内密に頼むよ」


「…………。……わかりました」



 喉からしぼり出した返事に、劇団長がほっとしたように肩をなでおろす。

 フレデリカは、暗雲たちこめたる気分で団長の部屋を出た。


 ……自分は役者だ。

 どんなに納得のいっていない演出でも、舞台に立ったら関係ない。ただ最善をつくすだけ……。



「私は、私の演技をするだけよ……」



 本番前に掻き乱された気分を切り替えようと、楽屋に向かおうとした……そのときだった。



「──あ、フレデリカ。大変よ!」


「……あぁ。わかってるわよ。クライマックスのことでしょ。急な変更だけど、私たちには直接、影響な──」


「何言ってるの。シャルライン役の子が大道具の下敷きになって大騒ぎなんだから!」


「!? 何ですって?」



 教えてくれた役者に先導されて、弾かれたように駆け出した。


 本番前の舞台上では、関係者たちが集まって救出作業をしていた。

 大道具の下敷きになったという少女が助け出され、ほっと胸をなでおろしたのもつかの間──



「……こりゃあ、演技はムリだ」



 大道具係の男が言うのに、さっと青ざめた。


 少女は周りの大人たちに支えられて、なんとか立とうとしている。……が、自力で立てないことは誰の目から見ても明らかだ。下敷きになったときに足を痛めたらしい。



「おいおい、もうすぐ本番始まるぞ」


「代役、誰か……!」


「バカ言え。シャルライン役だぜ。あんな台詞の多い役、覚えてるヤツいるか。ソロの歌や踊りだって……」


「そうだよ。今から同じぐらいの年の子見つけるなんてムリだ!」



 パニックがさざ波のように伝播でんぱしていく。



(……──っ!)



 ただでさえ本番前の緊張感が高まっている時間。ただでさえ国王や王子たちの前で演じるという大舞台。

 ここで乱れれば、舞台が総崩れになる。


 ……フレデリカは、静かに覚悟を決めた。



「落ち着きなさいっ!!」



 ──一いっかつ

 打って変わって、場を打つような静けさが支配した。


 みなの注目が、たったひとりの少女に集まる──金の髪をした花形トップ女優アイドル

 その注目を一身に浴びながら、フレデリカは胸を張った。



「みんな、持ち場につきなさい。何も変更はないわ。普段どおり、全力を出しきるだけよ。──そうでしょ?」



 誰からともなく、ごくり……とつばをのんだ。


 まさに王者の威厳だった。

 姿形は十六歳の少女なのに、その場を支配し圧倒する姿に誰もが釘付くぎづけになる。彼女が言うなら大丈夫と、無条件に信じたくなる。


 ──……けれど。



「でも、フレデリカ。シャルライン役はどうするんだ。もう劇が始まるのに……!」


「シャルライン役ならいるわ。旅の間、私がずっと演技をみてきた子が……──ここに」



 フレデリカの指さした向こう──

 劇の関係者でできた人垣ひとがきの背後で、心配そうにこちらを見ていた足枷付きの少女が目を丸くして──



「…………へ?」



 何を言われたかわからず、自分に集まった注目にただただ立ちつくした。



「え……えぇぇぇぇぇっ!?」

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