第10章7話 蝶の羽をむしるかのように……
……炎が、広がっていた。
亡者どもの侵攻によって倒された
客席の方は、もう煙で見えなくなっていた。
(…………。……潮時だな)
亡者どもに
じきに、ここにも燃え広がる……。
「……。行くぞ、小娘。長居は無用だ」
「…………」
アスターとカトリーナ……ふたりが倒れ伏した舞台の上で、少女は放心したように動かない。もはや抵抗する気力もなくしたようだった。
歩こうともしない少女に、エヴァンダールは舌打ちした。
「弱者にすがりついても何にもならんぞ。
少女の唇が、かすかに動いた。
「…………ひ……と……」
「……? ……何だ」
「…………かわいそうなひと……」
「なん、だと……?」
少女は──
静かに泣いていた。
泣き濡れてうるんだ瞳に憐れみを浮かべて、エヴァンダールを見る。
「あなたがたどり着きたい未来には何もない。大切なひとを裏切って、自分の弱さにも
「……っ! もう一回、言ってみろ!」
「ぐっ……!?」
エヴァンダールに首を
それでも、にらみつけるのをやめない。……自分の意志を手放さない。
「亡者と戦う力すらもたない小娘が……っ。憐れなのは、おまえの方だ! 何も
「……戦う……ために……一緒……じゃない……!」
「…………何?」
締め付けがわずかにゆるんで、少女はゲホゲホと
「亡者と……戦って、もらうために……一緒にいるんじゃない! 一緒にいたいからいるの! そこに理由なんかいらないっ……!」
エヴァンダールは目をみはった。
少女の姿が、つかの間、子どもの頃のカトリーナと重なった。
屈託なく微笑んでくれていた頃の──
今はもう
──エヴァ兄様、だーいすき。
「やめ……ろぉぉぉ! 俺は……っ、俺はぁぁぁ……!」
「ぐっ……! あ……あぁ……!」
首を絞められた少女が苦しげにのけぞる。
もう
自分の手でくびり殺してやらなければ気が済まない。
憐れな蝶の羽を素手でむしりとるように──
か細い
「……っ! やめろぉぉぉ……!」
「!?」
大上段から振り下ろされた剣に、反応が遅れた。
「ぐっ……!」
少女を手放したときには、肩を斬り裂かれていた。真っ赤な
よろけたところを間髪入れず、金髪の剣士が襲ってくる。
「アスター・バルトワルド! まだ生きて……!?」
「……アスター……!」
投げ出された少女が咳き込みながら歓喜の叫びをあげる。
アスターは怒りに
「おまえにメルは渡さない! ここから先にも行かせない! 実の父親も
「……っ! 嗤わせるな!」
エヴァンダールも剣を打ち交わした。
激しい
「何も切り捨てられない
「全部守るために、ここにいるんだっ」
「!?」
「今ここでおまえを止める。これ以上、思いどおりにさせない。メルもカトリーナも、おまえの手には渡さない!」
カトリーナの名を出されて──
エヴァンダールの怒りが頂点に達した。
──何度でもきれいごとを言う、その甘さ……。
本当に、こいつは……──こいつらは。
エヴァンダールは奥歯を噛みしめた。
目の前に迫る金髪の剣士が、その言葉が──
銀髪
──クロード王子を思い出して吐き気がする……!
「おまえにあの女が救えるなどとうぬぼれるなぁ……!」
「……っ!?」
この世界に生まれ落ちたことを嘆く、怒りと悲しみの音色。行き場もなく地上をさまよう亡者のような──深い
「おまえらに
──
剣技が、アスターに真っ向から襲いかかった。
漆黒の
足枷付きの少女やカトリーナがいることは頭になかった。
「……え……?」
剣の軌道上にいた少女が、
「…………っ!? メル!」
剣技を放ったエヴァンダールの目の前で、アスターがよけることもせず巻き込まれる。
(なっ……!?)
あまりの愚かさに瞠目するエヴァンダールの向こう、竜巻じみた剣技の燐光が、やけに鮮やかに光って……。
そのすべてを──
爆風に巻き上げられた煙がのみ込んでいった。
(第十章・了)
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