最終章 再来の王子
最終章1話 王子ふたり
──初めて会ったときから、そいつはどこか気にくわなかった。
『──ねぇ、ここ空いてる?』
『…………どうぞ』
十六歳のエヴァンダールは、相手の顔も見ずに言った。
ノワール王国で行われた建国記念式典──そのあとのパーティー会場だった。
道中、亡者に襲われる危険のある情勢下で、国同士の交流はさほど活発に行われてはいない。
送り込まれたのは、父王の気まぐれだ。ふたりの兄王子が公務で忙しく、融通の利いたエヴァンダールが
エヴァンダールもノワール王国に足を踏み入れたのは初めてで、特に知り合いもいなかった……のだが。
他国の貴族たちが繰り広げる実のない退屈な話に
やれどこそこの令嬢を紹介するだの、
逃げるように向かったパーティー会場の
(…………勘弁してくれ)
不機嫌が顔に出ないように最大限の注意を払って振り向いて……固まった。
彼がその場にたたずんだだけで、空気の色が
月の光をこぼしたように
『はじめまして。君、グリモアのエヴァンダール王子だよね?』
『えぇ、クロード王子。お初にお目にかかれて光栄です』
握手に応じようとした手が汗ばんで、笑顔の裏側で、ひそかにぬぐった。
エヴァンダールの意思に反して、鼓動は熱く脈打っている。
葬送部隊の最先端であるノワール王国、唯一の王子にして──生まれたときから次期ノワール国王の座を約束されている青年。
(これが……噂のクロード王子、か)
亡者のはびこるこの世界において戦いを嫌い、周囲の顔色をうかがい、何も決めることのできない
──……が。
『僕のこと、覚えててくれたんだね。嬉しいな』
『──……。…………えぇ、まぁ。主催国の王子ですし』
……ガクッときた。
そんなこちらの胸のうちも知らず、クロードはにこにこと言う。
『グリモアに年の近い王子がいるって聞いて、前から一度話してみたかったんだ』
『…………はぁ、』
こちらが面食らうことを平然と言ってのける。
十六歳のエヴァンダール少年は眉根を寄せた。……思わずぼやいた。
『……年、近いか?』
『十九なんだ。君とは三つ違い』
『……知ってるけど……』
…………。まぁ、兄王子のレオンやクリストフに比べれば、近いと言えなくもない、けど……。
(……何なんだ、こいつ。仮にも主催国の王子が、まさか客の顔と名前覚えてないなんてことないだろうな。……いや、これは俺を油断させる
イラつきながら
『あら、クロード──お友達?』
彼女をひと目見て……エヴァンダールは目を奪われた。
天使が地上に舞い降りたかと思うほど美しい女だった。
背中にゆるく流れるプラチナブロンドの髪と
手には、真っ赤なチェリーの入ったシャンパングラスと、紫色の宝玉をはめこんだ
らしくなく鼓動が速くなった。
エヴァンダールは視線を逃がした。
『いや、友達では──』
『あぁ、エヴァンダール王子、彼女はルリア・エインズワース。我がノワールの謡い手です。──ルリア、こちらはグリモアのエヴァンダール王子。さっき友達になったんだ』
……なってねぇよ!
という心の叫びを、自制心を総動員して押しとどめた。
仮にも主催国の王子に
プラチナブロンドの髪をした謡い手はにっこりと笑った。
『グリモアの方、ノワール王国にようこそ。ゆっくりしていらしてくださいね』
心とろけるような微笑みを残して、ルリア・エインズワースは去っていく。その後ろ姿を、エヴァンダールはどこか名残惜しい気持ちで見送った。
クロードが内緒話でもするように言った。
『もしかして、君もみんなから逃げてきた?』
『いや、俺は別に……』
図星だっただけに、とっさに、どうごまかそうか思案する。
そんなエヴァンダールに、クロードは気さくに笑いかけた。
『あっちの
……願ってもない提案だった。
実は、エヴァンダールの方も前から一度、話してみたいと思っていた……。
『……えぇ。いいですよ、クロード王子』
見る者が見ていたら薄ら寒くなるような笑みで、そっとつぶやいた。
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