最終章2話 核心に触れて

 クロードがエヴァンダールを誘ったのは、パーティー会場から続く天空回廊だった。


 回廊の両側には、やりを手にした黄金の甲冑かっちゅうやら、今にも動き出しそうなほど美しい女神の彫像やら、不老不死の霊薬でも入っていそうな重量級のつぼやらが立ち並んでいた。


 庶民しょみんどころか下級貴族の一財産にはなりそうな美術品や骨董品こっとうひんたちが、ノワール王家の威光を言外に物語る。


 頭上にまたたく星明かりの下──

 クロードが言ったとおり心地よい夜風がそよいでいた。



『ふぅ……やっと息がつけるな』


『……。パーティーの会場は苦手ですか』


『そうだね。ひとがたくさんいるところは息が詰まる』



 イタズラっぽく肩をすくめる。……エヴァンダールもそこだけは同感だった。


 クロードが知りたがったのは、グリモア国内の様子や動向だった。


 人々がどんな暮らしをし、どんなものを好み、どのような輸出入が盛んなのか。まるで人々の息づかいまで感じようとするかのように、瞳を輝かせて興味深そうにたずねてくる。


 亡者解放線の話や街頭演説デモのこと、ノワールには制度自体がないという奴隷たちの待遇たいぐうについては、顔をくもらせた。


 エヴァンダールは、質問の意外さに眉をひそめた。



『おかしな方ですね……。こんなこと、ご自身の臣下に訊ねればいくらでも知れるでしょうに』


『紙の上の情報はね。でも、実際にその国の方に話を聞いて、生の声を聞けるのは貴重だよ。亡者のせいでお互いの国の行き来が難しい今の情勢ではなおさら……ね』



 そこまで言って、クロードは『あ……』と思い出したように声をあげた。

 ……どうしたのかと思えば。



『すまない。君にとっては退屈な話だったよね。つい、自分が聞きたいことばかり話した。……ごめん』



 あたふたと、そんなことを言う。

 ……内心、あっけにとられた。



『いえ、俺もクロード王子とお話しするのはとても楽しいですよ』


『そうかい? よかった』



 碧の瞳がほっとしたようになごむ。

 ……その真意を、エヴァンダールは測りかねた。



(こいつ、どこまで本気なんだ……?)



 エヴァンダールは忘れない──ノワール王国が亡者を生み出した元凶げんきょうであることを。


 大人たちが裏でどんな手を回したのであれ、その研究をエヴァンダールが引き継いでいるのを知っているのであれば、エヴァンダールのことをわざわざひとけのないところに連れ出したのは十中八九、その話をするためのはずだった。

 それ以外に、クロードがエヴァンダールに特別、興味をもつ理由がない。


 いつまで経っても話を切り出さないクロードにしびれを切らして、エヴァンダールはついに、自分から核心に触れた。凄惨せいさんな笑みを浮かべて。



『クロード王子。俺もあなたとは一度話をしてみたかったんです──ノワール王国の亡者研究について』


『うん。何だい、それ?』



 にっこりと言ったクロードを前に──

 エヴァンダールは石像のようにピシッ……と固まった。


 …………。

 ………………は?

 今、こいつ何て言った……?


 クロードは思案顔をして、ふと得心したように言った。



『……あ。葬送部隊のこと? それなら、僕じゃなくてルリアの方が──』


『いえ、その……。不死の軍隊のこととか……』


『……? オカルト? 流行はやってるの?』


『……魂解析アナリスの、研究……』


『穴リス……──あ、わかった。生態学だ!』



 嫌な予感が、落雷のようにエヴァンダールを打った。



(まさかこいつ、本当の本当に、何も知らされてないんじゃ……!)



 ……いや、だまされるな。

 相手は諸悪の根源──ノワールの人間だ。

 これはシラを切るつもりで……。



(──いや、でも……!)



 顔に『人畜無害』とか『超天然記念物』って書いてある……。

 このすっとぼけた感じが演技だとしたら、よほどの腹芸の持ち主だった。


 ──そして、演技でないのなら……。


 こいつは何も知らされずに、ただ、守られて……。

 ……無条件に与えられて、愛され、て……。



(…………──っ。……何だよ、それ……)



 どす黒い感情が胸に渦巻うずまいた。


 ノワール王国の、たったひとりの王子。

 生まれながらに約束された玉座。才能あふれる美しい婚約者。華やかなパーティーに、数々の宝物アンティーク。亡者におびやかされることのない安全な王城……。


 こいつは、ハナから自分の力を周囲に認めさせる必要すらない。


 血がにじむような努力をして死にもの狂いでのし上がることも、軍人として亡者との戦いの中に身を投じることも、研究のために実の妹を実験台にすることも、ない。


 顔が熱くなるのが、自分でもわかった。

 急に、自分がひどくみじめな人間になったような気がした。


 同じ王子なのに……あまりにも違う。


 妾腹しょうふくの子としてうとまれ、周囲からさげすまされてきた自分とは。

 実の母親にまで「産まなきゃよかった」と言われた自分とは……何もかも。



(…………っ!)



 クロードは、にこにこ話している。



『ノワールにはシマタテナガリスっていうめずらしいリスがいてね、しっぽの先がくるんと丸まってかわいいんだ。グリモアにもリスはいるの?』


『──って、なんで俺があんたとリスの話なんかせにゃならんっ』


『えぇっ?』



 突如とつじょとして激昂げっこうした年下の王子に、クロードは目を丸くした。


 ……はらわたが煮えくり返った。


 こんな……ヤツが!

 魂解析アナリスの研究で俺たちがめた辛苦しんくも知らないヤツが……!

 生まれたときから周囲に相手にされない痛みも絶望も知らないこんなヤツが……!


 亡者を生み出した元凶の国の王子が、何も知らずに安穏あんのんと過ごしている……その理不尽。


 手近な柱にこぶしをたたきつけた。

 目の前の王子をなぐらないように、全神経を注がなければならなかった。



『なんで……だよ……っ!』


『……え……?』



 クロードの瞳が戸惑ったように揺れる。

 その様子がますますイラ立ちを誘った。

 悔し涙がにじんで視界がかすむ。目の前のものすべてを破壊し尽くすかのような衝動で叫んだ。



『あんたと俺で……なんでこんなに違うんだよ……っ!』



 叫んだ刹那せつな

 ガシャン、という音がして……──


 ──背後から何かが迫ってきた。

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