第10章6話 世界の王

 …………。…………。

 身体が、動かない……。


 メルはどうなった?

 エヴァンダール……は……?

 戦っていた……亡者、たち……は……──


 …………。

 …………──


 ぼやけた視界に、真っ暗な空間が茫漠ぼうばくと広がっている。

 アスターは、死んだ虫けらみたいに転がって、そこにいた。


 身体が言うことを聞かない。まるで自分のものではないみたいだった。

 剣の在処ありかが判然としなかった。

 自分が生きているのか、どうかも……。


 そのとき、何者かが、倒れた自分のそばに立つ気配がした。

 エヴァンダールかもしれなかった。

 なのに、指一本、まともに動かせない……。



「──ザマァないな、アスター」



 …………声が、降ってきた。

 エヴァンダールではない。もっと親しげな──

 二度と聞くはずがないと思っていた、なつかしい声。



「……クロー、ド……?」


「あれだけ僕に痛めつけられといて、まだ懲りないのか」



 そう言って、イタズラげにクスリと微笑む気配がする。

 まだノワール王国にいた頃──少年時代に交わした会話のように。



「言っただろ。僕は君のことが嫌いだ。ひとの痛みに鈍感で、突っ走って、置いてきたものに気付きもしない。正義感ばっかり強くて、無自覚に傲慢ごうまんなところが大嫌いだ──いい加減、見限れよ」


「…………嫌だ」



 アスターはうめいた。


 これが夢でも何でもいい。

 死にひんした自分が見ている白昼夢でも……かまわない。

 クロードに会ったら、伝えたいことがあった。


 たとえノワール王国が亡者を生み出した悪の元凶げんきょうだったとしても──

 そのことを生前のクロードが知っていて、アスターに言わずにいたのだとしても──


 俺、は…………──



「おまえがノワールで何をしていたかなんて関係ない……っ。死者の軍隊作る研究に関わっていようが、その失敗作の亡者が世界を滅ぼしかけようが──全部、。世界の全部がおまえやノワールを憎んでも、どんなにゆるされないことをしていたとしても、一緒に背負う。ノワールの王子である前に、主君である前に……おまえは俺の友なんだ」



 アスターがたどり着いた答えに、クロードはあきれたように笑った。

 交易町リビドの廃鉱で会ったときのような皮肉な笑みではなかった。友の愚行ぐこうに心底あきれたような……ほがらかな微笑み。


 手を──差し伸べた。

 倒れたアスターを……もう一度、立たせるために。



「アスター、力にすがりつく者は、たやすく力におぼれる。自分以外のものに力を預けるな。国も王も主君も──関係ない。おまえはもう、おまえの世界の王だ。自分の中にある強さを信じろ。……思い出せ」



 ……──思い出せ。

 おまえの中にある、自分自身の強さを。

 おのれの力を取り戻せ……っ!



「…………──っ!」



 アスターの中に、再びほのおともった。

 ありったけの気力を掻き集めて……その手をつかんだ。


 クロードに思いがけない強さで引き上げられ立たされる──華奢きゃしゃなように見えて、意外なほどの意志の強さを見せるのも昔のまま。


 クロードの透き通るようなみどりの瞳が微笑みをたたえて、銀の髪がさらさらと揺れていた。


 その姿を見て──

 胸がつぶれるような後悔が押し寄せた。



「……クロード、俺は……っ」



 ──リビドの廃鉱でおまえを守れなくて……。


 ……なのに。

 謝罪しかけたアスターの口を、クロードが封じた──指で。

 碧の瞳がイタズラげに、ニンマリと笑う。


 ……憤慨ふんがいした。



「…………っ! おまえなぁ……」


「アスターに背負われるのなんかまっぴらだ──このお人好し」



 少年時代に戻ったかのように屈託くったくなく笑う。

 そのクロードの輪郭が、光に溶けて薄らいでいった。



「! 待て、クロード。くな!」



 アスターはどういうわけか、そこから一歩も動けなかった。



「……っ! 俺は……背負うからな! おまえが嫌がったって……俺は……!」



 クロードが笑う……弱ったように。

 昔のような、どこかはにかんだような微笑み。

 声にならない言葉が、唇をいろどった。



 ──バカだな、アスター……。



 そんなことを、どこか嬉しそうに言って。

 クロードの気配は、今度こそ、光の中に消えていった……。

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