第1章3話 前借り

「何やねん、あいつ。あれが武器屋の台詞か?」


「パルメラさん……」


「あんなおっちゃんの言うこと、気にすんなや」



 通りに出ても、パルメラはまだ怒っている。メルは真新しい魂送りの杖にそっと目を落とした。


 ──子どもの行く戦場ところじゃない。


 でも、魂送りをするというのは、そういうことだ。

 亡者と戦う剣士と手を組んで、亡者が弱ったところで魂を彼岸に送り返す。


 新しい杖を買い直すということはそういうことだった。

 魂送りでなら──メルも、役に立てる。



「…………がんばらなくちゃ」



 ぎゅっと杖を握りしめるメルの背中を、パルメラがぽんとたたいた。



「……まぁ、なんや。あんまり思いつめたらあかんで? アスターだって、まだやっと護衛仕事を再開したとこや。ふたりで一歩ずつ進んでったらええ」


「はい。パルメラさん、今日はありがとうございました」


「なんもや。……まぁ、さすがにギルドを手伝う分のお給金、前借りさせてっちゅうんはびっくりしたけどな」


「……うぅ」



 ──今日、パルメラに付き合ってもらった、一番の理由がそれだった。


 足枷付きのメルでは、武器屋に入る以前に門前払いされかねなかったのもあるが──たとえそうでなくても十四歳の女の子が気軽に入れる店ではない──商人ギルドの給金を前借りさせてもらうのに手っ取り早かったのが大きい。



「けどなぁ、魂送りの杖買い直すんやったら、アスターに言えばええのに。メルちゃんが言えば、すぐうてくれるやろ」


「だ、だからダメなんですってば。アスターに言ったら買ってくれるの、わかってるもん。ただでさえ宿のお金とか、全部出してくれてるのに……」



 奴隷でない以上、アスターとメルは主従関係ではない。


 書類上、メルの保護者という形になってはいるが、もとは赤の他人だ。メルが亡者に襲われて死にかけていたところを、行きずりに助けてもらったに過ぎない。


 彼の好意に甘え続けるわけにはいかない……。



「…………私、絶対役に立つから」



 こぶしを握りしめたメルを見ながら、パルメラがひそかに天をあおいだのを──本人は知らない。



  ☆☆



「──ちゅうわけで、メルちゃんにはあんたから預かったお金渡しといたけど」


「あぁ。……恩に着る」



 後日、アスターに事の次第を話したパルメラは、あきれたようにため息をついた。


 例によって、商人ギルドの商談室である。

 仕事柄、アスターに護衛仕事を斡旋あっせんするときに使っているが、最近はなんだか密談所みたいになっている気がするのもいなめない。


 先日、メルからショッピングに誘われたパルメラは、アスターにそのことを伝えた。そうして預かったのが、アスターのお金だった。


 間接的に、アスターがメルの杖の代金を支払ったことになる。……純粋無垢むくな十四歳の少女をだましたようで後味が悪い。



「……こんなまどろっこしいことせんでも、あんたがメルちゃんに小遣い渡してやればよかったんとちゃう?」


「俺が渡しても受け取らないだろう」



 憮然ぶぜんとして、アスターが言う。

 それはそうだ、とパルメラも思った。


 同じことをピエールにしたら諸手もろてをあげて喜ぶところだが、相手はメルである。理由のない親切は受け取れないと、断固として受け取り拒否をするのは想像にかたくない。



「っていうか、あんたがメルちゃんに杖うてやればよかったやん。それが一番、手っ取り早かったんじゃ……」


「……。本人が頼んでもいないのに、俺が買ってやるわけにはいかないだろ」


「でも……」


「俺が買ってやったから魂送りをすることになる。本人の意思じゃなく。……それじゃ、奴隷のときと変わらない。あいつにだって、自分の生き方を選ぶ権利はあるんだ」



 ──魂送りをしない、選択を。


 武器屋の店主が言ったことと同じだ。

 十四歳の少女が飛び込むには、亡者との戦いは過酷すぎる。斬っても突いても再生し、人間ひとを食らう異形の者と戦うには。


 それでなくとも、メルはこれまでにたくさんの死を見てきた。奴隷仲間だった子どもたちや、廃鉱での乙女たちの遺体や、目の前で死んでいった者たち……。


 そんな戦いを、本来は誰かが強要することなんかできない。あってはならない。


 メルはもう魂送りをする奴隷ではない。

 普通の子どもとして生きる道だってあるのだ……。



「──選ぶのは、あいつ自身だ」



 ひっそりとつぶやいたアスターに、パルメラはやれやれと肩をすくめてみせた。

 ルージュを引いた唇に、くすりとした笑みが浮かぶ。ひそやかに言った。



「ほんま難儀やなぁ……あんたら」

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