第1章2話 場違いな休日

 ──数日後。

 メルは、パルメラと一緒に町を歩いていた。


 屋台の呼び子たちの声が行き交う休日の大通り。親たちと遊びに出かける子どもたちのはしゃいだ姿が微笑ましい。いつもは海千山千の商人たちを相手取っているパルメラも、今日はリラックスした表情でのんびりと歩いている。



「いやぁ、感激や。メルちゃんの方から、うちを遊びに誘ってくれるなんて」



 本気で感激したみたいに、パルメラが言う。

 メルは首をすくめた。



「すみません。せっかくのお休みに付き合ってもらっちゃって……」


「何言うてんの。うちはめっちゃ嬉しいで? 女同士、水入らずでショッピング。……まぁ、せっかくなら、もうちょい色気のある場所に行きたかったけどな」


「あ、ははは……」



 立ち並ぶ店の中でも、ひときわ厳つい門構えの前で立ち止まる──「武器屋」。


 店の窓越しに、磨き上げられて真新しい刃を光らせる剣や斧が並んでいる。間違っても、普通の十四歳の少女が入る店ではない。


 店先でごくりとつばをのみ込んだメルに代わって、パルメラがあっけなく扉に手をかけた。



「入るで?」


「は、はい……っ」



 ガラン……。

 扉についたベルが鳴り、カウンター越しに筋肉隆々の店主がギロリとにらみをきかせた。客商売をしているとはとても思えない、地をうような声音。



「……いらっしゃい」


「ほな、邪魔するで?」



 笑顔でひらひらと手を振った褐色の肌の女商人と、その陰に隠れるようについている足枷付きの少女を見て、店主は意外そうに眉根を寄せた。が、興味を失ったように読んでいた新聞に目を落とす。


 パルメラも武器屋に来るのは新鮮らしく、ものめずらしげに店内をながめている。一見、のんきにしているようでも、頭の中で、商品のラインナップや値段、仕入れルートなどをめまぐるしく計算しているに違いなかった。


 足枷を見て追い出されなかったのに胸をなで下ろして、メルは店内を見回した。


 手入れの行き届いた両手剣や三日月のような曲線美を誇る片手剣、熊も両断できそうな斧に、よく飛びそうな弓矢に矢筒、ライオンや女神の横顔の描かれたたてや様々な素材の鎧兜よろいかぶと。その奥に──



(──…………あった)



 短杖ステッキ宝杖ロッドの並ぶひっそりとした一角に足を進めた。

 滅多に買う者もいないのか、他の武器や防具に比べて、レパートリーは少ない。木や金属の材質、はめられた宝玉いしの種類によって値段はまちまちだ。



「……あの。手にとってみてもいいですか?」



 てっきりメルのことを褐色の肌の女が連れてきた奴隷だと思っていた様子の店主が、おずおずと話しかけられて目をいた。が、何も言わずにぼそりとつぶやく。



「…………どうぞ」



 メルは一番、簡素な杖を手にとった。


 宝玉も何もついていない。ただ、小さな花をモチーフにした紋様が刻まれている。しっくりとなじむ手触りは、ひと月前の戦いのさなかに折れてしまった魂送りの杖を思い出させる。死んだ娘が亡者になっていたら葬送おくってほしいと、願いをこめて杖を鍛えてくれた心優しい職人の顔が……脳裏に浮かんだ。


 自分の中の聖性が、呼び覚まされていくのを感じた。

 手にした杖に、聖なる光が集まっていく。

 地上をさまよう亡者たちを彼岸に葬送る切なる調べがメルの中に流れ込み──自然と、口ずさんでいた。


 神代の、古い言葉。

 今では忘れられてしまったその響きが、清浄な小川のせせらぎのように、メルの中を駆けめぐって──


 歌が、響いた。


 かたわらにいるパルメラやカウンター越しの店主の存在も忘れた。ただ杖と、自分の輪郭だけがあって──



「────……」



 始まったときと同じく、唐突に、歌は終わった。 

 ほぅっと息をついて、気が付けば、パルメラが優しい面差しで見ていた。



「それにする?」


「……はい」



 微笑んで、メルはカウンターに向かった。

 店主は歌と踊りに圧倒されて、半ば放心していたらしい。その店主に杖を差し出した。

 受け取った男は、じろりとメルを見た。



「……。あんた、魂送りをするのか?」


「は、はい」


「……亡者と戦うのか」


「はい」


「…………そうか」



 いきなり何を訊くのだろう、とメルは首をかしげた。が──



「悪いことは言わない。やめておけ」


「……え……」


「あんたみたいな子どもの行く戦場ところじゃない」



 重苦しく言った店主の言葉が、戸惑うメルの脳裏に無数の針を散らした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る