第4章5話 戦う覚悟
交易町リビドを
フレデリカのマネージャーであるミラン青年が商人ギルドを訪ねて、メルのことを必死に捜していたパルメラたちに無事を知らせてくれた。
ピエールに預かったベストもそのときに返してくれて、メルの心も少しだけ軽くなった。
(パルメラさん、ピエール。私、アスターに会ってくる。必ず王都に行くからね……)
メルの無事を知って涙を浮かべたというパルメラたちの顔を思い浮かべて、メルはそっと心の中でつぶやいた。
そうしてフレデリカの所属する劇団メンバーは、王都リングドールに向けて出発した。
もちろん、猛獣たちがえっちらおっちら歩くわけではなく、
知ったとき、メルはハラハラしたものである。
「亡者に襲われたら、ひとたまりもないんじゃ……?」
「そういうときは、檻を切り離して人間だけ逃げるの。亡者は、動物は食べないもの」
フレデリカがあっさりと言う。
そういえば……と、メルも思い出した。
アスターと馬に乗ったときも何度かあったが、亡者が標的にしたのは人間だけだった。
「じゃあ、亡者に遭ったら、動物たちは野放し?」
「まさか。そんなことしたら大変よ。亡者が出る土地には腐敗が広がるし、どのみち生き延びられないしね。亡者から逃げ切ったら、あとからちゃんと回収に向かうわよ」
「はぁ……」
意外とサバイバルだった。巡業公演もラクじゃない。
そもそもメルはこんな大規模移動に行き会うのは初めてだった。
劇団員や裏方だけでも百人。それに護衛の傭兵たちが加わるため、百五十人からなる馬車が連なる。これに動物たち(の檻)の大移動もついてくる。ひとつの村が移動していると言ってもいい。
メルの立ち位置は、フレデリカの世話係といった感じに落ち着いた。
中には鎖の断たれた
メルは早速、サーカス団員の何人かと仲良くなった。
「メルー!」
「は、はいっ」
フレデリカの呼び出しで馬車に駆けていく。
フレデリカの馬車は彼女の楽屋のような扱いらしく、基本的に彼女とマネージャーのミラン、メルしか出入りしない。
「何やってたの?」
「亡者除けのおまじないを教えてもらってたんです。
メルからもらったミサンガに、フレデリカが目を丸くした。
誰かが編んだ手作りのミサンガには、まじないの銀糸が編み込まれていた。
劇団には幼い頃からいても、フレデリカは、ミサンガなんかもらったことがない……。
「……亡者除けなら、あなたの方が必要なんじゃない?」
「でも、私にはこれがあるから」
言って、腰にさした魂送りの杖をなでる。魂送りはできなくなったはずなのに。それでも大切そうに。
「……受け取ってあげるわよ。仕方ないわね」
「『ミサンガをありがとう、とっても嬉しい』って言ってるんだよ」
「ミラン。あなた、勝手に私の通訳をするのはやめなさいっ」
横からにこにこと注釈を入れるミランに、フレデリカが目を
フレデリカと一緒に過ごすうち、メルにも、当初は見えていなかった一面が見えてきた。
表面上は高飛車で
朝は日の出とともに起き出して、人知れずトレーニングに励む。同い年の子たちが談笑している間にも、台本を読む込んだりダンスや発声練習をしたりと、ずっと
メルはフレデリカに付いて回り、身の回りのことを手伝いながら、朝な夕な、彼女の秘密の特訓に付き合った。
「ちょっ……待って。ちょっと、休憩ー……」
「だらしないわねぇ。まだ腹筋百回もやってないわよ」
「フ、フレデリカさんって……実は、アスターみたいなとこあるよね……」
「失礼ねっ。この私を、あのぶっきらぼうでいけ好かない剣士と一緒にしないでくれる?」
しみじみと言ったメルに、フレデリカは反論する。
同族嫌悪なのでは……と思ったメルだった。
フレデリカは休むことなくトレーニングを続けている。
旅の間は公演も入らないから、これを機会に羽を伸ばす劇団員も多いのに……。
野営のために張った
「なんでそんなにがんばるんですか……?」
荒い呼吸をなだめながら訊いた。
ファンの笑顔が待っているからとか、主演女優賞をとりたいからとか……そんな理由なのかと思っていたのに、フレデリカの答えは全然違った。
「力を出し切らないで後悔したくないから」
「……それだけ?」
「そうよ。他に、何か理由がいる?」
フレデリカの答えは、単純明快だ。
単純明快すぎて──……わからない。
誰かのためにがんばるのが当たり前だったメルには。
「がんばったって、結果なんかついてくるとは限らない。散々練習してがんばっても、ケチョンケチョンに酷評されることなんかザラなのよ。努力したって必ず報われるとは限らない。自分はよかれと思ったことが、誰かを傷付けることだって、ある。なら──自分のためにがんばるしかないじゃない。がんばったらがんばった分だけ、誰かが笑顔になってくれるなんて……ただの思い上がりよ」
「…………」
ぽかん、とした顔をしていたと思う。
てっきり……フレデリカががんばるのは、誰かのためなんだと思っていた。
お客さんを喜ばせたくて、誰かに「いい舞台だった」と言ってほしくて、だからがんばるのだと。──なのに。
自分が後悔しないため……?
「それで……。結果が出なかったらどうするんですか? 誰も認めてくれなかったら?」
フレデリカは肩をすくめた。
「そのときは──
「でも、私は魂送りで役に立ちたいんです。──アスターの役に」
思わず口走って……──はっとした。
フレデリカの話をしていたのに、なんで魂送りのことなんか……。
でも、フレデリカの話を聞いてるとまるで──
──がんばってもできないなら、魂送りをあきらめろ、と言われているようで……。
フレデリカは、話のすり替えをとがめなかった。ただ
「じゃあ、訊くけど。あのアスターって剣士が魂送りをしてくれって、あなたに言ったの?」
「違……。アスターはそんなこと言わない、です。魂送りはいらないって、普通の子どもとして暮らしていいって。でも私は……っ」
魂送りをすれば、王都に行ってもアスターの役に立てる。肩を並べられる。対等で──いられる。
──……本当に?
パルメラたちのいる商人ギルドにいられなくなっても、王都に行けばアスターに会えると思った。
魂送りができれば、またアスターのもとで過ごせると思った。
でも……──
魂送りをしたって、アスターが迎えてくれるとは限らない。
メルはそのことに、やっと思いいたった。
「…………」
「あの剣士には、あいつなりの理由があるんでしょ──戦う理由が。あなたはどうして戦場に立つの?」
「…………私、は……」
──やめておけ。あんたみたいな子どもの行く
武器屋の店主の言葉が、今になって耳を打つ。
知らず知らずのうちに、奴隷だった頃の
メルはもう「奴隷」ではない。
主人に命じられて魂送りをするしかなかった、あの頃とは違う。
でも──
足首につけた足枷が
自分ですがりついた重みだった。
自由になることを心が
残ったのは、魂送りがなければ空っぽな自分……。
答えかねているメルを、フレデリカは憐れんだようだった。
「あなたはまだ自分の舞台に立つ覚悟ができていない。全然。……あの剣士さんを理由にしたら、彼がかわいそうよ」
フレデリカのため息が、メルの足元に落っこちてきた。
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