エピローグⅣ──雪下に咲く花
リビドの町並みが白く染まる。
降りしきる雪の中、クリーム色の傘をさした少女が歩いていく。足枷がなくなって、弾むような足取りで。
「……メル、あんまりはしゃぐと転ぶぞ」
「はーい!」
ふたりで新しくとった、その宿に向かう道のりだった。
ただでさえ足元が
メルは……──
「──それで、いつまでこの町にいるんだ」
「え?」
「フレデリカたちから、ついてこないかって誘われてただろ」
アスターに言われて、メルは目を丸くした。
「えっと……あれ? アスター、あのとき聞いてなかったんですか?」
「……いや……」
アスターは目を泳がせた。
まさか、聞くのが怖くて逃げ出したとも言えない……。
でも、グリモアの葬送部隊に行くと言ったとき、メルは止めなかった。自分の寂しさを包み隠して、送り出してくれた。
だから、自分も──……
「──どっちもやってみる!」
「…………は?」
間の抜けた声が出た。
「魂送りと舞台、両方やってみる。またこの町に来たときには演技指導してくれるってフレデリカさん、言ってたし。商人ギルドのお手伝いは少なくなっちゃうけど……パルメラさんもピエールも応援するって言ってくれたし!」
「……え……」
自分の知らないところで、いろいろと算段をつけていたらしい。アスターは目を白黒させた。
「やってみる前から両方叶わないなんて思っちゃダメですよね。それでダメだったらまた考えればいいもん。失敗しても死ぬわけじゃないんだし……──って、アスター?」
メルがきょとんとして首をかしげる。
アスターは脱力して、地面にめり込むかと思った。
(まったく、こいつは。本当に……どこまでも……)
こっちの予想を、遥かに越えてくる。
本当は、どこまでも先を駆けていく。
本人が気付いていないだけで……。
我知らず口元に笑みがにじんで……笑いがこみ上げた。
「ア、アスター……?」
「……。おまえって、そういうヤツだったよなぁ」
「ど、どういうヤツですかっ」
しゃがみ込んで静かに肩を震わせるアスターに、メルがあっけにとられている。
アスターは、笑いすぎた目尻をぬぐった。
誰かが作った雪だるまの横をふたりで傘を並べて歩いていく。街灯の
やがて王立劇場の前に差しかかった。舞台『河のほとりの恋人たち』のポスターが大きく貼り出されているのを見て、ふと、メルが言った。
「そういえば、どうでした?」
「……何が?」
「──シャルライン役」
「あぁ……」
アスターは思い返した。
戦いに夢中ですっかり忘れていた。
……というか、あのときはエヴァンダールと一騎打ちをする予定だったから、肝心の劇をほとんど観ていない。
まして──
(……まさかクライマックスだけ観て泣いたなんて……)
──言えるわけがない……。
メルがいつになく真剣な眼差しを向けてくるのに、つい逃げ出したくなった。
……だが、何から?
「…………。ずいぶん丈の長いドレスを着ていたな」
「え……。うん……」
「あんなのでよく戦えたな……」
「……う、うん……」
なんとか無難な答えを出したアスターに……メルはなぜか、むっと頬を膨らませた。
「……っ。もういい。知らないっ」
雪を踏みならしてずんずん歩いていく。
「──…………似合ってた」
「……え……」
「たまには、あんな格好もいいんじゃないか……」
不機嫌に視線を泳がせて、アスターは言う。
メルは頬を真っ赤に染めて──
はぁー……とため息を逃がした。
「……。アスターに期待した私がバカでした」
「なっ……! 何が……」
「もういい。勘弁してあげます」
「だから、何を……?」
くすりと、メルは笑った。
「しょうがないなぁ。アスターはアスターでいいですよ」
「…………」
納得のいかない顔で憮然とするアスターに、メルはくすくす笑う。
「あのね、アスター……」
「──ん?」
持ち手にビーズのストラップのついたクリーム色の傘をさしたまま、くるりとアスターに向きあった。この町でアスターを見送った日のことを、昨日のことのように思い出しながら……。
──また会えたらちゃんと言おうって決めていた。
あの日の
「おかえりなさいっ」
足枷のなくなった少女が、軽やかに笑う。
凍える大地を踏みしめて……確かに、自分の足で立っている。暖かな春に咲く一輪の花のように。
その陽だまりのような微笑みに──
「…………ただいま」
アスターの口元にも、はっきりとした笑みが広がった。
(『葬送のレクイエムⅡ』──完)
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