第2章2話 弁償

「──いや、メルはメルだろ?」



 商人ギルドでの昼休み。気晴らしにメルを外に連れ出したピエールがあっけらかんと言った。


 しとしとと降る雨の中──

 昼食を食べ終えて商人ギルドに戻る帰り道を、ふたり分の傘を並べて歩いた。様々な人種が行き交うリビドの街路で、色とりどりの傘が花のように咲いている。



「メルだって、アスターさんが魂送りに役に立つから一緒にいるわけじゃないってわかってんだろ」


「うん……。でも、私、迷惑かけてばっかりで……」


「んなこと言ったらオレもパルメラさんに合わせる顔ないって。今まで何回ヘマしてお客さんに契約切られたと思ってんの?」


「全然、自慢にならない武勇伝だね……」



 少なくとも胸を張って言えることではない。パルメラの怒り顔が目に浮かぶ……。

 ピエールは鼻の頭を掻いた。



「迷惑なんてさ、人間、誰でもかけあってんの。だから次こそは挽回ばんかいしようと思ってがんばるんじゃん。……それとも何。魂送りできなきゃ生きてる資格ない、とか思ってんじゃないよな?」


「そ、そこまではもう思ってない、です」


「──『もう』?」


「あぅ……!」



 ピエールがうろんな目つきをする。メルは自分の失言を悟った。



「前は、魂送りをしなきゃ生きてる価値ないってご主人様に言われてたから。でも、今はもう思ってないよ。リゼ──……昔の仲間たちの分も生きるって決めたの」



 メルの決意に、ピエールの顔から疑り深さがぬぐわれる。ほんの少し。

 でも、口はむっと曲げてまだ不満げ。



「……お、怒った?」


「はぁ……。メルのそーゆーとこ、大分、直ってきたと思ってたけどなぁ」


「あ、あはは……」



 ひと月余りの付き合いで、早くも見抜かれている……。



「メルはそのまんまでいていいっつの。なんならオレから直接、アスターさんに訊いて──」


「あ。ピエール。前見て、前!」


「うわっ」



 もっていた傘ごと背中でぶつかって、商館の前に立っていたいわおのような男に弾き飛ばされる──寸前。

 相手の手が伸びてピエールを支えた。反動で、水たまりの中に片膝を突く。



「大丈夫か?」


「は、はい……って、うわぁ、すんません! 服が……」



 この辺りでは見ないほど膨らんで豪華なリボンタイ。裏地までつやつやと輝く外套マントを留めた肩章けんしょうと刺繍入りの生地で作られたウエストコートは間違いなく特注品オーダーメイドだ。これまた立派な装飾の剣をさげた純白のズボンに、無残な泥の染みがついている。


 ……誰のせいかは言うまでもない。



「すすす、すんません! 弁償……べんしょ……」



 ……──できる額じゃないかも。


 これだけの服を着れるということは、まず間違いなく貴族か豪商で──……しかも、剣をさげている。どこぞの貴族の剣士が無礼を働いた子どもを怒り狂って斬り捨てたなんて話も風の噂で絶えない。


 ピエールとメルは青くなった。



「うわぁ、すんません! すんません!」


「ピ、ピエール、落ち着いて。パルメラさんに相談すればお金はなんとか──」


「あのパルメラさんがこんな間抜けなことに金貸してくれると思う!? 絶対、殺されるって!」


「うっ……」



 ──そうかも……!


 三十代も半ばな大男は、十代半ばの少年少女が右往左往しているのにぽかんとし……次いで、豪快に笑った。

 肩章を揺らして笑っていると、小柄なメルには山が動いているように見える。



「あっはっは。元気なガキどもだなぁ。心配せんでも取って食いやせんて」


「……え……」


「傘ももたずに出てしまってな。大通りに出ないと馬車もつかまらんし、どうせ雨に濡れて帰るしかないと思ってたとこだ」


「そ、その服でですか……?」


「うん?」



 何かいけんか、というふうの大男。

 ふさふさした眉毛とひげ面が純朴じゅんぼくな熊みたいに見える。



「待ってください。せめて通りで馬車を呼んできます」


「あぁ、いいよ。お嬢さんも仕事中だろ? 昼休み、終わるんじゃないのかい?」


「え……」



 どうしてわかったんだろう。

 男はメルの足枷あしかせをチラリと見て、唇にあいまいな笑みの形を引いた。



「俺ぁ、ギルドの客じゃなくてね。ひとを訪ねてきただけなんだ。あんまり迷惑はかけられんよ」


「じゃ、じゃあ。せめてこれを」



 男は、メルの差し出したクリーム色の傘を見た。

 持ち手についたかわいらしいビーズの飾りに──破顔した。



「──もらっておこう。クリーニング代だ」



 妙に愛嬌あいきょうのあるウィンクをして、小さな傘をちょこんと差して去っていく。

 傘を渡したメルと命拾いをしたピエールは、しばし放心しながらそれを見送って──



「あ、やべ。昼休み終わってる!」



 ──ギルドの事務室で、パルメラに大目玉を食らった。

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