第9章10話 魂送りの少女

(……。妙だな……)



 エヴァンダールは眉をひそめた。

 演者キャストも亡者もいなくなった舞台の上、魂解析アナリスの魔方陣からあふれる清浄な光が消えない……。

 確かめようとして魂解析アナリスの魔方陣に向かって足を踏み出した──刹那。

 爆発的な閃光せんこうに目がくらんだ。



「ぐっ……!? 何だ、あの光は……っ!」


「きゃあっ!?」


「! カトリーナ……!」



 ──……歌が。



 魂解析アナリス禍々まがまがしい旋律を打ち消し調和するような温かな歌声が辺りを包んだ。心とろかすような曲調。意味も忘れ去られた神代の言葉がつむがれて、高く高く響いていく。


 エヴァンダールは、その心安らぐはずの歌にむしろ戦慄せんりつした──魂送り。

 本来は、死者の魂の安寧あんねいを祈り、忘却の河へ送り返すはずの歌と踊り。



(どういうつもりだ? あの小娘、血迷ったのか!?)



 魂解析アナリスで魂を逆解析され、アスター・バルトワルドは半ば亡者化していた。

 今、魂解析アナリスの術式に取り込まれたこの状態で魂送りをするということは、彼の魂を忘却の河に葬送ること──ひいては、足枷付きの少女自身がアスターに引導を渡すことになる。


 あるいは──

 人間ヒトとして安らかに眠らせてやろうという腹づもりなのか。


 エヴァンダールは口のをゆがめた。



「……はははっ! 命しさに自分を助けてくれたヤツを葬送るか。無様だな、防国の双璧。所詮、おまえらのきずななんてそんなものだ。都合がいいときにだけ救いを求め、そうでないなら平気で切り捨てる! 信じたものにさえ簡単に裏切られる……!」


「エ……エヴァ兄様、魂解析アナリスが……!」


「!? ……どうした」



 魂解析アナリスを展開させていたカトリーナが青くなった。

 魔方陣を通して発動させていた魔術を、信じがたい力で押し返されて。


 ──いな

 ただ押し返しているのではない。

 これは……!



「私の魂解析アナリスが……解析した構成式が『戻され』ていく!」


「なんだと……!?」



 エヴァンダールも目をいた。


 魂解析アナリスが「組み換え」た魂の構成式を、元のとおりに「組み換え」直す。そんなことのできる計算式は開発されていない──……不可能だ。

 ……なのに、それが現実に、目の前で展開されている。



「なんだ、あの術は。ただの魂送りではないのか!?」


「くっ……! 兄様、このままじゃ魂解析アナリスが保たな……きゃあああぁぁっ!」


「カトリーナ!?」



 魂解析アナリスに使っていた魔術を弾き返されて、衝撃がカトリーナを襲う。もっていた護符が燃え上がり、消し炭になっていく……。


 魔方陣の燐光を塗り替えた清浄な光の中──

 逆光になっているはずなのに、エヴァンダールは確かに、こちらを凜と見据みすえて舞い踊るひとりの少女を見た。


 その眼差しが、エヴァンダールのことをまっすぐ射抜いた。



「もうこれ以上、あなたの好きにはさせないっ!」


「──!? 奴隷の小娘ごときが……何を!」



 そして、もうひとり──

 聖性の光の中から、何かが飛び出してくる。

 その正体を見切って、エヴァンダールは真っ向から迫る剣を受け止めた。



「……っ! アスター・バルトワルド!? 亡者になったはずじゃ……!?」



 ……いや。あの小娘だ。

 魂解析アナリスの魔方陣からアスター・バルトワルドと一緒に生還した少女。


 カトリーナの魂解析アナリスを無効化し、魂の「書き換え」を戻してみせた。亡者どもの魂をあるべき彼岸ばしょに還す魂送り──その逆に、生者の魂をあるべき此岸ばしょへと還してみせた。


 ギリッと奥歯を噛んだ。

 あんな奴隷上がりの小娘に、魂解析アナリスが破られた……!



「亡者にでもなっておとなしく我が配下に下ればいいものを……。そんなボロボロの身体で何ができる。なぜそこまでして刃向かう、アスター・バルトワルド!」


「俺がまだ……生きてるからだっ!」



 魔術を受けた余韻よいんで肩で息をしながら、ありったけをこめてアスターは叫ぶ。

 双頭の獅子の剣と不死鳥の剣が、真っ向からぶつかって火花を散らした。



(第九章・了)

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