第10章3話 終演ベルはまだ鳴らない

「アスター、何が起きたの!?」



 アスターに抱えられて間一髪、魔力の爆発からのがれたメルは叫んだ。安全を確かめたアスターの手で地面に降ろされる。



「カトリーナの魔力が暴発した。麻薬アヴァロンが切れて魔術が制御できなくなってる」


「……っ!? あんなボロボロの身体で魔術を使ったら……!」


「……どうやら俺たちも他人ひとの心配してる場合じゃないみたいだ」


「……え……」



 アスターが目をやった向こう、血のように真っ赤に輝く魔方陣の中心にカトリーナがいた。明らかに正気を失い、全身から魔力を陽炎かげろうのようにれ流している。



「兄様兄様ニイいさま兄様にいさま兄様ににいさま兄様にいさまにイいさま兄様にいさまぁぁぁぁ……!」


「……っ! 来るぞ!」


「!?」



 ──……亡者が。



 客席の方に向かっていた亡者どもが、一斉に舞台に向いた。

 カトリーナの魔力に反応したのか、雪崩なだれのように迫ってきた。

 その最中さなか──



「きゃぁぁっ!」


「うわぁぁ……来るなぁ!」


「! フレデリカさん! ミランさん……!」



 視界の端──

 舞台のすみにいたフレデリカたちがげていた。



「くっ……! 残光蒼月斬!」



 ふたりに迫っていた亡者をアスターが斬り伏せ、メルが魂送りする。



「フレデリカさん、ミランさん、逃げて!」


「……っ! 逃げてって……あ、あなたたちは!?」


「俺たちはカトリーナを押さえる。魔術がなければ、亡者どもの統率が解けるはずだ」


「……! そんな……この数の亡者を相手にムチャだよ」



 フレデリカとミランが愕然とした。


 舞台に向かってきている亡者だけでも、軽く百体は超えるだろう。しかもカトリーナの魔術のせいで、通常の亡者にありえない統率立った動きで疾駆しっくしてくる。



「……っ! あなたたちを置いて逃げるなんて……っ」



 自分の身よりもメルたちのことを心配してくれるフレデリカに……メルは微笑んだ。



「大丈夫だよ、フレデリカさん。アスターは強いもん」


「……メル……!」


「私なら大丈夫。アスターは負けない。一緒に生きて帰るよ。だから、フレデリカさんたちは安全なところに。……ね?」


「……メル……」



 フレデリカは立ちすくんだ。


 メルだって怖いはずだった。エヴァンダールの前に立ちふさがったときでさえ、傍目はためにもわかるほどブルブル震えていた。……なのに、逃げない。

 魂送りの杖を手にして、アスターの隣に立っている。

 戦う覚悟を、確かに、胸に宿して……。



「……。私は、今日の舞台で満足しきってないんだから」


「……フレデリカさん……?」



 フレデリカは、涙を溜めてメルを見た。



「帰ってきなさい。舞台はまだ終わってないんだから。あなたの配役、劇団にちゃんととっておく。舞台に穴を開けてこの私に恥をかかせたら承知しないんだからね……っ」


「……──!」



 フレデリカの言葉に、ミランも温かくうなずいた。


 アスターの魂を現世にび戻したように──

 メルのことを待っていてくれるひとがいる。



「うん……!」



 フレデリカとミランが駆けていくのを見送って、メルは亡者の群れに向き直った。


 ──あの向こうに、カトリーナがいる。

 ……絶望に打ちひしがれ、正気を失った王女が。



「メル、戦えるか」


「うん……っ」


「全部倒さなくていい。今はカトリーナに近付くことだけに集中しろ」


「……! わかった」



 アスターがふっと口元をゆるめた……気がした。でも、すぐに前を向いて、表情を引きしめる。肉塊にくかいのようにひとかたまりになった亡者どもへ、剣をかまえて一気に駆け抜け──振りかぶった。



「──残光……蒼月斬!」



  ☆☆



(ちっ……! 俺まで襲ってくるとは……!)



 向かってくる亡者どもを剣技で迎え討ちながら、エヴァンダールは舌打ちした。


 魂解析アナリスで亡者を滅してくれるはずの謡い手はいない。……無限に再生する亡者を相手に、エヴァンダールにもとどめをさす手段はない。


 ちらりと、カトリーナを中心として展開している魔方陣の方を見やった。


 あのカトリーナの様子──明らかに正気を失っている。

 魔力の暴走を止めるには……。



「…………。……仕方ない、な」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る