第3章6話 褐色の双子
「──それでは、こちらで武器をすべて預からせていただきます」
馬車を降りて王子の謁見室に向かう途中、検問所でアスターは足を止めた。
腰に帯びた剣を見やる。
「……。……もったままじゃ、ダメか?」
「規則ですので……」
衛兵が困ったようにジェイドを見る。
ジェイドも肩をすくめた。
「すまんな、アスター。ここから先は、特別に帯剣許可の降りた者しか武器の類いはもち込めんのだ」
「…………」
剣のずしりとした重みを確かめるように、腰のベルトから外した。
途端、足元が揺らぐような、心もとない浮遊感に襲われた。
重圧から解放されたように感じるかと思ったら、逆だった。剣の重さが自分の一部になっていたことに、改めて気付く。
アスターから剣を受け取ると、衛兵はほっとしたように頬をゆるめた。
何人もの取り次ぎを介し、歴代の国王夫妻の肖像画のかかった控えの間を次々と通過して、城の奥に向かう。
そうしてたどり着いた謁見室で──
アスターは、初めて、グリモアの末王子を見た。
「貴殿がアスター・バルトワルドか。ノワール王国の防国の双璧殿……想像していたよりずいぶんと優男なんだな」
──底知れない闇の瞳だと思った。
壇上の椅子に座って
生来の
王子の意外な
……そこへ。
薄布のベールを
長いまつげの下、切れ長の瞳がまたたいてアスターを見る。現れた女は──エヴァンダール王子とそっくりな外見をしていた。
「──……双子?」
思わずひとりごちたアスターに、エヴァンダールが笑う。してやったりと。
いたずらを成功させた子どものような笑みで。
「あぁ、紹介しよう。妹のカトリーナだ。我が国最高の
「……!?」
その王女の背後に付き従って、控えていた従者が何かを手渡す──剣だった。
「我がグリモア王家から、あなたにこの剣を。防国の双璧殿の葬送部隊入りを祝して。……私たち、いい相棒になれますわ」
薄布のベールの下、にこりともしないで言う。
カトリーナの捧げもつ剣を前に、アスターは退路をふさがれた気になった。
剣の柄には、グリモア王家の不死鳥の紋章が刻まれている。……受け取れば、グリモアに忠誠を誓うという意思表示になる。
あとずさりそうになるのを、こらえた。
「俺には、もう剣が……」
「あなたの主人は、もういない。あなたがグリモアに仕えても、何も裏切ることにはなりません……」
カトリーナが、そっとささやく。
仕える王子を前にして、その剣を断るなどありえない。
それはすなわち、その王子に不忠を働くということだ。……隣に控えているジェイドの顔にも
壇上のエヴァンダール王子がこちらを見ている。おもしろげに。
こちらの迷いを見透かして、あえて試しているかのようにも見えた。
……アスターが信頼に足るかどうかを。
信頼に足らない
カトリーナの黒い瞳がまたたく。
兄王子と同じ、吸い込まれそうに深い闇の色……。
「……もう、決めたのでしょう? グリモアの葬送部隊に入ると決めたときから。あなたは自分で選んだはず。誰を主人にするのかを……」
「…………っ!」
淡々と、カトリーナが迫る。
アスターが剣を受け取るように。
脳裏に、クロードの姿が浮かんだ。
彼のかたわらで、微笑んでいたルリアの姿も。
彼らはもう、どこにもいない。
(…………)
やがて──
最後に浮かんできた少女の笑顔を思い出して、アスターは、握っていたこぶしをふっとゆるめた。
(…………メル)
──今の自分が、守ると、決めたもの。
惑いに揺れていた瞳が、ふと、焦点を定めた──目の前にささげられた剣に。
アスターは、それを受け取った。
壇上で、エヴァンダールの笑みが深くなる。
「歓迎しよう。ようこそ、我がグリモアの葬送部隊へ」
──たくされた剣は、信じられないほど軽かった。
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