第3章6話 褐色の双子

「──それでは、こちらで武器をすべて預からせていただきます」



 馬車を降りて王子の謁見室に向かう途中、検問所でアスターは足を止めた。


 腰に帯びた剣を見やる。つかに双頭の獅子ししの意匠が彫り込まれた剣──かつての主人だったクロードからもらったもの。



「……。……もったままじゃ、ダメか?」


「規則ですので……」



 衛兵が困ったようにジェイドを見る。

 ジェイドも肩をすくめた。



「すまんな、アスター。ここから先は、特別に帯剣許可の降りた者しか武器の類いはもち込めんのだ」


「…………」



 剣のずしりとした重みを確かめるように、腰のベルトから外した。


 途端、足元が揺らぐような、心もとない浮遊感に襲われた。

 重圧から解放されたように感じるかと思ったら、逆だった。剣の重さが自分の一部になっていたことに、改めて気付く。


 アスターから剣を受け取ると、衛兵はほっとしたように頬をゆるめた。


 何人もの取り次ぎを介し、歴代の国王夫妻の肖像画のかかった控えの間を次々と通過して、城の奥に向かう。


 そうしてたどり着いた謁見室で──

 アスターは、初めて、グリモアの末王子を見た。



「貴殿がアスター・バルトワルドか。ノワール王国の防国の双璧殿……想像していたよりずいぶんと優男なんだな」



 ──底知れない闇の瞳だと思った。


 壇上の椅子に座って傲岸ごうがん不遜ふそんに言い放ったのは、二十歳ほどの青年だった。


 生来のくせで放っといてもくるくるとうねる自由奔放ほんぽうな黒髪に、切れ長の黒眼。王子服の下にのぞく褐色かっしょくの肌は、彼が南方の民族の混血であることを示している。


 王子の意外な風貌ふうぼうに、アスターは内心、目をみはった。


 ……そこへ。

 しゃの向こう側から、若い女が現れた。


 薄布のベールを宝冠ティアラで留め、布地をたっぷりと使った繻子サテンのドレスを着ている。

 杏子あんず色の布地の胸元には宝石の代わりに刺繍ししゅうがたっぷりと施されて、褐色の肌とストレートな黒髪によく映えている。


 長いまつげの下、切れ長の瞳がまたたいてアスターを見る。現れた女は──エヴァンダール王子とそっくりな外見をしていた。



「──……双子?」



 思わずひとりごちたアスターに、エヴァンダールが笑う。してやったりと。

 いたずらを成功させた子どものような笑みで。



「あぁ、紹介しよう。妹のカトリーナだ。我が国最高のうたい手。そして、今から──貴殿の新しい相棒パートナーになる女だ」


「……!?」



 唖然あぜんとするアスターに歩み寄って、カトリーナはドレスのすそをもって優雅にお辞儀してみせた。


 その王女の背後に付き従って、控えていた従者が何かを手渡す──剣だった。



「我がグリモア王家から、あなたにこの剣を。防国の双璧殿の葬送部隊入りを祝して。……私たち、いい相棒になれますわ」



 薄布のベールの下、にこりともしないで言う。

 カトリーナの捧げもつ剣を前に、アスターは退路をふさがれた気になった。


 剣の柄には、グリモア王家の不死鳥の紋章が刻まれている。……受け取れば、グリモアに忠誠を誓うという意思表示になる。

 あとずさりそうになるのを、こらえた。



「俺には、もう剣が……」


「あなたの主人は、もういない。あなたがグリモアに仕えても、何も裏切ることにはなりません……」



 カトリーナが、そっとささやく。


 仕える王子を前にして、その剣を断るなどありえない。

 それはすなわち、その王子に不忠を働くということだ。……隣に控えているジェイドの顔にもどろを塗ることになる。


 壇上のエヴァンダール王子がこちらを見ている。おもしろげに。


 こちらの迷いを見透かして、あえて試しているかのようにも見えた。

 ……アスターが信頼に足るかどうかを。


 信頼に足らないこまなど即座に斬り捨ててみせるというような怜悧れいりあやうさを秘めて。


 カトリーナの黒い瞳がまたたく。

 兄王子と同じ、吸い込まれそうに深い闇の色……。



「……もう、決めたのでしょう? グリモアの葬送部隊に入ると決めたときから。あなたは自分で選んだはず。誰を主人にするのかを……」


「…………っ!」



 淡々と、カトリーナが迫る。

 アスターが剣を受け取るように。


 脳裏に、クロードの姿が浮かんだ。

 彼のかたわらで、微笑んでいたルリアの姿も。


 彼らはもう、どこにもいない。

 忘却レテの河を渡って、生者の手の届かない場所に逝ってしまった……。



(…………)



 やがて──

 最後に浮かんできた少女の笑顔を思い出して、アスターは、握っていたこぶしをふっとゆるめた。



(…………メル)



 ──今の自分が、守ると、決めたもの。


 惑いに揺れていた瞳が、ふと、焦点を定めた──目の前にささげられた剣に。

 アスターは、それを受け取った。

 壇上で、エヴァンダールの笑みが深くなる。



「歓迎しよう。ようこそ、我がグリモアの葬送部隊へ」



 ──たくされた剣は、信じられないほど軽かった。

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