第3章7話 一縷の望み

 交易町リビドにある王立劇場の楽屋で──

 メルが語った一部始終を、フレデリカは辛抱しんぼう強く聞いた。


 魂送たまおくりができなくなったこと、アスターがグリモアの葬送部隊に入るために王都へ向かったこと、奴隷管理局の職員に追われて商人ギルドを飛び出してきたこと……。


 話の途中、ミラン青年は席を立ってお茶を替えてくれた。温かいお茶は、泣いていたメルの心もなぐさめてくれた。


 話を聞いてもらったおかげで、気持ちも大分落ち着いてきた。……でも。


 商人ギルドにメルがいることは奴隷管理局に知られてしまって、のこのこと帰るわけにはいかない。


 戻れば、パルメラたちの迷惑になる……。


 メルが涙ぐみながら言うと、フレデリカはあっさりと言った。



「──そういうことなら話は簡単だわ。もう一度、魂送りってヤツができるようになればいいのよ」


「……へ?」



 フレデリカがこともなげに言ったから、メルはぽかんとした。

 マネージャーのミランもたしなめる。



「フレデリカ、そんな簡単なことじゃ──」


「だって、奴隷管理局に見つかるから商人ギルドには帰れない。魂送りができないから、王都に行った剣士にもついていけない。──なら、解決する見込みがあるのは魂送りの方よ。私たちが王都リングドールに着くまでに、また魂送りができるようになっちゃえばいいんだわ」


「……え。ええぇーっ?」



 そんなバカな……。

 頭がくらくらした。そんな簡単にできるなら、悩んでなんかいない。……が。

 そこでふと、フレデリカの言葉に引っかかった。



「……。『王都リングドールに着くまで』……?」



 にんまりと、フレデリカは笑みを引く。

 同性のメルでもれ惚れするぐらいに魅力的な微笑みだった。



「関係者区画にあった天幕、何だと思ったの? 巡業のために、劇場の裏で移動の準備を進めてたのよ。王都リングドールの城で公演をするための……ね!」


「……え……」



 ──お城で、舞台公演?


 目の前の少女をまじまじと見た。

 初めて見たとき、舞台の上でキラキラと輝いていた──舞台『河のほとりの恋人たち』の主演女優ヒロイン

 毎年の主演女優賞に候補指名ノミネートされるほどの──実力派女優トップアイドル


 マネージャーのミランもうなずいた。



「公演には第三王子のエヴァンダール殿下も列席する予定だよ。あの剣士さんがノワール王国の葬送部隊で活躍した英雄なら、殿下に仕える可能性が高いじゃないかな。もしかしたら──」


「…………っ!」



 ──アスターに会える……!


 メルの鼓動が高鳴った。

 本当に会えるのかは、二の次だった。


 王都の葬送部隊入りしたアスターに会えるかどうかはけだ。

 保証なんかどこにもない。

 それでも──


 胸がぎゅっと締め付けられる気がした。



(アスターに……会いたい……!)



 感極まって涙ぐむメルに、フレデリカが笑った。鮮やかに。



「ふふん。忘れてもらっちゃ困るわね。この私を誰だと思ってるの? 我がグリモアの誇る花形女優トップアイドル──フレデリカ・フローレン。私が歌と踊りを教えるからには、魂送りだろうと何だろうと、できないなんて言わせない!」



 大胆だいたん不敵に言うフレデリカにつられて、メルは笑った。泣き笑いに。


 本当に魂送りができるのかなんて、わからない。それでも、一条の光が射し込んだ気がした。


 ……か細い光でもかまわない。

 もう一度、アスターに会えるなら。

 一度は自分から放した手を、今度こそ、つかむのだ。



「…………よろしく、お願いしますっ」



 フレデリカの手を握り返して立ち上がった。

 不敵に微笑んだ少女の視線を、しっかりと受け止める。

 頬を流れていた涙は乾いて、もう、どこにもなかった。



(第三章・了)

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