第6章2話 迫りくる凶刃
「──あちら、雲行きが怪しいですわ」
カトリーナが言った。
ロンディオ
先日、カトリーナの
『俺はあんたの考えにも、エヴァンダール王子のやり方にも賛同できない……!』
『何も知らないくせに、エヴァ兄様のことに口出ししないで! 私たち
あれ以来──
ノワールの研究を取り入れたというエヴァンダール王子のことも……ふたりとも口にしない。
(…………)
カトリーナの指し示した方を見た。雲一つない晴天だった。にもかかわらず、目を凝らした先に動く影がある……──亡者。
「十体か。……行くぞ」
「応援を呼ばなくてもよろしくて?」
「必要ない。俺たちだけで蹴散らせる。──メル、
……口走って、はっと口をつぐむ。
カトリーナが冷めた目で見ていた。
「私の名前はカトリーナですわ」
「…………すまない」
視線を逸らそうとした──
……違和感が頭をかすめた。
「……どうした。大丈夫か?」
「…………何か?」
「いや……」
不機嫌そうなのは、先日の会話のせいかと思っていたのだが……。
カトリーナの
「……。具合悪いんじゃないか。ここはいったん
「余計なお世話ですわ」
アスターがみなまで言わぬうち、砦への信号用に矢を放って、カトリーナが馬を走らせた。
「剣なき者を先頭で走らせるおつもりですか? ──ノワールの英雄殿」
「……。……今、行く」
にこりともしないカトリーナのあとを追って、アスターも馬を走らせる。
「──残光蒼月斬!」
剣技の射程に入っていた亡者たちの
護衛仕事で見慣れた光景だ。
特に心動かされることもない……そのはずだった。なのに──
──イラナイ。イラナイ。イラナイ……!
背後にいるカトリーナの存在が──
──憎イ憎イィィ憎イィィィィ……!
亡者たちに向ける憎悪の念が胸をよぎる。
剣をとるというのは、傷付けることだ。
向かってくる者すべてを斬り付けるということだ。
戦って。戦って。戦って。戦ッテ。亡者ヲ斬って。殺シテ。なぶっテ。壊シテ。
(……っ。ダメだ。のまれるな……!)
はっと息をのんで、飛びそうになっていた意識を必死につなぎとめた。
斬っている。亡者どもを。
向かってくる亡者の溶け崩れた顔が、幼い自分自身の泣き顔に見えて──
──本当ハ……。
声のない悲痛な泣き声が。
──戦イタクナンカ……。
……誰にも届くことのない嘆きが耳を打った。
(──……っ)
身動きのとれなくなった
亡者の
「──っ! アスター!!」
危険を知らせる誰かの声が、どこか遠くのことみたいに聞こえた。
(──……っ! やられる……!)
痛みの予感に目をつむった。身を守るすべをもたない幼い子どもが、無防備な自分をかばうのにも似て。
亡者の攻撃が襲いくる。
──父の凶刃が、自分を打ちひしぐ、その瞬間が……。
(…………。…………──?)
衝撃は、しかし、いっこうに訪れない。
気が付けば、黒髪の後ろ姿が太陽をさえぎっていた。
自由
その唇が、
「──
「!?」
貴族服の青年が手にした剣を中心に嵐が巻き起こった──そう見えた。
幾重にも円の軌跡を描き、亡者どもを巻き込みながら勢いを増してバラバラに斬り刻んでいく。さながら突如として巻き起こった漆黒の
まるでミンチか何かのように亡者たちの
「──
カトリーナの歌と踊りによって、聞くも
アスターはその鮮やかな連携を
「よぅ。相変わらずシケた顔してんな、ノワールの英雄」
亡者の存在をその魂ごと消し去って、褐色の王子は振り返る。その唇が笑みを引いていた。
「エヴァンダール……王子。なぜここに……」
あっけにとられているそばから、馬に乗ったジェイド・ルミールが遅れて追いついてきた。
「エヴァンダール! おまえ、自分から亡者に飛び込んでいくなってあれほど……!」
「騎士長がのんびりしてるのが悪い。大事な妹のピンチに間に合わなかったらどうするんだ?」
「うっ……!」
エヴァンダールにぴしゃりと言われて、ジェイドが言葉に詰まる。
……さっき亡者に襲われたときに名前を呼んでくれたのがジェイドだったのだと、アスターは遅れて気が付いた。
「──エヴァ兄様!」
カトリーナが、感極まった声をあげた。馬から飛び降りざま、エヴァンダールに
「いつ来られたんですか?」
「ついさっきだ。砦の視察に来たら、カトリーナの矢が見えたから飛んできた。間一髪だったな」
「……。……助かり、ました」
褐色の王子に、アスターは言う。
あのとき、エヴァンダールが亡者との間に飛び込まなければ危なかった……。
礼を言うアスターにエヴァンダールは
「ロンディオ砦を見て回りたい。俺に付き合え──アスター・バルトワルド」
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